JD-269.「戦いの後、そして平穏」


 俺たちは、勝った。水晶獣たちを倒し、残っていたスライムのような魔物も一通り倒すことが出来た。森の中には少しは残っているかもしれないけれど、この森の獣も十分に強い。恐らくは自然に淘汰されていくだろうという話になった。


 そんな中、俺とライネスさんは魔物たちが一番集まっていた場所にあったそれを見ていた。何人かの兵士が荷台に乗せ、運び出していく。後に残ったのは、まるで前の世界のバッテリーケースのような角ばった物。


「持ち帰って調べるんですか?」


「どうもこの形に見覚えがありましてね。この地方にはこういった物がちょくちょくあるのですよ」


 魔物の異常発生の原因かもしれない物を持ち帰る、というのはどう考えてもフラグだとは思うけど実際にそうなるかは誰にもわからないことである。今のところ、動力源になりそうな部分はここに残していくらしいから、そうそう動かないとは思うけどね。


「念のために周囲を探らせています。トール、アレは今回ので打ち止めと思いますか?」


「正直、わかりませんね。前にも別の場所で見かけたんですが、その時もこれといった兆候はありませんでした。周囲のマナを吸い取る変な奴がいたのは覚えてるんですが……」


 運び出される謎の機械のような物を見送りながら、2人だけの話が始まる。俺としてもせっかく知り合った獣人たちがひどい目に合うというのは回避しておきたい。そういった芽は潰しておきたいけど……あいつらどうやって出てくるんだろう? それに、なぜここだったのか。


「最初は、俺たちみたいにマナの力が強い存在が集まって戦っていると出て来るんじゃないか?って思ったんですよ」


「しかし、今日まで出てこなかった」


「ええ、そうなんです」


 これまでにもジルちゃんたちが本気で貴石術を使うシーンがいくつもあった。もしも何かがそれを感知してるというのであれば、とっくに毎回出てきてもおかしくないのだ。それに……。


 じっと自分の右腕を見る。あの時、俺は確かに何かを斬った。手ごたえはほとんどなく、靄に向けて聖剣を振り抜いたような物だったけど……何かがいたんだ。それが何かはわからないけれど、どうも気になる。


「これは私のカンでしかありませんが……古来より、物事は光と影の関係だと言われています。何のことだかわかりますか?」


「切っても切れない関係ということですか?」


 光があるから影があり、影があるから光を感じ取れる、そういった話は聞いたことがある。それで言うと、俺たちという光があるからこそ影があるということになる。ライネスさんも俺たちが無関係ではないと思っているのだろうか?


「少し違うかもしれません。恐らく、君たちがいない時にあれらが出てきたとしても、今回ほどの強さではないのだろうなと思うのです。影が、強い光によって産まれた時ほど濃いように、近くに対抗できる何かがあるとより強い反応が返ってくる……そんな気がしているのですよ」


「だとすると……ずっと苦戦することになりますね。それはちょっと……」


 俺の否定は予想していたんだろう。ライネスさんはもっともだというようにうなずいて、なぜか俺の両手をとった。向かい合うように手のひらを内側に向ける。一体何を……?


「トールたちは1人ではありません。向かい合い、互いに照らせば影は消えていくでしょう。それだと自分たちの後ろに影が出来る? ええ、ではその影は私たちが照らしましょう。そうしていけば……最後には薄い影しか残りません」


「……ありがとうございます」


 ライネスさんは……自分達を頼れ、その上で目的を達成すべく前を向け、そう言ってくれていた。そうだ、俺たちがやるべきことはまだあるんだ。貴石を探して、魔物を倒して、世界のバランスを取り戻す。


「では行きましょう」


 肩を叩かれながら外に出ると、もうみんな準備は終わっていて俺たちが最後の様だった。

 負傷者多数、しかし死者はゼロ。重傷者もいないため、みんな行きと同じように帰れることになんだかほっとした。


 そうして遠征は大成功をおさめ、俺たちはミャアたちのいる街へと帰還する。





「とまあ、こんな感じだったかな」


「窮地からの愛による大逆転! 物語みたいなのにゃ!」


 正確なところはさすがにぼかして、遠征の結果を報告するとミャアたちは大興奮といった様子だった。メイヤさんなんかは、我慢できないとばかりに飛び出していった。きっとライネスさんに話を聞きに行って、あわよくば……といったところだろうね。遠征も終わったわけだし、2人の障害は大きな物が無くなったんだもの。


「ラピスとご主人様、びゅーんって飛んでったの。海みたいな青い光の絨毯が続いて……綺麗だった」


「ボクとだと何色だろう? 黄色かな? 緑かな?」


「自分の場合、茶色だとちょっと目立たない気がするのです」


 こちらはこちらでマリアージュのことが気になって仕方ないらしい。確かに、あの時の服装はまるで結婚式だったからね。反動なのか、副作用というべきか、しばらくは俺の方は服が戻らず、ちょっと恥ずかしい思いをした。ラピスの方は時間がきたら縮んでいつもの服装になったんだけどね。


「一応試したけどジルたちはどうもうまくはいかなかったわね。けど、ラピスのように限界まで注ぐって訳にもいかないし……ねえ、なんかないの?」


「どうだろう……ラピスの場合、貴石が増えたばかりだったからね。たぶん、ルビーは足りるんじゃないかな?」


「ええ、大事なのはマナを注ぐよりも混ざり合うようにマナがつながることだと思いますわ」


 試す方が早いとばかりに、ラピスから彼女色のマナが伸びてくると俺の腕に絡まり、どっちのマナなんだかわからないような混ざり方をしだした。なんだかラピスをすぐそばに感じるような気がするな。これがマリアージュの効果の1つのようだ。


「これは……トール様、自分達も貴石の追加を最優先にするのです!」


「近くにあるのかなあー?」


「ジルは……どうしよう?」


 賑やかな声が響き渡り、俺は皆と返ってこれたんだな、そう感じることが出来た。みんなとマリアージュが可能になったら……その時は北に戻るかそのまま向かってもいいかもしれない。俺の中にある何かが、そう訴えてきていた。


「ライネス様は遠征の次は、国同士の交流の活性化を宣言したのにゃ! 今までよりももっと大きなまとまりになろうって話にゃ。既に色んな商人たちが行き来してるのにゃ。そうなればトール達の欲しい情報もきっとあるにゃ」


「ありがとう。その分は労働で返すよ」


 そういった俺に、ミャアはにやりと笑みを返す。疑問に思い首を傾げると……徐に工房への扉を開く。そこに見えたのは、うず高く積み上げられた薬草たち。見た感じ、ちゃんと種類別に分けてはあるようだけど……。


「メイヤが見回りだ!って言いながら毎日毎日採取してきてたのにゃ。たぶん、じっとしていられなかったのにゃ。というわけで……全力稼働にゃ!」


 この商売チャンスは逃さない、そう宣言するミャアに俺たちも元気な声を返し、ポーションづくりが始まった。

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