JD-264.「守る場所、守る物」
「こんなところにまで来て……あまり皆さんに迷惑をかけてはいけませんよ、メイヤ」
「そ、そんなつもりでは……迷惑だったか?」
本人に反論しずらいからってこっちを向かないでくれると嬉しいのだけど……向かれた物は仕方ない。状況を振り返り、メイヤさんの言動を考えると……まあ、なんだ。
「迷惑ってほどではないですね」
「ほら、迷惑じゃないって!」
「でも、対応には困りますわ。マスターはお優しい方ですので」
鋭いラピスの一言に、取り戻しそうだったメイヤさんの勢いはしぼんだ。ばつが悪そうにぽりぽりと後頭部をかきつつ、俺たちとライネスさんを視線が行ったり来たりだ。見た目しっかりした年上のお姉さん、といった感じなのにこういう仕草はまあ、可愛らしいという部類に入るんじゃないだろうか?
「ねーねー、メイヤさんは恋人ー? 違うのかなー? ボク気になるなー」
「恋人ではありませんよ」
グサッと漫画的な何かがメイヤさんに刺さった気がした。励まそうにもどう声をかけた物か。発言の主は意外にも、微笑みを浮かべて伏せたままのメイヤさんを見ていた。おおっと? こいつは……脈ありってやつじゃないのかな?
「ですが、無理をしてほしくない思うぐらいには考えていますよ」
「ということは! そういうことなんだな!」
「随分と浮き沈みが激しいわね……大丈夫なの?」
ルビーのジト目が向けられる中、ライネスさんの周囲をぐるぐる回りながらメイヤさんは俺にしたようにスンスンと匂いを嗅いでいる。種族的にそういう癖というか習慣なんだろうか? 揺れる尻尾が見た目とギャップがあって見ている分には楽しい気がする。
「えーっと、そろそろ良いかにゃ?」
「お姉ちゃん、お邪魔しちゃだめよ」
あきれ顔と真剣な顔の姉妹の声に固まるメイヤさん。どうやら勢いで動いたことにようやく気が付いたらしい。最初の凛々しい感じはどこに行ったのか……謎である。しばらく何とも言えない無言の時間が過ぎた後、俺はたまらず咳ばらいを1つ、先を促した。
「そうだ! 私も行くぞ、遠征に。嫌とは言わせん」
「駄目です。言ったでしょう? 許可は出せないと」
取り付く島もないとはこのことだろうな。ライネスさんの表情は揺るがず、逆にきっぱりと言われたメイヤさんのほうが可愛そうなぐらい顔をゆがめている。事情をある程度聞いている俺としては、きっと好きな人のそばに少しでもいたいんだろうという気持ちはわかる。けれど、それで押すのは少々難しい。その理屈でいえば、戦えない獣人でもついて行けることになってしまうのだから。
さて、どう説得をした物かとみんなと向き合った時の事。ニーナやフローラの視線が俺の後ろに向く。みんな目を見開いて驚いている。一体何が……そういえば途中から妙に静かだな。さっきまで行く、駄目、と押し問答が続いていたのに……なにぃ!?
「ライネス様、意外と情熱的なのにゃ」
「はわわわ……キスなのです」
そう、振り返った俺の視界に入ってきたのは、女性としては比較的大柄に感じるメイヤさんを正面から抱き寄せ、見事に口づけを交わしているライネスさんだった。まるで映画のワンシーンのように、ポーズもばっちり決まっていて、美しさに息をのむような光景だった。
「ご主人様、今度アレやって」
「私もですわ」
「……好きにしたら?」
「ボクは恥ずかしすぎてちょっと……」
「自分も同感なのです……」
思わず振り返った俺に飛んできたのはそんな5人のつぶやきだった。視線はそのまま2人に向けられているあたり、みんな女の子だなって思う瞬間である。まあ、それはともかくとして結局話が進んでなくないか? どうしよう?
動きに迷っていると、ずっと続くかのように止まっていた2人が動き出し、距離をわずかながら取ることになる。ライネスさんが抱きしめたままだからちょっとだけの距離なんだけどね。
「言ったでしょう? 今はそんな気になれないと。遠征が終わるまではそちらに注力したいのです。わかってくれませんか?」
「ライネス……」
とても濃厚なラブシーンを見せつけられてる身としては一言いいたいところではあるが、良いシーンでもあるのでここは我慢しよう。要はライネスさんもメイヤさんが大事であるのは間違いないのだ。だから、危険のある遠征には万一を考えたらついてきてほしくないし、自分が何かの拍子に気を散らして判断をミスするわけにはいかないという責任感から来ているんだ。
これで一件落着かな、そう思ったのだけどどうも目の前の女性はそう簡単にはあきらめないらしい。呆けたような顔が引き締まると、ライネスさんの腕から抜け出して腰に帯びたままの剣の鞘を叩いて見せた。顔が恋する乙女から戦士の顔になっているような気がする。
「自分の身は自分で守る! そばにいたいと思うのがいけないことなのか!?」
「そういうわけではありませんが……困りましたね」
ひとまず落ち着いてもらうべきか、そう思ってお茶の提案でもしようとした時だ。ジルちゃんがスタスタと2人に近づいたかと思うと、メイヤさんをつついた。こういう時のジルちゃんって思ってもみないことを言う気がする……気のせいかな?
