JD-263.「勢いは大事」
謎のジルコニアの正体らしきものは正確なところはわからなかった。人工物のはずのジルコニアが何故川で採れるのか、に関しては上流にあった山に恐らくそれを生み出している何かが眠っているらしいことまではわかったのだけど……敢えて掘り出すべきかと聞かれると微妙なところ。
「ジルちゃん、それはお腹から入れなくていいの?」
「うん。でもこっちだと貴石レベルがあがらないみたいだよ」
ミャアたちから借りている一室で、ジルちゃんはたくさん集めたジルコニアをのんびりとした様子で飲み込んだりしている。お腹に溜まっていきそうだけど、不思議と体形は変わらない。もうハンドボールぐらいの量になる分は食べてるんだけど……不思議だ。
「? ご主人様、ジルのお腹見るの?」
「そ、そういう訳じゃないんだけどな……せっかくだし」
「何がせっかくよ! 昼間っから盛っちゃって!」
いつ見ても染み一つない綺麗なお腹がぺろんと服をたくし上げることで丸見えになる。花の蜜に誘われる虫のようにゆらゆらと手を伸ばしたところで、部屋に戻って来たルビーのツッコミを食らった。正気に戻れてよかったような残念なような……だけど、さっき見えたジルちゃんのお腹……なんだか前と違うような?
(まあ、気のせいか。窓ガラスも色付きだしな)
「そういえばトール、お客さんが来てるわよ。遠征のお迎えじゃないみたい」
「お客さん? ライネスさんたちじゃ……ないんだな」
まだラピスたち3人は依頼に外出中。そんな状況だからどこかに出かけるというのは遠慮したいんだけど……さて? 疑問を抱きながら部屋の外に出ると、賑やかな声がする。ミャアとシアちゃんと……聞き覚えの無い声だ。
そっとそちらに顔を出すと、家の主な2人と、見知らぬ女性。革鎧を身に着け、腰には小剣……どこかの兵士なのかな? と、相手がこちらに気が付いて顔がほころぶ。どうやら良くない知らせではなさそうである。
「キミがトールで間違いないかな?」
「ええ、そうですけど貴女は?」
ミャアたちが楽しそうに話してたということは悪い人じゃないのはたぶん間違いないけれど、その持ってきた用件までそうとは限らないのが世の中。念のために警戒しつつ問いかけると……なぜか俺の周囲をスンスンと匂いを嗅ぐような仕草で確認し始めた。茶色の長い髪に隠れてるけど、犬っぽい耳だ。
「うんうん。見た目に反して強さを感じる匂いだ。これはあいつが惚れこむのもわかる」
(あいつ? 俺の知り合いか?)
噂をしていた、ぐらいならどこかで出会ったり、この前の大会で俺の戦いを見ていた人、って感じ化もしれないけれど惚れこむとなると実際に付き合いのある人の関係者っぽかった。でも誰だろうか?
