JD-273.「情熱の波」


 浜辺を炎の海にするかのような一撃が戦いの合図になった。それを放ったのは妙にやる気に満ちたルビーだ。大きな一撃を放ったというのに、まだまだ!といった顔をしている。


「かかれぇー!」


 メイヤさんの掛け声が響く中、俺たちは嵐の中に飛び込んだ。ルビーの放った一撃でいくらかは蒸発、あるいはお湯になったのかなんだか温水プールにでもいるかのような温かさが周囲を包む。けれどそれもすぐに嵐に飲み込まれた。


 嵐の本体は沖合にあるのか、黒い雲は浜辺から森に少しだけ。それでも魔物がいる場所は雨と風が吹き荒れるとんでもない場所になっている。外側から順々に相手をしていくのだけど、エビのようなヤドカリのようなちょっととんがった相手が多い気がする。


「トール様、怪我には気を付けるのです!」


「みんなもねっ!」


 乱戦となればあまり大規模な貴石術は使えない。雨と押し寄せる波により足元は正直安定しないし、気を抜くとずるりと姿勢を崩してしまいそうだ。けれど、なんだか体が軽い気がした。いろんな色のマナが飛び交っているけれど、自分に関係ありそうなそれは妙にはっきりと見えた。1歩踏みしめる度、砂浜のマナが踊る。そっちに力を入れたら危ない、そう感じて姿勢を変えればしっかりと地面をけることが出来た。


「そこっ! よし、次だ!」


 挟まれたらまずそうな大きな相手のはさみを手首のような場所で切り取り、そのまま頭に聖剣を突き刺す。目の前で気持ち悪いほどに動く口元はすぐに止まり、目からも光が消えていく。小さくても大型犬ほどはあり、大きな物なら車ほど。そんな相手は見渡す限りあちこちにいた。


「きりがないな……でもっ!」


 誰もいない方向へ向けて、思いつく限りの貴石術を撃ち込み少しでも数を減らすべく戦い続ける。その甲斐もあってか、徐々にみんなの動ける余裕が増えていく。そうなれば倒す速度も上がっていくわけで、後は嵐だけが問題かと思った時、沖から気配が動いた。なんだか暗闇のようなマナの塊が……。


「とーるっ! 下がって!」


「おっきい……なにかくる」


 陣形を整え直す意味でも一度下がるべき、そう判断したらしいメイヤさんら獣人の兵士と一緒に砂浜の境目ぐらいまで下がると……波を砕くようにして巨大な物が浜辺に現れた。それは見た目は巨大なナマコ。電車ぐらいはあるぞ……?

 そして、ナマコにしては妙に禍々しい口が開いたかと思うとそこからは倒したばかりの魔物と同じ姿をした奴がぞろぞろと。目の前の光景に驚いている間に、巨大ナマコは何匹も上陸を果たし、その度に砂浜へと追加の魔物を吐き出していた。


「マスター、一度下がるべきかもしれませんわ」


「そうは言うけど、ここで散らばられたら後の退治が面倒よ?」


 獣人の皆も、ここである程度倒し続けるべきか下がるべきか悩んでいるようだ。決断をしなくてはいけない、そう思った時だ。ナマコたちの後ろに新手の気配が生じた。今の俺にはわかる……この気配はっ!


「とーるっ!」


「貴石だっ! でもこの感じ……一つじゃない……?」


 空の黒い雲から急降下して来た気配、恐らくはこいつが嵐の元凶。その姿は……クラゲ? でもただのクラゲの大きさじゃない。気球ほどはあるその傘の部分に、まるで目玉のように輝く光が……1つ、2つ、3つ……7個ぐらいある?

 その中の1つには、なんだか懐かしい気配を感じた。間違いなく1つは俺のコレクションだ。属性的にはエメラルドのはず。


(ここを逃がせば次に出会えるとも限らない、か。だけど俺達はともかくメイヤさん達を危険にさらすのか?)


