JD-262.「あるはずのない天然物」


「あ、あったよ」


「こっちにもあるわね。小さいけれど」


「まるで貝殻集めだな……」


 場所が海ではなくて川、という違いはあるけれど砂地を小さい女の子があちこち歩きまわってキラキラした物を集めてくる、という図は夏の海で遊んでいるかのような錯覚を覚える。一見するとただの川だったのだけど、しっかり探すと確かにジルコニアの輝きがいくつも見つかった。


「マスター、恐らくは……」


「きっと上流から流れてくるのです!」


 2人に頷きつつ、静かなフローラを見ると……話に出た上流の方を右手を添えて見つめていた。何かあるのかなと思って俺もそちらを見るが特に山以外には見えない。変な物はないような?


「あ、とーる。むこーのほうに……きらって光った気がしたんだよね。木がない岩肌のところなんだけどさ」


「どれどれ? んー、岩肌はあるけど光ってないなあ……」


 まともに歩くと遠いけれど、2人でみんなを抱えて飛んでいけば時間は短縮できそうな距離だ。ニーナに砂地の下を確認してもらったけど、やっぱりジルコニアらしい物はたくさんあるけど鉱脈ではなさそうということだった。となると確認すべきは予想通り、上流からということで……先ほどの岩肌がある方向だ。


「じゃあ警戒しつつとんでいこー!」


 毎度のごとく俺が両手と背中に3人、背中にジルちゃん、両手にラピスとルビーという組み合わせ。フローラがニーナ1人なのはいざという時に防御してもらうためでもある。みんな軽いから大人1人背負うぐらいの重さだし、苦労もない。このあたりにいるかどうかはわからないけれど、オークなんかに攻撃されないようにと出来るだけ高い位置に上りながら山へと向かう。


 空を飛ぶのも慣れて来たなあという手ごたえを感じつつ、だんだんと問題の山に近づくと……元の世界で見たことのあるような光景が広がって来た。砂利を取るのに山を削ってるようなアレだ。もちろん重機がないからか、規模は比較すると小さい。けれどこれは……なんだろう?


「フローラ、あっちのほうに降りよう。太陽が背中になる」


「おっけー! じゃあこそこそっと」


 まだよく見えないけど、きっと掘ってる何かがいる。警戒しつつ森に降り立ち……いきなり殺気に包まれた。声を出すまでもなく、3人とも俺から飛び降りるようにして数メートルを落下し、すぐさま円陣を組んだ。俺もその中央に降りる形で見渡すと……殺気の主はオークだった。と言っても前に見たように随分と小さく、省エネスタイルだ。比率的には元のオークが10に対してこっちが6ぐらい。


「このあたりって一応獣人側の領土になるのかな?」


「詳しくはわからないけど、そのはずよね。でも細かく見回りが出来てないんじゃないかしら?」


 そんなことを口に出来るのも、殺気は突き刺さるけど実際に攻撃がやってこないためだ。相手がこちらを警戒してるのはわかる。見た目は獣人、だけど……何か違うというのを感じ取っているんだと思う。

 これが遠征の相手だとは思えなかった俺は、ルビーと頷きあって適当に炎をわざとらしく打ち出した。


「ほらほら、燃えたくなければ逃げなさい!」


 高笑いをするようなルビーの声と同時に周囲に炎が次々と暴れる。が、枯草を少し燃やすばかりで延焼はほとんどいていない。そう、見た目はかなり派手だけど、実際に燃えている時間はすごく短い炎だ。貴石を4個も取り込んでるからか、出力に悩んでそうだったけど制御に成功したらしい。努力家なんだよな彼女……おっと俺もやらねば。


 しばらくして、周囲からオーク達の気配が消えたことを確認してから先ほど上から見えた場所へと進む。随分と騒々しいことになったけれど、いつかそうなるだろうと思えば少し早まっただけ……だよね?