「ん? 誰の知り合いだって顔をしているな。ははっ、私はメイヤ。ライネスの妻になる女だ!」
「「おおおーー!?」」
気が付けばジルちゃんとルビーが扉のそばでこちらを覗き込んでおり、突然の女性……メイヤさんの告白に黄色い声をあげていた。ちらりとそちらを向いてウィンク1つ飛ばすあたり、なかなかノリの良い人である。ライネスさんみたいなちょっと寡黙というか物静かな人にはこのぐらい活発な方があってるのかもしれないね。
「よく言うにゃ。自称、にゃ。告白はしたけど今はそんな気になれないとか断られたにゃ?」
「こらっ、そんなこと言わなくてもいいじゃないか! 私とミャアの仲だろう!?」
呆れた、とポーズをとりながらのミャアにつかみかかっていくメイヤさん。騒がしくなりながらじゃれ合ってるから仲がいいのは間違いなさそうだね。それはそれとして、用件が聞けてないんだけど……うん。
「あのー、それで何か急用ですか?」
「おお? そうだったそうだった。ライネスからキミたちが貴石を探してると聞いてね。よかったら私の持っている中からこれだというのがあれば遠征前に譲っておこうとそう思ったのさ」
そういって玄関に置きっぱなしだった大きな袋を手にすると、テーブルの上にやや乱暴に置いた。中身がちゃらりと確かに石らしき音を立てている。
「メイヤは集める割に細かく管理をしない派なのにゃ。持ち運びには力が漏れないようにと袋を奮発するのに、それぞれの管理は無し、放り込みっぱなしにゃ」
「いいじゃないか、そうしていくと味が出る。ほら、見てくれ」
豪快にテーブルにまき散らされるように出されたのは間違いなく宝石と呼べそうな石たち。ほとんどは原石の状態だけどいくらか研磨済みのように見える物も混じっている。まとめて入れていた袋は特殊な物なのか、出てくるまで俺も2人も貴石の気配を感じなかった。
(もしかしたらそういう場所に落ちてるかもしれないな)
貴石の気配がないから近くに無い、というのは間違ってる場合があるということがわかっただけでも収穫である。それはそれとして、選べと言われて見てみるが……どれもこれも確かに貴石で、悩ましいものだった。
「おすすめはこのダイヤだな。ちゃんと研磨すれば相当な物になる。引き取りの値段? そんなものはない。私が譲りたいと決めたことだ、気にしないでいい」
「普通にしてると裏がないか気になる話だけど……いいんじゃないの? 選んでみたら?」
ルビーに背中を押され、俺はテーブルの上を見渡した後、メイヤさんにおすすめされたとおりにダイヤの原石を手に取り、ジルちゃんに見せる。これが上手くいけばジルちゃんを大幅に……あれ?
「何をしてるのだ?」
「秘密です。俺たちだけが知ってる故郷の秘術なんですよ」
服の上からジルちゃんのお腹付近にダイヤを近づけて見せるのだけど、なぜか反発が手に返ってくる。いやだいやだ、あるいはいらない、そういう感じだった。どうやらこれはお気に召さないらしい。
「私が一番、だからいいって」
「? そっか……」
よくわからないけれど、ジルちゃんとしてはこのダイヤは受け入れられないようだ。だったら無理強いすることでもない。となると後は……あ、アクアマリンがある。そのまま文鎮に使えそうなぐらいの大きさのその塊を見た俺は、これにすると伝えてありがたくいただいた。
これが上手くいけばラピスが強くなるなあ、そう思っていた時だ。背中を走る何かに突き動かされて顔を上げると……良い笑みを浮かべるメイヤさん。そうですよね、それなりに高価であろう物をタダでくれるわけないですよね、ええ。
「それで? 何をしたら?」
「話が早いな。長生きするぞ。なあに、簡単なことだ。私を遠征に連れて行ってくれるようにライネスを説得してほしい。実力は十分あるはずなのになぜか断られるんだ。頼む!」
土地は違ってもこういった文化は同じなんだな……と、頭を下げて手を合わせてくるメイヤさんを見ながら思う俺がいた。ジルちゃんとルビーも突然のことにぽかーんとしている。シアちゃんも同じ。ミャアだけはこれを予想していたのか、ため息をついている。
「何か言われてないんですか? なんで駄目かって」
「それは……」
「やれやれ、まさかと思えばその通りでしたか」
俺の指摘に顔を少しゆがめ、言いよどんだところに新たな声。っていうかこれは……やっぱり、ライネスさんだ。特に装備は身に着けておらず、お忍びスタイルと言われたら納得する感じだ。
「どうしてここに!」
「貴女の考えることぐらいわかりますよ。長い付き合いですからね」
いつものように涼しい顔のまま、こちらに歩いてくるライネスさんはドラマの俳優のように堂に入っていて、男の俺から見ても格好いい。思わず見守っている状態の俺たちの前で、ライネスさんとメイヤさんは見つめ合っているのだった。
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