JD-260.「マッドな気配」
結局のところ、俺は無難に逃げた。正しくは、助け船が来たというべきか。言いよどんでいる間に、俺たちに声をかけて来た人がいたのだ。振り返るとそこにいたのは先ほどの会合の時にいたヴェリア側の獣人の1人。見た目は若いのに、随分と疲れた様子を感じる……なんだか戦いは苦手そうだね。
「ヴェリア様から案内するように言われましたのでさっそく行きましょう。ああ、機密というほどでもないので皆さんおそろいでも。あくまでトールさんの付き添いは、ですよ。ヴィルフリート様たちはダメです」
「ええー!?」
抗議の声を上げるのはジルちゃんたちと遊んでいた女の子の内の1人。というかその名前で女の子なのか……ヴェリアらしいと言えばヴェリアらしいけど……なんだか強くなりそうな予感だ。若干の戸惑いはありながらも、問題ないのならということで5人と一緒に案内されるままに向かう。別れることになった子供たちの元気な声が、これから向かう先で起きそうなことの対比に思えるような気がするのだった。
(実際、発掘品の研究なんてのは大変だよな、うん)
「だからと言って何でもしていいわけじゃないんだけどな?」
「うん? よくわからんが、報酬があればなんでもやるのだろう?」
それは違う!と声を大にして言うが相手は気にした様子がない。それでも嫌だということだけは伝わったのか、つまらなそうに手に持ったよくわからない機材を棚に戻しに行った。白衣は無いけどその代わりに、といった感じであちこちが汚れたコートのような物を着て俺たちの前に立つのは、白髪の混じった獣人。見た感じだとキツネかな?
「キツネさんキツネさん、葉っぱでどろんってできる?」
「なんじゃそりゃ? お前さんとこの同族はそんな風にして術を使うのか? 世界は広いのう」
それは何か違うよジルちゃん、と思うも相手が嫌がっていないので問題はなさそうだった。ちなみに案内してくれた青年はそそくさと帰ってしまった。別にもう少しいてくれてもよかったのだけど、何か用事があるのかな?
「話が全然進んでないんだけど? ジルもそのぐらいにしておきなさい」
「おう、元気な娘さんじゃな。元気な娘と言えばあやつの娘も……話を進めるからその火はひっこめんかい。まったく、最近の若いもんは……と言いたいところじゃがお前さん方は不思議じゃな。見たまんまならまだ5年も生きとらんように見えるがそうでもない。不思議なマナをしとる」
椅子にどっかりと座り、俺たちを一通り眺めた後にそんな衝撃的な一言を相手は口にした。そういえば名前を聞いてないな。
「お前さんがトールじゃな? ワシはローラン。今はそう名乗っている。まあ、名前にあまり意味はない。ワシの場合は、な。どこまで話したかの? 何も話しとらんか? では最初からじゃな。結論から言って、癒しの術を誰でも使えるような道具に心当たりは、無い。あればワシも優先的に探っておる」
「それはそうですわね。ではもう一方の道、マナの供給に関してはいかがですの?」
難しい話だからと、室内の見学に切り替えたフローラたちを見つつ、俺もラピスの言葉に頷く。直接が駄目なら別のアプローチだ。ガラクタみたいなのも多いかもしてないけれど、倉庫の大きさは否応にも期待を持たせて来る。
やや小柄な体を椅子で揺らし、ローランは考え込んだ様子を見せながらも立ち上がるととある棚の前に進み……なんだか棒のような物を持ってきた。ごつごつと色々ついてるな……。
いくつかのボタンや、ダイヤルのような物が見えるが……動きそうにない。
「これは遺跡で発掘された過去の戦争時の遺物じゃ。後方支援に使うような物資らしきものが入っていた箱に残されていたことから、前線で使うよりは後方で用があるものじゃと思っているが……マナを吸うばかりで何も起きない……が、この前偶然にも何かが出てくることがあっての。火球を放つような道具ではないようだから状況的には一番可能性があると思うのじゃが……」
手袋はないので、清潔そうな布を借りて棒を受け取る。太さはリレーのバトンの1.5倍ほど。握りもついていて、しっかり大人が握りしめられる太さだ。握りは片方にしかついてないから、こちらを握って使うはず……護身用の何かなのかな?
(なんだかアレみたいだな。コンサートとかで使うような光るやつ……サイリウム?)
大きさやごてごて具合は随分と違うけれど、装飾のついてない部分と握り部分を見るとそんなことを思った。許可をもらって何もない場所に向かって向けてボタンを押し込む。ついでに青い感じに光るのをイメージしながら……すると、わずかに何かが抜け出る感覚と共に棒が見事に光を発し始める。というかみたまんま豪華なサイリウムだ。
「あっ、ラピスの色だねっ」
「綺麗なのです。揺らめいてるのです」
いつの間にか見て回るのをやめていた2人の言うように、ラピスのイメージがそのまま光になったような青さだった。でもこれ光ってるだけなのか? 他にもボタンが……こうなったら押すしかない。
一応ローランに断りを入れつつ、残るボタンを押すと見事に光が打ち出され、壁に当たって消えた。特に衝撃がある様子はない。本当に光が飛び出ただけだ。
「マスター、私の手のひらに向けてもう一度やってみましょう」
「危なくないか?」
「何、前に偶然そうなったときにはその先に人がいたが問題はなかったようじゃ」
本当は実験をしたいだけじゃないのか?という思いはありつつも、ラピスに頷いてもう一度光らせ……その光をラピスの手のひらに撃つ出す。当たったかと思うとそれはすんなりと手のひらに消えていった。気のせいか、ほんのり手のひら全体が光ったような……。
「んっ……間違いありませんわ。これ、目的に合った動きをしますわ」
「マナを供給できるってこと? だけど偶然過ぎない?」
あまりの偶然に、本当に偶然かを疑うのも無理はない流れだ。どう扱ったものか、というところで俺の服をつつく誰か。ジルちゃんだった。
「ご主人様、ジルにもそれ。青いままでいいよ」
「そうか。もしかして?」
コクンと頷くジルちゃんに向け、もう一度光をためて撃ちだし……今度は光が手のひらで細かく砕けた。吸収された様子はない。後は簡単だ。俺がイメージする色、つまりはマナの属性を変えて試していくとやはりジルちゃんたちはそれぞれの属性の場合のみ、吸収できることが分かった。ジルちゃんたちは極端な例としても、人も獣人もそれぞれ得意な属性という物があるのは俺も知っている。つまりこれは……。
「適切な属性のマナを込めて撃ちだす、か。厄介じゃの。お前さんほど器用に属性を切り替えられる術士はそう多くない。じゃが、研究のし甲斐があるぞい! 多少出力は落ちても、そのあたりの切り替えを出来るように機材側で考えりゃえんじゃ。よし、お前さん達もそのまま協力してもらうぞ!」
「ほどほどにしてくれると助かるんだが……」
そんなダメ元の発言は、わかっとるわかっとる、という絶対わかってないローランの言葉の前に意味をなさなくなっていく。せめてものということで食事なんかを手配させることが出来たのだけが幸いだった。
結局、ひとまずの研究はそれから三日ほど続いたのだった。
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