「オークさん、小さいね」


「まるで大人と子供なのです。マナが少ないです?」


 木の陰から襲われないかと気を付けつつ進む中、みんなも同じ感想をオークに抱いていることがわかる。そういえばこのあたりだと魔物の方が弱い時があるとか言ってたよな……同じように生きているのになんで差が出てるんだろうか? 例えば狼っぽい奴と、あのオークだと狼っぽいほうが勝ちそうな気がするんだよね。


「あっ、見えて来たよ! あれ、オーク達が掘ったのかなー?」


「その割には上の方まで掘られてるような……何とも言えないわね。でも無関係ではないでしょうね」


 と、視界が開けたと思えば飛んでくる何か。数歩前に出たニーナの手から繰り出される岩壁がそれらを小気味いい音を立てて防ぐ。軽い音だから木の矢のようだ。そのまま壁を向こう側に崩して目くらましにするニーナを追い越すようにして俺達は撃ってきた犯人であるオークと相対する。


「見回りが来ないからって勝手に掘ったらいけないんじゃないのか?」


 通じないと思いつつもそんな問いかけの返事は、先ほどの数倍がいるであろうオーク達の攻撃だった。しかし、どうにも貧弱だった。武器と言えるような物も長剣と呼ぶには粗末な物だったり、体格も俺といい勝負かそれ以下程度なのだ。そこに貴石術を撃ち込めばすぐに混乱がまき散らされる。


 結局、10分もしないうちに現場には俺たちと、オークの置いていった色々だけが残ることになる。一応戻って来る事を警戒しつつ、置いて行ったものを確認するとそこには驚きの光景が広がっていた。粗末ながら台車のようなものに乗せられていたのは、人の拳ほどはあろうかという透明な結晶だ。恐らくだが、川の砂地で見つかるのはこの破片なんだと思う。


「こんなに大きいジルコニア、あり得るんですの?」


「形も不ぞろいだし、なんだか変よね」


 周囲を確認すると、同じような物がごろごろしている。ついでに川に捨てていたであろう破片や砂利の山もあった。スコップのような物もあるけど脆そうだ。そんな道具でも掘っているということはオークはそれだけの価値を感じているんだと思う。


「これからマナを取り出す手段がオークにはあるのか……?」


 オークがこれを掘る理由は他に思いつかなかった。石英のように貴石術の媒体にするという線もあるけど、だったら殺気の戦いのときに1人ぐらい使ってくるだろうと思うのだ。


「そのあたりは戻ったら聞いてみましょう? それより、あれを見てよ」


「いっぱいきらきら……うう、安売りバーゲンセール」


 恐らくはオークの手によって掘られたであろう岩肌。そこは洞窟のようになっており、差し込む太陽の光に壁のあちこちが光っていた。まさかと思いつつも近づくと、その光の正体は露出したジルコニアの塊たちだったのだ。確かに一山いくらで売られてるわけだ……。


(主成分は同じって聞いたことあるけど、ジルコンじゃないのか?)


 そう思いながらいくつかを手にして確認してみるも、なぜかわかる感覚からこれはジルコニアであってジルコンではない、となってしまう。ジルちゃんたちに聞いてみるも、答えは同じだった。一体……どういうことだろうか?


「トール様、このあたりの山は柔らかすぎるのです。ちょっとおかしいのです」


「普通に出来た物じゃないってこと?」


 突然のニーナの発言に、みんなして岩肌を触る。言われてみれば、よくある岩肌と比べると砂山のような軽い手ごたえだ。単純に、硬さがない。試しに聖剣を切れ味ゼロにして突き立ててみると、想像以上に潜り込んだ。


「これならあのオークでも掘れるはずね。でもそうなるとこの山、昔は無かったんじゃないの?」


 見上げる山肌も、確かに生えている木々が他の場所と比べると細かったりまばらだったり。最近といっても何十年単位では効かないんだろうけど後から出来た山みたいだ。

 ふと気になって地面の下の方をニーナのように探ってみると……反応が少し下に大きく返って来た。


(ん? 増えてる?)


「ねえ、とーる。これさー、ジルコニアを作れる機械が埋まってるんじゃない?」


 予想外の仮説ではあるが、それが一番しっくりくる話だった。自然に出来上がるというよりは、昔のそういった施設が残ったまま埋もれたと思う方がまだましっぽい。ただ、掘り返すのは面倒だ……。


「たくさん、持って帰って食べる」


「ジルコニアのおにぎりね……豪快だわ」


 どこか釈然としない物を感じながら、一通り塊を集めきった俺達は帰りは遠慮しなくていいかと空を飛んでアルメニアの近くまで戻るのだった。

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