JD-266.「今日も上手くいくかは誰も知らない」
わかってはいた……つもりでした。命を手にかけるなら、逆にこちらがピンチになることもありうることだと。マスターやジルちゃん、皆がいれば絶対無敵……そんな子供じみた考えを持っていたとまでは言いませんが、なんとかしてみせる……そんな自負があったのは間違いないでしょう。世の中に絶対は無いというこの世界でも共通の言葉をどこかに置き忘れて。
「続きますわっ!」
「お願いっ」
獣人の皆さんとの遠征は、すぐに激しい戦いになっていきました。元よりこちらは今回で出来れば決めたいと思っての精鋭を集めての戦い、手加減という物はありませんでした。咆哮のような声が響き渡る中、それぞれに武器を構え、いろんな姿を取りながらもぐにょぐにょとしたよくわからない魔物へと皆で襲い掛かります。私達もまた、大きくなった体を存分に活かしながら戦い始めました。
(手ごたえがあるようなないような……何とも言えませんわね)
斬れば斬れ、突けば穴が開く。そんな相手は1つ1つは大したことの無い強さでしょうけど……すぐにその数が補充されるとなれば厄介この上ない物でした。それでもこちらの殲滅速度の方が上なのは間違いなく、徐々に周囲の魔物は倒され、自然と渓谷へと戦場は移り始めました。
「根元まで……凍りなさいっ!」
動きの速い相手には冷気をぶつけ、その動きを阻害。そうなれば他の誰かが倒してくれる……そう信じて戦い、その通りになる時間が過ぎていきます。ほのかに輝く聖剣を手に、マスターは前線であらゆる相手を切り裂いていました。いつからか、マスターは頼りがいがあるというか、たくましくなったように感じていました。
(殿方らしくなってきた……と言ったら怒られてしまいますかしら?)
マスターの力のいくらかは私たちと連動している、そのことをどこか気にしていた時期は、それが自分の力と言っていいのか悩んでいたように思います。私たちはマスターのために存在している、それを考えればそんなことに悩まなくてもいいのに、そう思った夜もありますけど……嬉しくもありました。マスターが、自分自身の力で私達を守りたい、そう言っているのと同じだったからです。
既に恋して愛を捧げている相手ではありますが、そういった変化という物はとても嬉しく感じます。願わくば……そう、願わくば。私たちがいつまでも隣にいられることを願うのは贅沢なお話でしょうか? 何度も愛され、マスターのぬくもりを頂きながらもそんな未来への不安が不意によぎります。
「ラピス!」
「っ!」
前だけを向いていたためか、大きく跳躍して来た相手への反応が少し遅れ、私を何かの影が覆いました。しかし、それはすぐに吹き飛ばされていきます。たまたまそばにいたフローラのおかげでした。大きくなった彼女はまさにアスリートのような凛々しさも感じる姿で吹き飛ばした魔物の行き先を見つめていました。
「大丈夫ー? 疲れちゃった?」
「いいえ、まだまだですわ。助かりましたわ」
いけない、今は戦いに集中しなければ。気が付けば周囲も先ほどとは戦場を少しずつ奥へ奥へと移していました。前線を担当する人は交代をし、狭くなった分後方からの援護が力を発揮し始めていました。消耗具合から言っても、なんとか奥までたどり着くまでには時間が足りるだろう、そう思った時です。
魔物達の奥に、何やら遺跡……そう見て取れる人工物を見つけた時でもありました。にわかに周囲の気配が変わりました。何度か感じたことのある気配……七色に光る妙な水晶を体とする強敵の気配。とっさにマスターを見ると、同じく気配を感じていたのかすぐさまライネスさんへと駆け寄り、危険具合を訴えているようでした。
「陣形を組み直しましょう。下手に全員前に出ると吸われてしまいますわ」
「ええ、どんな相手が出て来るかは……わからないけれどね」
まずは獣人の皆さんが間に出てしのぐという形になったようでジルちゃんたちが少しずつこちらに下がってきました。そうとなれば他の皆さんと同じように、補給のお時間です。マスターにお願いをして、こっそりとマナの補充を行うことにしました。
「見た感じだと熊……狼、オオトカゲって感じかな? その地方のが出るんだろうか?」
「そうかもしれないですが、油断は禁物なのです! はわわってなっちゃうのです!」
マスターが気が付いているでしょうか? こうしながらも、私達に補給できるだけのマナを自分が持っていることを。もしも、生き物のマナを光として表したならばマスターはまぶしすぎて見つめることが出来ないぐらい。だからこそ、精霊たちもマスターを信じ、気に入っているはずなのです。
