JD-270.「技術は削られて身につく」


 遠征も無事に終わり、しばらくは何もないはずだった。けが人の治療も順調で、アルメニアとその周辺は平和な日々を過ごしていた中、俺はというと……。


「ふはははは! どうしたどうした! もっと動けるだろう!」


「ちょっ、速いって!」


 そらした顔、そのそばを木剣が勢いよく通り過ぎて、空気を切り裂く変な音が聞こえてくる。後少し回避が遅れたら思いっきり当たっていた、そんな勢いだった。ひねった体をそのままに、バク転気味に回避する。地球にこのまま戻ったら、体操選手としても生きていけるかもね。


「今当てに来てたろ!?」


「当然よ! そうでなくては鍛錬にならぬ! なあに、お前なら怪我で済むだろう?」


 そういう問題ではないのだが、体が温まったとばかりにさらに襲い掛かってくる相手、ヴェリアには話が通じなかった。今日は嫌な感じがせず、純粋に戦士として戦いたい様子だったので受けることは受けたのだが……前より動きが良い。


「いつまでもそのままではつまらん。本気を出せ。本番じゃなくても力を発揮するのも腕の内だぞ?」


「ご忠告、痛み入るよ」


 事実、その通りだった。後で息切れしない程度に、いつでも実力を発揮する、それはとても大事なことだ。追い詰められてから逆転、というのは素晴らしい事ではあるけれど……そのまま押し切られることだって十分にあり得る。


 わざとらしく大振りに迫るヴェリアの攻撃をこちらも大きく回避し、間合いをとった。お腹の下あたりに力を籠め、息を吸い……吐く。瞬間、指の先までマナが巡っていくのが感じられた。前も貴石術として肉体強化は出来ていたけれど、今はなんだか次元が違う。マナが必要な場所に、ちゃんと供給された……そんな感じだ。


 まるで、俺の体がマナがないといけない体であるかのようだった。


「そうだ、さあこい!」


「ふっ!」


 若干姿勢を低くし、速度を体に乗せて突撃する。元より能力的にはこちらが上かもしれないが、技術面では完敗だ。恐らくは俺の攻撃もある程度読まれているんだろう。だからこそ、ヴェリアの流れるような動きに繰り出した木剣がことごとく防がれる。前の自分ならここで焦り始めたかもしれないが今は少し違う。防がれて当たり前、ではどうるすか? そう考えるようになっていた。


「技術が足りないのを恥じる必要はない。大切なのは己の手札を活かしきることだ。速さがあるのならば早く、力があるのならば力をこめる。とても簡単で、単純な話だ」


 語るヴェリアの顔にいつの間にか真面目な表情が浮かんでいた。見えている素肌部分にも汗がにじみ始めている。少なくとも相手の鍛錬にはなっている。そのことがなんだか嬉しくて、俺はさらに木剣を振るい続ける。


「いいぞいいぞ! ここまで戦えるのは国に戻ってもまともにいないだろう。さあ、もっとだ!」


「この戦い好きめ!」


 悪口のようなものを叫びながらも、俺自身も今の状況を楽しんでいた。まったく、ぞろぞろと来た当初は何があったかと思ったんだよな……。

 そう、この国に来たのはヴェリアだけではなかったのだ。それは……。





「遊びに来たあ?」


 俺の呆れたような声が響いたのも無理はない。来客にゃ、と驚いた顔のミャアに言われ顔を出すと……そこにいたのはヴェリアだった。旅をしてきたからか、鎧姿というよりは布の服ベースだ。俺の顔を見るなり、遊びに来たぞ、なんて言う物だからつっこみが追いつかない。


「なあに、俺自身は話があるのだがな、娘たちがしつこくてな」


「父さんったら、私たちをダシにしただけでしょ?」


 大柄なヴェリアの後ろから、見覚えのある子達がひょこっと出て来た。色は違うが毛並みのよく似た、ヴェリアの娘達だ。早熟なのか、歳のわりに全体的に育っているような気がする。それでもまだまだ子供だ。毛の色がみんな違うのは、母親がみんな違うのかな?


