JD-271.「変わらない物、変わる物」


 最初、その感情がなんなのかよくわからなかった。これまで感じたことの無い気持ちだったからだ。


「? トール様、どうしたです?」


「ボクたちをじーっと見て……あ、まだ昼間だから駄目だよー?」


「い、いや……ちょっとね」


 慌てて誤魔化しながらも、徐々に感情へと理性が追いついてくる。俺は今、2人の整頓していた石英たちを見て……美味しそう・・・・・、そう感じた。原因はすぐにわかる。ラピスが自分という存在を賭けて俺を癒してくれていた時に起きた出来事だ。あの時、俺は女神様の問いかけに即断した。みんなと一緒の時を生きることを……決めたんだ。


 不思議そうに俺を見つめる2人から逃げるように、部屋の外に出てそっと自分のお腹を撫でる。あの時、俺は自分自身を貴石解放した。その時に感じたのは、心臓ほどの大きさの虹色の何か。考えてみれば俺のマナはとても多い。今もみんなに供給しつつも限界が見えないほどだ。魔物の体から石英を取ることを考えれば、俺はこのぐらいの物を内包していてもその意味では不思議ではなかったと言える。


 そして俺は、自分が別の何かに変わったことを今も感じられる。みんなの貴石解放と違い、どうも俺のはずっとらしいのだ。何か時間制限のような物は感じないし、減っていく様子もない。ゲームのような表現でいえば、クラスチェンジでもしたかのような感覚だった。


「人間を辞め……貴石人に近づいた……のかな」


 その結論に至った時、俺が感じたのは恐怖や後悔ではなく、みんなが俺がこうなったことを喜んでくれるだろうか?という物だった。もしかしたら、特にラピスは自分が癒しきれなかったから人間を俺が辞めてしまった、そんな風に感じるかもしれないと思うととても悲しい気がする。


 そんな風に思わせないためには、こうなってよかった……そう態度にも出すようにしないといけない。実際、俺はこうなってよかったと思っている。何事も前向きに、そう自分の中でまとまった時、世界が変わった。体が、変化した状況にちょうど馴染んだんだと思う。


「おお……」


 パズルのピースがはまった時のような、かちっとした感覚。思わず庭に出て周囲を眺めていると、そこにも違いが出てきていた。特に意識しなくてもマナの色があるのだ。木々や、砂や、そして家までも。それはただのテレビが高画質に変わった時のような感覚だった。


(これは気を付けないと色々ミスをしそうだな……)


 歩く、走る、そんなことにも影響が出そうだった。でもそれをみんなに言ってしまえばさっき気にしたようなことになってしまうかもしれない。内緒でこの状況に慣れていかないと……そう考えた時、頼れる相手は限られていた。


 ちょっと打ち合わせをしてくる、そういって俺が向かったのはライネスさんは住んでいる家。お屋敷というのが似合う大きな邸宅だ。門番の獣人とは顔パス状態で、挨拶をしたら通してくれる。元々、人間のような悪人、泥棒といった存在が妙に少ない獣人社会だ。門番というのも形だけの物なのかもしれない。


「おや、トール。こちらから使いを出そうと思っていたところにちょうどいいですね。今後の相談なのですが……ふむ。何かありますか」


「えっと……」


 言いよどむ俺に、何かを察したのかライネスさんは俺をお茶に誘ってくれた。まったく、色々と敵わないな。俺ももっと大人にならないと、そう思いながらも状況に今は甘えることにした。

 慣れた手つきで注がれたお茶はややぬるめ。そんなところにも気遣いを感じる。一息に飲み干して、カラになったコップを見ながらぽつぽつと考えを口にした。


「なるほど。新たな力を手にしたが制御に戸惑っている……そう考えるとわかりやすいでしょう。私達にそういう時期はあります。先祖伝来の血に眠った力に目覚めた時は同じことが出来ずに戸惑う物です。別に今回の戦いで何かきっかけをつかんだ、としてしまえばいいのではないですか?」


「心配しすぎ、そういうことですか」


 獣人の戦士も、実戦を経験することで劇的な成長を果たし、戸惑うことはままあることのようだ。じゃあそういう時にどうしてるかというと……とても単純な事だった。走り込み、体を動かし、心と体を馴染ませるのだそうだ。


「そういえばトールとはまともに組み合っていませんでしたね。少し時間はあります……外に出なさい。見て差し上げましょう」


「よろしくお願いします!」


 渡りに船とはこのことだろうか? ちょうどよく提案されたそれに俺は飛びつき、2人して大きな庭にでる。そこは普段は自己鍛錬にでも使われているのか、広く何もない地面が何かのコートのように広がっていた。庭の隅には木製の武器がいくつもたてかけられている。


 ゆったりとした服を着たライネスさんの右手にはよく使われているらしいデザインの木剣。俺もまた、それに習って木剣を手にし、構える。瞬間、視界にマナの揺らぎが見えた。驚きつつも体をひねると、その揺らぎをたどるように迫るライネスさん。ぎりぎりのところで木剣を受け流すことに成功するのだった。


「今のが見えているなら、もっと余裕を持って動けるはずですね。なるほど……見えているけれど心の決断が追いついていないということですね。どんどん行きますよ」


「はいっ!」


 まるで予知能力を手に入れたかのような戦いが始まる。すぐにライネスさんがわかりやすくそうしてくれているのだと気が付いた。貴石術を撃つかのように、マナを出してくれているのだ。どれだけそうしていただろうか? 不思議と汗の量は少なく、だんだんと元気さえ沸いてくるかのような不思議な感覚の中、過ごしていた。


「このぐらいでいいでしょう。どうですか、トール」


「なんだか周囲の色が落ち着いてきた気がします。慣れて来たってことですかね?」


 きょろきょろとあたりを見回す俺に、しっかりとした頷きが返って来た。これで鍛錬は終わり、そういう宣言でもある。空を見ると太陽はそんなに動いていない。随分と濃密な時間だった気がする。

 改めて出されたお茶に手を付け、本来の話に戻ることにした。


「山脈に勢力を広げたいという話はしましたね? それとは別に、例の悪魔の石を取り込んだのか、凶暴化している獣や魔物の討伐も行おうと思っています。長年の懸念事項だった遠征が成功し、今各国は勝利に沸いています。その勢いを逃す手はないでしょう。そして、いくつかはトールたちにも参加してもらいたい、そう考えています。例えばここ」


「海、ですか。巨大な魚とかニッパでも出ましたか?」


 地図の上では、海辺の水晶があった場所からはだいぶ北になる。近くに村があるようだ。そこから異常が知らされて、ということになるのだと思う。海辺となると敵は獣というより海産物メインになりそうだ。


「敵もそうですが、天候がずっと悪いのだそうです。ここ最近では、ほとんど毎日が嵐なのだとか。そうなれば漁も出来ず、森に恵みを求めるばかりと暮らしには困っているようですね。ほら、トールたちには重要そうでしょう」


 力ある貴石が悪さをしていそう、そういうことだった。そうなれば俺たちにここに行かない理由は無い。状況からしてフローラに関する貴石がありそうだった。出発の際には報告をしてくださいね、とだけ言われ、俺はその依頼を受けた。


 みんなの元へと帰りながら、俺は今後のことを考えていた。ラピスがさらに力を手に入れて、これでみんなが同じように力を手に入れたら……ケリをつけにいってもいいかもしれないな、と。


 正体のつかめない魔物側の背後にいる存在。それが何なのかはわからないが、守ってばかりでは勝てない、そう感じたのだった。

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