JD-265.「秘密の告白」


「結論から言いましょう。私は女神の啓示を受けている身です。もっとも、こちらからは声は届けられない一方的な物でしたけれどね」


「そうだったんですね……だからみんなのことも最初から……」


 一般人に近いミャアたちはともかく、人間との争いが少なからずあったことを知っているか経験しているライネスさんがあっさりと俺たちを受け入れたのがずっと不思議だったんだ。少しぐらいは試すようなことがあってもおかしくないと思っていたのにね。


「勿論最初は半信半疑でしたが……今日までの行動を見て確信しました。トールたちが獣人に光をもたらすと。改めて、よろしく頼みますよ」


「俺たちでよければ。それで、遠征にはもうすぐ?」


 真面目な顔をして頷くライネスさんに俺も表情を引き締めて頷き返した。今日にでもというわけじゃなさそうだけど、すぐ近くに本番の日は迫っているようだ。俺たちはいつでもOK、全力を尽くすだけ、かな。出来ればラピスの慣らしをしておきたかったけど本人は大丈夫と言っているからそれを信じることにした。


「遠征には形態変化を可能とする戦士も複数参加します。ですので彼女らも最初から、あるいは現地についてからお手伝いをお願いしても大丈夫ですか?」


「皆にはお願いしておきます。たぶん大丈夫ですよ。みんなもこの場所のことを気に入ってますから」


 そこが気になっていたのか、どこか安心した表情になるライネスさん。俺はふと、こういう機会じゃないと聞けなさそうなことを聞くことにした。真面目なと言えば真面目な話だけど……うん。


「1つ聞いておきたいんですけど、獣人の結婚とかは人間より若いうちにするんですか?」


「うん? ああ、ヴェリアの娘達に言い寄られましたか」


 実はそうなのだ。こちらに帰ってくる前、ジルちゃん達より明らかに若く見える子達に、父親より強いなら子供を産んでやるぞ!等と言い寄られたのである。さすがに断ったし、ジルちゃんたちが牽制代わりに俺に抱き付くなどしたのでその場はうやむやになったのだけど……。


「そうですね……私は人間の文化にあまり詳しくはありませんが、私とメイヤは遅すぎる、一生独身のつもりか、とよく言われるぐらいですからね……そこそこ早いのではないですか?」


「なるほど……ありがとうございます。こんな変な質問ですいません」


 地域の長に聞くのもどうかなと今になって恥ずかしくなってきた自分がいた。ライネスさんはそんな俺を楽しそうに見つつ、甲斐性があれば何人でも非難はされませんから大丈夫ですよ、等とからかい始める。否定も出来ず、かといって堂々と肯定するのもなんだかなあと思いながらそのまま雑談の流れになった。


 遠征先の敵が毎回姿が違う厄介な相手であることや、どうも奥の方に増殖の原因がありそうだといった遠征の話から、他の獣人の国が如何に面白い国があるかといったとても有意義な時間だった。その時間は皆が様子を見に来るまで続き、笑顔で俺達は別れ……本番の日を待った。




「では参りましょう」


 その日、長々とした口上は無く、シンプルな一言で周囲の獣人たちが列をなして動き出す。毎度のことであるということに加えて、ライネスさんが人望を集めているという良い証拠だろうなと思う。物資を積んだ荷車を中央に守りながら、俺たちは出発することになる。振り返れば、メイヤさんやミャアたちが手を振り俺たちの勝利を願っているのが見える。


「ご主人様、早く帰ってこようね」


「うん。頑張ろう」


 戦いの地までこのペースで大よそ1週間ほどだという。となれば無理な行軍はせずにしっかりと休息を挟みつつということになる。途中、獣や魔物が多少出てくるがこちらの人数も50名近くと結構な人数だ。今回は少数精鋭でということらしく近くの国からも援軍が来ていた。マナを撃ちだすサイリウムみたいなものを試作品だけどもと持ってきたあのマッドな研究者もその一人だ。


「ちなみにワシは戦えんぞ? 現地での治療や考察のために同行するがの」


 ついてくる理由を問いかけるとそんな答えが返ってくる。荷台にじっとしてる予定だから問題ないそうだけど……どうなんだろう? まあ、出来るだけ守ってあげようとは思うんだけどね。同行者の中にはジルちゃんたちぐらいの子はほとんどいなかった。数人、若い子がいるけれどそれでも高校生か大学入りたてといったところかな?