「ふん。どっちでもよかろう。ライネスがいなかったからな、ここに来れば会えるかと思ったのだが……」


「騒がしいですね、来るなら来ると知らせぐらいよこしなさい。貴方も国の長なのですから」


 騒ぎを聞きつけて来たのか、やってきたライネスさんは若干あきれ顔だ。たぶん、ヴェリアはいつもこうなんだと思う。俺たちの見守る中、なんだかいつもの調子といった感じであれこれと言いあう2人。ぽつんと残された娘達は……ジルちゃんたちにロックオン状態だった。


「ああなったら長いし、遊びましょ!」


「うん、いいよ」


「仕方ないわね……放っておいてどこかに行っても困るし……」


 女3人集まれば、とは言うけれど元々5人なのにさらに増えた集団はそこだけ別世界のようだ。なんだかんだと話していくうちに、みんなして外に駆けだしてしまった。結局、まだ何か話し合ってる2人と、状況に追いつけていないミャアとシアちゃん、俺だけが残る。


「まるで嵐みたいだったにゃ」


「元気なのは良いことだけどねえ……」


 ちらりとライネスさんたちを見ると、話がまだ続いているので一応近くに行く。何か頼まれるかもしれないからな。2人も近づいた俺に気が付いたみたいで、話が急に途切れた。なんだろう、何か嫌な……。


「それで? 今回の本命はトールですか」


「そんなわけあるか! 遠征が終わった、であれば次は領土拡大と統治だろう。周辺にも声をかけねばならん」


「そうですね……山脈も確保しておきたい」


 事前に聞いていた話によると、なんでも北東や東側の山脈付近は未開拓の土地が多いらしく、恐らくは獣人にとって大事な資源が得られるだろうと予測されているらしい。確かにこのあたりは森はあるけどこの前みたいに何か掘れる場所というのはそんなに多くなさそうだ。


「資料を用意させます。それまで待ってください」


「ライネス、前にも行ったが今はお前が頭だ。もっと威厳のある言い方をだな……まあいい。ならば時間はあるな? よし、行くぞ」


「え、ちょっと!?」


 がしっと腕を掴まれ、ずるずると俺は引っ張られていくことになった。そしていつの間にか練兵場でヴェリアと向かい合っていたわけだ。




「やはり強いな! いいぞ、強い男は大事だ!」


 長く戦えることが楽しいのか、今日のヴェリアの声はとても元気そうだ。純粋に、戦いを楽しんでいると感じる。気のせいか、毛並みにもつやがある気がするな。


「それはありがたいけど、娘たちを止めてくれよ。押しかけられても困るんだけど?」


 既に相手は5人いるんだし、と小さく付け加える。獣人が早熟で、何人かはそうなっても大丈夫そうな体つきをしてるけどそれはそれ、だから関係を持つということにはならない。別に可愛くないとかそういうんじゃないんだけどね。


「なあに、10人でも20人でも愛があるなら好きにすればいい! 互いの気持ちがあるならな!」


 小細工はやめたらしく、正面から木剣を打ちあうスタイルに変わった俺達。そろそろ木剣が先に音を上げそうだが壊れたら別のを使えばいいからお互いに気にしていない。爽やかすら感じる顔で言い切るヴェリアに、さすがに俺も顔を少ししかめた。


「じゃあなんで大会の時にあんなことを?」


 内心、まだ気にしてるんだぞとつぶやいた。なんとなく、口にするのは小さいかなと思ったのだ。でも意味合いはヴェリアには通じたようだ。にやりと笑われた。なんだかムカツクな。


「今のお前には足りている物が、あの時には無かった。あの時お前は……どこか死なない、負けない、そんな気持ちがあったのだろう。それが剣先に出ていたのだ」


「どうしてそこまでして俺の本気と……?」


「ふははは! 勝ったら教えてやる! さあ、続きだ!」


 結局、2人の戦いはジルちゃんたちが食事だと止めに来るまで続いたのだった。


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