「なんだ、娘。今は大事な話をしてるのだ」
「えっとね、ここを守ってほしいっていうことだと思うよ」
「ほう……」
最初はほとんどがジルちゃんの言っていることがわからなかった。でも段々とわかってくる。ライネスさんは、ただついてこないようにといってるんじゃなく、遠征で留守の自分に代わってこの街を守ってほしい、そう言っているのだと。
「そ、そうなのか? でも、遠征にはお前たちもついて行くのだろう? だったら私の方が役に立てそうではないか!?」
「メイヤ、必死過ぎるにゃ……気持ちはわかるけど」
心配そうなミャアの言葉が全てだとも言える。俺から見てもちょっと必死過ぎる。それだけライネスさんのことを心配してるということでもあると思うけど、どうなのかな?
そう思ってライネスさんを見ると、腕組みをして考え込んでいる姿があった。
「確かに経験でいえば貴女の方が彼女らよりも上かもしれません」
「当然だ、私はずっと戦って来た!」
「ですが、今の貴女よりは彼女らの方が強いと見ますよ」
上げて下げて、見事な一撃だった。となるとこの後の行動は予想がつくのだけど、みんなよりもメイヤさんのほうが強いと思うんだけどなあ? まあ、貴石術なしで今の幼女幼女した姿なら、だけど。と、そんなことを考えている俺にライネスさんはなぜか微笑んできた。
「トール、誰かに本気を出してもらって相手をしてくれませんか」
その静かな瞳は、
「わかりました。ジルちゃん、大きくなって試合をしてあげてくれるかな?」
「ちょっとトール?」
慌てて止めに入るルビーに頷きだけを返して制し、ジルちゃんと向きあう。小さな彼女を見るとどうしても見下ろすような形になってこっちを見上げるのは大変なはずなのにずっとこうしていたい気がするから不思議だ。
「うん。わかった。でも、痛い痛いのはダメだよ?」
「よくわからんが勝負ということだな! よし、さっそくやろう!」
混乱を抱えたままのメイヤさんは我先にと裏手の庭に出ると、準備運動とばかりに体を動かし始めた。俺はミャアたちに内緒だからねと念押しをして一応物陰にジルちゃんを連れ込み、手早く聖剣を小さくしてお腹の魔法陣にあてた。まただ、なんだろうこの魔法陣の向こう側に感じる強い力。ジルちゃんが成長してるのかな?
「ご主人様?」
「う、うん。よし……」
わずかに漏れる艶めいた声に敷居の向こう側でミャアたちの気配が動くのがわかるけれどそれもすぐに部屋を満たす光にかき消される。そう、ジルちゃんの貴石解放の光だ。もう何度目だろうか? 光が収まった後には大人と少女の入り混じった大きくなったジルちゃんがいる。なんだか、綺麗さが増した気がする。
「ん、頑張るね」
「別人!? いや、この気配は同じか。なるほど……獣人にも稀にいる形態変化、それがお前たちの強さの秘密か。となると他の4人も? ははっ、面白い」
「ウチの子は極端ですけどね。実力は保証しますよ」
だいぶ怪しいごまかしだけど大事なのは、ジルちゃんが戦えるということである。向かい合うメイヤさんは腰を低くし、獣が相手に襲い掛かるような姿勢だ。対するジルちゃんはぼんやりと立ったまま。構えといえる構えをしていない。
「何をしている」
「いつでもいいよ。これがジルの一番だから」
その言葉に嘘がないとわかったんだろう。メイヤさんは目に鋭さを増してさらに構え、そして動き出した。目で追うのが難しいほどの速さ。そのまま獣相手であれば一撃必殺となる攻撃だったと思う。だけどジルちゃんは見事にそれを受け流し、そのまま通り過ぎるメイヤさんの腕をつかんでひっくり返した。
地面に体が打ち据えられる音。あんな動き、教えた覚えはないんだけどな……テレビでは何かの時に見たような気がするけど……見て覚えたのかな、ジルちゃん。
「馬鹿な……こうもあっさり? ははっ、私は弱いのだな」
「ううん。強かったよ。前のジルなら追いつけなかったと思う。だけど、ジルも負けるわけにはいかないの。それに……メイヤさんは優しいの。ジルを傷つけたらご主人様が悲しむってわかってるから手加減してくれたの」
地面に倒れたまま、メイヤさんはそんなジルちゃんの言葉にしばらく口を閉じずに呆けた後、微笑みながら口を閉じた。その顔は随分とすっきりした物になっているのがここからでもわかる。
「完敗だ。手加減しながら勝てると見誤った私は前線には相応しくあるまい。帰ってくる場所、そこを守るのも戦い……そういうことだな」
メイヤさんを助け起こすジルちゃんの姿はこれまでとは何かが違っていた。一回り女の子らしくなったというのもちょっと違う、これはそう……人間らしくなった? そんな気持ちを抱えたまま、笑いあう2人を見つめる。
「さて、みなさん。トールを少しお借りしますよ」
「え? ちょ!?」
騒動が終わったかと思うと、俺はライネスさんに腕を掴まれてどこかへと連れていかれるのだった。
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