 迷う間にも、ナマコから出て来た魔物はこちらに気が付いたのかいくらかが近づいてくる。戦いはすぐそこに迫っているのだ。いざとなったらみんなを逃がして戦おう、そう思った時服が引っ張られた。


「ルビー? むぐっ!?」


 いつの間にか隣にいたルビー、視界いっぱいに彼女の顔が広がり、唇には温もり。背伸びしたルビーと、下に引っ張られた俺はみんなの見ている中でキスをしていた。突然のことでわけがわからなかった。目を白黒させていると、満足したのかルビーが離れる。光った糸みたいなものの事は敢えて考えない。


「今はそういう時じゃ……それは」


「これでわかるでしょ? 十分なのよ。私はアンタを愛してるし、トールも……私を愛してくれる。そう思ってるわ。違う?」


「違わないさ」


 目の前に差し出されたのは皆に上げた結びの石。今は赤く染まり、指輪の形をしている。ラピスは既に同じようなデザインの青い指輪をはめている。マリアージュに成功したからだと思っていたけど、違うんだ……つまり、そういうことだ。


「よくわからんが、切り札があるんだな? 時間はこっちが稼ぐ! さっさと済ませてくれ!」


「ふふっ、待ってますわよ」


 叫んで飛び出していくみんなの声もなんだか耳によく入らない。目の前にいるルビーから目が離せなかった。突然プロポーズを受けた時ってこうなるのかな、そんな風に思いながら彼女の手を取った。

 小さな、可愛らしい手。だというのにそこからは力強さを感じた。


「トール、アンタ人間じゃなくなるのが怖い?」


「よくわからないな。きっとどこかでは怖い……と思ってるけどそれより嬉しいよ。みんなと同じ時間を生きられそうだからね」


 その答えに満足したのか、ルビーの顔がまた近づいてくる。今度は色々を確かめるようなキス。正直、戦場ですることではないよなと俺のどこかがつっこんでくるけどしょうがない。指を絡ませ、口を離しても視線だけは離さなかった。


「やりましょ」


「ああ」


 祈りの句は決まっている。今度は自分に聖剣を挿す必要はなさそうだった。右手に握り直した聖剣をルビーも握る。そこを中心に互いのマナが行き来して巡っていくのを感じた。


「「いくつもの約束を果たし、今ここに……結べ、マリアージュ!」」


 瞬間、嵐の暗闇を切り裂くように砂浜に炎の柱が上がる。ビル1つを丸ごと飲み込みそうなそれは空の雲を貫き、足元もどんどんと乾いていくのを感じる。森の中でやったら大惨事間違いない状況だ。俺の服装などこか赤みを帯びたタキシードめいた服。ルビーは……背中の大きく出たダンサーをイメージさせるドレスだった。このまま2人して踊り出しそうな服装だった。


「なによ」


「いや、夜にも同じ格好出来ないかな?ってちょっと……」


 思わず正直に答えたら開いた手で軽くたたかれた。確かにそんな場合ではない。聖剣を2人して構え、マナを高めていく。それはジルちゃん達にも感じられたみたいで、すぐに攻撃を中断して獣人のみんなもこちらに戻ってくるのが見える。


「海と空を割り、燃え尽きなさい!」


 空に浮かんだままのクラゲへ向け、俺の3倍ほどはありそうな長さになった炎の聖剣を振り抜くと……わずかな時間の後、視界は炎に包まれた。炎に触れた魔物達だけが次々と燃えていくのだ。そんな炎の中で魔物達が焼けていく手ごたえが何故か感じられ、それは見事にクラゲへと……って。


「あれ、これ貴石耐えられるかな?」


「あっ!? だ、大丈夫じゃない?」


「ちょっとー! ボクの貴石に何かあったらどうするのさ!」


 様々な理由でどきどきしてしまう時間は過ぎ去り、後には魔物だった物がちょっとだけ残っている元の砂浜が戻って来た。そしてそんな波打ち際に光る何か。色は……緑。


「やったー!」


「これで砕けてたら謝るしかなかったわね……」


 一際輝くエメラルドを手に、砂浜を跳ねているフローラを眺めながら、俺はルビーの手をぎゅっと握っていた。

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