JD-268.「絆が生み出した物」


 思い返せば、前にも水晶獣たちは俺たちの前に立ちふさがり、その力は脅威となって俺たちを襲った。ジルちゃんが大怪我を負って、結果としてエンゲージを果たしたのだ。今もまた、俺たちは新しいステージに立っている。


「あいつらが俺たち向けの試練なのか、たまたまなのか」


「どちらでもいいではありませんか」


 隣に立つラピスに頷いた。今の彼女はいつもと違う服装だった。大きくなった体にぴったりの、青いグラデーションをしたドレス。一見するとウェディングドレスと思える物だった。俺もまた、タキシードと見間違うほどの姿となっており、色は白。まるでスポットライトを浴びているかのように、二人とも光に包まれている。


「行こう」


「はい、マスター」


 なおも続く戦いの場へと、2人は駆け出した。途中、何人もの獣人の戦士がこちらを見て驚いた顔をするのがわかる。まあ、そりゃそうだ。こんな場所にこんな格好で走ってるんだからな、どう見ても普通じゃない。


 自身の解放、つまりは貴石解放を行ったことで俺の体は別物になっていた。見た目自体はジルちゃんたちと違って大きくなってないので変わってないように見えるけど、やばそうだった部分は全部完治、すこぶる元気だ。でも彼女たちのように一時的という感じではない。俺という存在の立ち位置が変わった、そう感じた。恐らく、次は俺に挿すことなく発動させられるだろう。


「お待たせっ!」


「遅いわねっ! ちょ!?……後で聞かせなさいよ!」


 水晶獣の何匹かをまとめて焼き尽くしていたルビーは驚いた顔をした後、すぐに笑みを浮かべて俺の背中を叩いていく。他の皆の援護に向かうようだ。フローラやニーナ、ジルちゃんもこっちを見てすぐ笑顔になっている。まだみんな大きいままだけど、相当に消耗しているのが見て取れる。


 すぐに助けに向かわなくてはいけない。でも1匹1匹切り付けているんじゃ時間がかかる。どうする!?


「マスター、聖剣を。2人の共同作業ですわ」


「了解っ! 聖剣よ!」


 右手に構えた聖剣、その俺の手元にラピスの手が重ねられる。途端、光がまじりあうようにして刀身は青い光を帯び始めた。まるでケーキカットのナイフを2人で持つかのように構えなおし、まだ健在な水晶獣、特にドラゴンへ向けて駆けだした。

 当然、相手もこちらに気が付いて何匹も襲い掛かってくるのが見えた。でも、なんだか今日の俺には遅く見える。


「丸見えですわっ!」


「そこだっ!」


 並の装備ならそれごと貫くであろう水晶獣の爪。だが今日はそれが負ける番だった。爪がぶつかったのは聖剣ではなく、腕程の結晶体。その色は、青。


 聖剣をそのままに俺たちの周囲には精霊の宿った水晶をそのまま使ったかのような青い結晶が無数に産まれ、1つ1つを手槍のように変化して飛ばしていく。マナを吸収するはずの水晶獣へと何本ものソレが突き刺さると、そのほとんどを打ち砕いていった。飛びかかろうと向かって来た相手は空中で串刺しだ。残った相手も瀕死の状態で、ジルちゃん達や獣人の手によって次々と破壊されていく。


 これまで以上に、力があふれる。その源は貴石だけじゃなく、皆との絆だとなぜか感じられた。それが気に食わないのか、ドラゴンが生身のように吠え、口元に力が集まるのがわかる。どう考えてもブレスだがそれを避けるわけにもいかない。


「防ぐ!」


「お任せですわっ!」


 突き出したままの聖剣の先に青いマナが集まると、見る間に氷の障壁となっていく。もちろん、ただの氷ではない。その証拠に……正面からドラゴンのブレスを受け止めつつも、砕ける様子はまったくないからだ。時間にして数秒ほどの戦いは唐突に終わりを告げる。ドラゴンの息切れだ。


 後はコイツを切り裂くのみ。


「ははっ、随分でかいウェディングケーキだな!」


「では大きくしましょう。それっ!」


 ぐんっと、手の中の聖剣がいつもとは逆に長く伸びた。まるで棒高跳びの棒のように長くなった聖剣。それでも手の中にはほとんど重さを感じない。だから俺はラピスとそれを握ったまま、思い切り振り回し……勢いをつけ、斜め上から振り下ろした。


「でぃやあああ!」


 ドラゴンの表面に切り込んでいくときの嫌な音、そして確かな手ごたえが手に残る。熱したナイフでバターを斬るよりも速く、聖剣は地面へとめり込んだ。巨大なドラゴンを袈裟懸けに切り裂いた結果だ。


 聖剣を縮め、ラピスと2人して油断なく相手を見守る。瞬きをするたびにドラゴンだった物はずれを大きくし、ついに地面へと崩れ落ちた。気のせいか、周囲へとドラゴンからマナが蒸気のように抜けていくような気がした。


「なんとかなりましたわね」


「うん。ありがとう、ラピス」


 敵は倒れた。けれどまだ戦場にいる。だというのに隣の彼女が愛おしくて仕方がなかった。思わず抱き留めようとして、それに気が付いた。駆け寄ってくるジルちゃんたち? いや、違う。そっちではない。

 ラピスを背後にかばい、向き直った先は……妙な遺跡跡。


 何も見えない、けれど何かがいる・・・・・


「そこだっ!」


 数歩踏み込み、俺は何もないはずの空間に聖剣を振るう。途端、何もないはずだった空間に急に夜の闇のような物が産まれ、散り散りになっていく。俺が切り裂くことに成功したからだと思う。


「今のは一体……」


「わからない。けどひとまずは大丈夫みたいだ。ほら、他の水晶獣も……」


 振り返れば、主力がいなくなったことで獣人やジルちゃんたちの方が有利になったようで残りの掃討が終わっていた。4人ともこちらに駆け寄ってくる。


「はわわっ、トール様、ご無事ですか!?」


「助けられなくてごめんよー」


「そんな服に着替えて来るなんて、余裕ね」


 3人が3人とも、口々に俺たちの帰還を祝うかのように叫ぶ中……ジルちゃんだけがラピスに抱き付いた。そのまま抱きしめ、震えている。ちらりと見えた顔には、涙。


「ばかっ、ラピスのばかっ。みんな一緒じゃないと……だめなんだよっ」


「そう……ですわね。ごめんなさい、ジルちゃん」


 自分自身も、そのことについて皆に怒られ、反省したジルちゃん。だからこそ、消える覚悟で俺を癒していたラピスに思うところがあるんだろう。獣人たちが後始末をしている中、俺たちは泣きっぱなしのジルちゃんを囲んで過ごしていた。


 と、音を立ててみんなが小さくなっていく。俺もまた、急に何かが抜けていくような感じがしたと思うとタキシードっぽい服がいつものに戻っていた。どうやら時間切れのようだ。


「あら、もったいなかったですわね」


「ラピス、綺麗だった」


「ほんとなのです! 羨ましいのです!」


「とーるー、次はボクだよー?」


「帰ってからにしなさい、帰ってから!」


 賑やかな5人の声を聞きながら、やっぱりみんな一緒なのが大事だな……そう感じていた。誰一人、俺も含めて欠けることのないようにこれからも頑張ろう、そう思えた。


 しばらくして、俺に次を誰にするか決めるように迫って来た4人は……怖くもあり、きれいでもあり……まあ、幸せな悩みってやつなんだろうな、うん。


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