JD-272.「告白と決意」


「私はずるい女ですわ……」


「そう? 逆にラピスもちゃんと女の子らしいところがあるなって安心したぐらいなんだけど」


 悩んだ挙句、勇気を出して相談したというのにルビーはあっけらかんとした顔で私に笑い返してきました。嘲笑やそういった物ではなく、正面からの笑顔でした。もっとからかわれるかと思っていた私には意外な事でしたの。

 だから、若干失礼なことを言われたような気がするのに、それを気にせず本当ですの?なんて聞き返すぐらいでした。


「アイツの見てないところでなんか元気がないなって思ったらそういうことだったのね……。そりゃ、全員いっぺんにって訳にはいかないんだから……誰かが最初で他が後でしょ。そんなこと誰も気にしないわよ」


「ですが、私のここから……自分が最初なんだって喜びと、みなさんへの優越感のような感情が沸いてきますの。そんなつもりはないはずなのに」


「馬鹿ねー、そりゃそうでしょうよ。何がどうなっても、最初にそれを成功させたのはラピスなんだもの。その飾りだって、気が付いたら色がついて、さらに指輪になってたんでしょう?」


 2人きりの夜。ミャアさんたちと過ごす建物の屋根の上に飛び上がった私達。星空を見上げながらの中、ルビーが言うのは私が指につけている大きな指輪の事でした。マスターから頂いた結びの石が形と色を変えていつの間にか私のポケットの中にあったのです。色は青。ですがその中にマスターを感じる、輝きを持った青でした。


「勿論、だからって私達が負けてるとか、勝ってるとかそういう話じゃなく、たまたまの順番でしょ。それに、あの時私だったら同じことをする。癒しが苦手? だからどうした!ってね」


「ルビー……ふふっ、ありがとうございます」


 普段、みんなのフォローをしているつもりでしたけど……自分がそうされるのには慣れていないんだな、そう感じました。ルビーのまっすぐな気持ちがしっかりと伝わってきます。そのことで、私は確信をさらに確かな物にしました。


─自分たちが産まれた時と比べると変質していることを


 そのことは嬉しくもあり、じわりと恐怖を呼び起こします。それはマスターの望む姿になっているかどうかという問題もありました。何よりも、脆い姿になった自分たちが役に立てるのか、そう思いました。


「マスターは私達と共に生きる未来を選んでくださいました。恐らくは、半神半人とでもいうべき存在に徐々に変わっていきますわ」


「そう……そうよね。逆に私達もどこか人間に近づいている」


 驚きました。ルビーもまた、それに気が付いていたのです。今のところは例えば血が出るとかそういった話ではありません。ですけれど……今まで必要が無かったはずの汗をかく、体温が上がる、そういったことの真似を私たちは勝手にし始めていました。このままいけば……もしかしたら。


「まあ、いいんじゃない? 幸いと言っていいのかわからないけど、これでアイツと私達に時間ができたんだもの。みんなでゆっくり考えていけばいい事よ。それにさ……」


 コツンと、隣にいたルビーの頭が私に当たります。もたれかかってきつつも、背中に回される手。ぎゅっと互いのぬくもりを全身で感じました。すぐそばのルビーの顔は、空を向いています。地球で、まだ石の中にいる時にもおぼろげですが見た覚えのある空とは全然違う星空。何もかもが吸い込まれていきそうです。


「もし、もしも……トールがもう生きたくないっていったら、一緒に眠りましょう。それが私達のためにしてくれたことへのお返しになるんじゃないの?」


「はるか先まで、そんな日が来ないように愛し愛され、そんな関係にしないといけませんわね」


 冗談めいて答えると、わかってるじゃないという顔をされて2人して笑い始めてしまいました。もちろん、夜ですから迷惑にならないように小さな声で。しばらく笑っていたら、最初の頃のもやっとした気持ちはどこかに行ってしまったのを感じます。


「話してよかったですわ」


「どーいたしまして。ふふっ、それにしても早いところ追加の貴石を見つけないとみんなが待ち切れないわね」


「あら……?」


 なんだか含みのある言い方。それが気になってルビーを見ると……隠し事が見つかった子供の様に取り出されたそれは……。








 あの夜の語らいから数日。私たちは飛び込んできた情報に素早く動き出しました。西の海岸に、嵐がずっと居座っているという話でした。しかも、妙な色の魔物が何匹もうろつき始めたということでした。


「水晶のある場所からは結構離れてますわね」


「うん。精霊がピンチかと思ったけどそうでもないみたいだ」


 あの不思議な口調の精霊がいた場所から北に向かった先にある入り江、そこが現場のはずでした。今回は移動に日数がかかっています。というのも……同行者が問題でした。


「ねね、メイヤさんは武器はなんなのー?」


「何でも行けるぞ!と言いたいところだが、これが一番だな」


 自信満々に取り出されたのは、装飾が見事な両手斧でした。ずっと背中に背負ってきてましたものね……わかりやすいですけれど。よく見ると、くぼみがいくつもあります……これは。


「ここに貴石をはめて、力を増すんだ。お前たちもこういうのを探してみたらどうだ?」


 現在のところ私たちは普通に買った物と、自分たち自身で生み出した物を使っています。確かに言われてみれば、考えて見てもいい手段でした。問題はそう言ったものを作れる相手がいるのかどうか、ですわね。


「ジルは……これでいいかも。すぐ投げるし」


「手段は多い方がいいって話よ、ジル」


「このあたりなら自分も武器いらずなのです!」


 賑やかな私達の周囲には、獣人の皆さんも10人ほど一緒です。既に私達が貴石解放……まあ、変身と一緒ですわね。その力があることは多くの人が知っているので問題はないみたいです。


 一度海岸に出て、そのまま北上していきます。空は青く、太陽も力強く降り注いでいます。とてもそんな問題になるようなことが起きてるとは思えない光景です。それでも……。


「見えて来たわね……」


 気が付けば強くなってきた風。視線の先にはまだ小さいですが黒い空、その下にはきっと海岸を覆い尽くすような波とそこにうごめく影があることでしょう。そこにそのまま突撃するのはなかなか無謀という物でしょう。本来ならばここで彼女が前に出るのは推奨されません。


 武器を構え、だんだんと見えてくるその光景に誰もが気合を入れた時、赤い光が溢れました。


「一発かましてやるわ!」


 嵐を吹き飛ばすような大きな火球がルビーの頭上に産まれ、爆音を伴って撃ちだされました。戦いの、始まりです。


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