 当然、5人には一部から懐疑的な視線が集まったのだけど……例のごとく試しにと貴石術を撃ち込んでもらって証明して見せた。このあたりは人間より実力が重要視される傾向のある獣人だと話が早い。


 大きなトラブルもなく順調に進むことが出来……両側を山に囲まれた渓谷のような場所に出た。周囲には以前の遠征の際に残していったものなのか、柵等が点在している。古い物もあればまだ十分使えそうなものもあるから、何回もここを拠点に挑んでいたんだろうなとわかる。


「例年通りであればここが拠点となります。ですが油断は禁物。頼みますよ」


 その声を合図に、何人かの獣人の兵士が森へと消えていった。その中には、そばにいても気配を感じられなかった豹な人もいる。相変わらず見えるけど気配は感じないとんでもない技術である。あるいは貴石術にそういうのもあるから併用してるのかな?


 偵察の帰りを待つ俺達はそのまま野営の準備だ。テントを張り、あるいは木々を切り倒して簡単な壁として相手の奇襲を防ぐ手段を取る。ほとんどは残されている柵の補修などで十分だったから案外気楽な物だ。それよりも、明日遭遇するであろう相手のことが心配だった。


「こんな場所で拠点を作れるなんて……陣地から出てこないというのは本当なのね」


「臆病なのかなー? ちょっと飛んでみてこようか?」


「やめておいた方がいいのです。何がきっかけになるかわからないのです」


 みんなの疑問はもっともであり、俺も近い疑問を抱いている。けれどライネスさんが詳細に語らず、参加者に聞いても見たほうが早い、と言われてはそれ以上聞くこともできなかった。少なくとも何年も遠征をしないと危ないだろう、ということだけはわかったんだけどね。


「きっと仲良しさんばかりたくさんいるんだよ」


「ええ、そうですわね。正確にはそこを拠点に増殖してるような相手だと思いますわよ」


 増殖……スライム的な? それとも植物的な相手だろうか? この世界、何でもありそうだからなあ……あのでかいカニが見渡す限り、だとしても驚かないぞ俺は。逆にそんな奴があふれるまで外に出てこない状況というのも想像しにくいのだけど……。





「だからといってさあ……なんだろうなあアレ」


「ドラゴンさんに、マネキンさんに、お馬さんもいるよ」


 そう、戦いの場にうごめいていたのは……やや黒い色をしたスライムのような肉体で様々な姿を取っている謎の魔物だった。数は結構多い……大小違いがあるのは、最近産まれた奴とそうじゃない奴だろうか?


「マスター、他の皆さんも変身されてますわ。私達も続きましょう」


 若干硬いラピスの声。それが示す通り既に周囲では戦いの準備が始まっている。気の早い人たちはこの距離からでも貴石術による物か、何かを撃ちだし始めているぐらいだ。指揮を執っているライネスさんを見、頷きが返ってくるのを確認してみんなを木陰に入れる。一応、形態変化すると服が大変なことになって恥ずかしいからと言ってある。他の人は皆男性だから気にしないらしいんだけどね。


「みんな、よろしくね」


「一緒なら、なんでもできる……頑張るよ!」


 元気よく叫ぶジルちゃんを撫でつつ、俺は5人の貴石解放を順々に行っていく。立ち並ぶ大きくなったみんなの姿にこちらを見た兵士達の顔が驚きに染まる。俺はそんな反応に満足感を感じながら、5人と一緒に戦いに挑むのだった。


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