JD-274.「祖の人、祖のヒト」
海岸の魔物達をルビーと一緒に焼き尽くして数日。町に戻って来た俺達は結構な頻度でメイヤさんの襲撃を受けていた。と言っても襲われたとかそういうのではないのだが……。
「じー……」
「えっと……?」
特別なことは何もしておらず、普通にミャアの手伝いをしたり、獣人の兵士な人と特訓したりの日々である。近々、山脈へ向けての選抜隊が組まれるという話があるぐらいの平和な時間だ。だというのにライネスさんの元ではなく、俺達……俺かな?の元にメイヤさんはやってくるのだ。しかも、じっと俺を観察するだけ。さすがに1週間続くと気になって仕方がない。
「うむ。トールの人となりというか、どこに秘密があるのかを観察していたのだが……わからん!」
「俺……ですか?」
まさか人間だということが今さらばれて問題になるってことはないと思うけど、それにしてはどこか変だ。ミャアに言われて機械を動かす時とか、訓練で貴石術を使う時に食いつきが良い気がするからマナのことを気にしてるのかな?
「そうだ。トールは不思議な男だ。まるで我らが祖先のように、当たり前のようにマナを使っている」
「メイヤさんも普通に使ってますよね?」
そう、別にみんな普通にマナを使ってあれこれとしているし、その強さ自体に差はあるけどそれは当たり前のことだ。だからこそ前線に向く人、向かない人とかいるわけだけど……そういうことじゃないのかな?
「それはそうだが、違うのだ。この前の戦いで確信したぞ! トールとあの子達がかつての再来だとな」
どこか興奮したメイヤさんの話によると、かつてこの地に逃れて来た獣人の祖先も貴石術を使いこなしていたらしい。運悪く戦いそのものでは最初の頃に被害を受け、あまり活躍できなかったらしいが……。
ともあれ、荒廃した大地をよみがえらせるために属性を偏らせたとき、このあたりの土地も獣人の祖先が担当し、見事に成し遂げたらしい。ちなみにそれ以来、この土地では魔物より獣の方がマナを吸収しやすくなったというから不思議なこともあるものである。
「人間とかにも同じような人がいたと聞きますから……昔の人は皆優秀だったんですかね」
「だろうな。決戦で荒廃するまで、貴石もそこらを掘れば確実にある……そんな状態だったとも言われている。まあ、今となっては夢幻……そう思っていたがトールたちがいた。これは私達でもその場所に至れるかもしれないという希望だ」
俺はそんな大層な存在だろうかという疑問は残るけれど、俺ぐらいマナをため込め、貴石術に出来る戦士が増えれば確かに色々と楽になる。けど問題もある……それは人間のいる側でも起きていた貴石術の衰退だ。貴石術が無くても魔物の脅威がもっと減り、生きていけるようになった時に獣人は貴石術を維持できるだろうか? 武器やその技術だけで生き残れるとわかった時、そこに貴石術の居場所はあるのだろうか?
人間よりも能力の高そうな獣人たちだからこそ、貴石術に頼らない生き方が近いのではないか、そう思った。
「貴石術は何でもできる万能の力ではないですよ」
「そんなことはわかっている。だが無いのとあるのとでは違う。力が足りず、後悔するよりは不審者めいた動きをしたとしても見極めが必要なのだ」
「呆れた。それでずっとコイツを観察してたの?」
ジト目のルビーはグラスを2つ持っている。そのまま差し出されたのでありがたくいただく。うん、さっぱりしたジュースだ。このあたりの特産なのかよく出てくる奴だな。ここに持ってきたということはもうみんなは飲んだってことだろう。
「ああ、何かわかればとは思ったんだが、無理だった」
「違いは私達でもわからないけれど、コイツはただのえっちな男よ? ライネスのほうがよっぽど立派だわ」
「うぐぐ……」
言い換えそうにも心当たりがありすぎて呻くしかない。みんなルビーたちが可愛いのがいけないんだ……ルビーだってなんだかんだ断らないのに……イテッ!
「ほら、すぐそうやって……顔に出てるわよ」
「英雄色を好むとは言うが、ライネスはそんなことはないな。いや、別にライネスが英雄じゃないと思ってるわけじゃないのだが」
照れくさそうにするメイヤさんを微笑ましく見ていると、ジルちゃんたちがやってくる。午後は暇があるし、どこかに出かけるのもいいかもしれないね。夜ご飯のために狩りに出てもいい。俺たちなら朝じゃなくても仕留めるぐらいは簡単だろうから。
「あ、やっぱりここにいたのです」
「ほんとだー、さすがニーナ!」
「あのね、聞きたいことがあるの」
ところが、3人はわらわらとメイヤさんの元に集まったかと思うと、彼女を見上げる。体格差はもちろんあると言っても、3人に見上げられてはさすがにメイヤさんも驚いたようで1歩下がる。なんだか親鳥に餌をねだるひな鳥みたいだな……。
ふと顔を上げると、ラピスが廊下の向こうから困惑した様子で歩いてくる。どうかしたのかと聞く前に、耳に驚きの言葉が届いた。
「えっとね。赤ちゃんできるところみたいな」
「赤ちゃん……だと?」
じっとジルちゃんを見た後、ぎぎぎっと油の切れた機械のように俺を見るメイヤさん。あ、なんかやばい予感。逃げ…イテテっ!
「貴様っ! 手を出すには若すぎるなとは思っていたがお互いの愛があるならいいと思っていた。ところがどうだ! 結果もわからない子供に何をしているっ!」
「ちょっ、まっ」
完全に不意打ちであった。力の入らないうちにかっくんかっくんと揺られては態勢も整えられない。戦士として自信があるだけはあって、彼女の力は相当な物だった。漫画のように揺らぐ視界、どこでどうしようかと思い悩んだとき、動きは止まった。
「みんな……」
怒った様子のメイヤさんを止めたのはジルちゃん達だった。必死な顔で手や足に抱き付くようになっている。ジルちゃんなんかは一生懸命首を振っている。その様子にメイヤさんの手から力が抜け、俺はようやく解放された。
「誤解ですわ。なかなかそうならないので、お手本が見たい、そういうことですわ。まあ、無理な事なんですけど」
「お前たちはまだ若い、というか幼い。無理もない……もう3年は成長してからだろうな」
状況を察したらしいメイヤさんは髪をがしがしとかきつつ、困った顔をしていた。それはそうだろう、元々子供は授かりものっていうぐらいだもんな。そういう問題じゃないかもしれないけど……。
ジルちゃんたちはそれでもじっと期待を込めてメイヤさんを見つめていた。面白い話が聞けるかもと思ったのか、ルビーやラピスまでもがだ。
「ええい、こっちの部屋に来い! 男はいらん!」
結局、ずるずるとみんなしてどこかの部屋に引っ込んでしまった。なんだか保健体育の授業を男女別にやった時の空気を思い出すな。
後に残されたのは、俺以外にはずっとマイペースにごりごりと薬草を調合しているミャアだけだった。この動じなさ、プロである。
「ちなみに祖先の人も故郷には子供しかいなくて、戻ってきたら人数を増やすために若いうちからあちこちに手を付けてたらしいにゃ。ある意味伝統にゃ」
「そんな情報、知りたくなかったよ……」
その場に崩れ落ちる俺を慰めるように、石臼の音が響いていた。
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