「よし、この調子のままなら一気に行こう!」
「ジル、頑張るよ!」
無事に補給を終え、やる気も充填を終えた私たちは再び前線に向かいました。確かに七色の体。それは人が乗って走れそうなほどの熊であったり狼であったり、見覚えのある物でした。不思議と、ドラゴンの姿はありません。先ほどのスライムのような魔物が形作っていたのは一体……そう思いながらも勝てるならそれに越したことはありません。
戦い方を学んだ獣人の皆さんとも協力し、次々と水晶獣たちは砕かれていきました。戦線もその分押し込まれ、よくわからない遺跡のような物もしっかりと見えて来たことで勢いもついてきたように思いました。だからこそ、生じた油断だったのでしょう。
「仕留めるっ!」
相手の集団からよろりと漏れ出るようにはぐれた1体の水晶獣。思い返せば、それは罠だったのかもしれません。それでもその時は誰もそうは思わず、マスターが切りかかるのを横目で確認しつつ他の相手を狙い……そのことに気がつきました。
「えっ……」
それが私の声なのか、他の誰かの声なのかはわかりません。ですが、視線の先でマスターの背中へと何かが突き抜けていて、まるでマスターの知識から教わった次元の穴のような物から出てきている水晶獣であろう大きな爪だけが目に入りました。
そして、爆音。マスターが脱出するために自らを飛ばしたのか、相手がマスターを飛ばしたのかはわかりません。状況がわからないまま、マスターは大きく私の方へと吹き飛ばされてきました。
「マスターぁぁあ!!」
咄嗟にマスターが吹き飛ばされる先に体を割り込ませ……止めることも出来ずにマスターを抱きかかえたまま私は転がりました。全身が砂まみれになり、きっとあちこち怪我をしてるでしょうけどそれどころではありません。
「くぁっ……ぐっ」
「マスター、マスター!」
私と同じように砂まみれになりながら、あちこちに傷を負ったマスターが私の腕の中であおむけになりうめき声をあげました。それもそのはず、マスターの胸はひどい怪我を負っていました。幸い、背骨を痛めたといったこともなく、心臓は動いているようです。ですが……出血の量から怪我の度合いは明らかです。
「マスター、しっかり!」
私は全力で貴石術を発動します。全身をマナが巡り、青い光となって手のひらからマスターへと注がれ、その傷を癒す……そのはずです。だというのに、傷はふさがりつつもまた広がる、そんなことを繰り返していました。
(どうして……あっ……もしかして?)
私は怪我の原因が水晶獣の一撃だということに気がつきました。彼らは周囲のマナを吸い、破壊をまき散らします。彼らによって傷つけられた傷は、マナを失いやすいのではないか、そう考えました。
「ラピス! そっちはどう!」
「なんとか、なんとかします! だから皆さんも斬られないように!」
ちらりと視線をやればルビーたちは獣人の方々と混ざって前線を支えています。マスターを貫いた爪の主はいないと思っていたドラゴンでした。その体は以前見た物の倍はある相手。同時に後ろには明らかに様子の違う新手の水晶獣たち。どうやら誘い込み、仕留めるという古典的な罠に私たちは引っかかってしまったようでした。水晶獣は急に攻撃の激しさを増し、じわりと押されているような気配も感じました。なんとかしなくては……そのためにもマスターの癒しが先決です。
「早く……早く! うう、どうしてですの……」
焦りが集中をそぎ、思うように治療が進みません。それでもその手を止めることは絶対にしない、そう決意をしながらマナを注ぎ続けます。段々と限界が近づくのを感じました。それでも……私は手を止めるつもりはありません。
「例え……例え私が砕けてもみんながいますもの……怒られるでしょうけど……皆が私の立場なら、きっとそうするはずですの」
ついには気絶してしまったのか、息を荒くしながらも目を覚まさないマスターを見つめながら、傷に添えた手にマナだけでなく、決意さえも乗せるつもりで癒しを続けます。気が付けば、貴石解放は時間切れを迎えていました。縮む体、弱まる貴石術の出力。ですがここであきらめるわけにはいきません。
「マナが足りないなら!」
そうして私は……私自身を燃やし始めました。代償は……私という存在。
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