JD-259.「早い再会」
「やっぱりかぁ!?」
「ふははは! そう逃げるな、俺じゃないだけマシだろう?」
柵の外から響く声は何の慰めにもならない。本気を出せとは言われたけれど、本気を出すのはまずい、色々な意味で。聖剣の切れ味を落として戦っていたら手加減するな!って怒られるし……どうする!?
「親父が倒されたって聞いて、どこの戦士だと聞けばまだ若いお前。よほどの強さかと思って感動して挑んだ勝負、なんで逃げる!」
「戦いに来たんじゃないからだろう!? くっそ、こうなったら!」
熟練した動きのヴェリアと違い、既に4人目の相手であるその息子は動きがまだまだ粗削りだ。力は強いし、身体能力もかなり高そうだけどまだそれに振り回されてるのか、動いた後の硬直が長い。だから俺はその隙をついて振り下ろしが地面にめり込んだところで接近、手のひらを相手の太ももにたたきつけた。
「がっ!?」
途端、びくんと飛び跳ねる息子の体。いつもの、というとなんだか俺がいつも卑怯な手を使ってるようで嫌だけどちょっとばかり電撃を流したのである。良いところがしびれたのか息子の手からこん棒が落ちる。ただし、金属製のな! 親父と戦って無事ならこれぐらい余裕だろうとか勘弁してほしい。
「お前の右足は今死んだも同然。戦場で動けない戦士がどうなるかは俺が言うことでもないよな」
「その通りだ。くそ、負けた……」
立ち上がれない間に後ろに回り込み、首筋に聖剣の腹を当てていくとあっさりと負けを認めてくれた。よかった、最後まで抗うのが戦士の務めだ、とか言い出さなくて……いきなり動いて首が斬れないように腹を当てたのも気が付いているのかいないのか。
遠巻きに俺のことを見てざわめく周囲の獣人たち。打ち合わせとして来ていたライネスさんらはニコニコとしているし、ジルちゃんたちはすごいはしゃいでいる。やっぱり5人いると目立つな……可愛いし。
余興はこれぐらいでいいだろうとヴェリアの方を見ると……ええっと、なんで甲冑を着こんでるんですかね?
「防具ありならお前ももっと本気が出せるだろう? あの時のように、さあ!」
「おやめください! まだ傷も癒えていないのですよ!」
意気揚々と柵を乗り越えようとしたヴェリアに抱き付いて止めたのは……なんだか随分年上っぽい狼獣人な女性だ。むしろおばあちゃんに近いんじゃないだろうか? そのことがわかっているのか、ヴェリアも苦い顔をしながらも振りほどくようなことはしない。あれだけ自分勝手の塊みたいな印象のあるヴェリアが大人しくするところを見ると驚いてしまうな。
「ふんっ。話は食事をしながら聞こう」
やや不満そうではあるが、そうしてようやく俺達はこの場所に来た本来の目的のために動き出す。ライネス様に事情を話し、同行させてもらって徒歩で進むこと1週間。真北に向かったところにヴェリアの治める国があった。っていうか近いな? ほとんど隣り合ってるらしいからこんなもんか?
案内された先はイメージ通りというか、掃除はされているけど大きな酒場、というのが似合う場所だった。席に着くのは相手側もヴェリアを中心に偉いっぽい人達。この土地だと偉いイコール強い、っぽいからかみんな強そうだ。こちらはライネスさんを中心に俺もいる。ジルちゃんたちや他の人達は別組みだ。この方が気楽だなと思っている間に、どこからかすぐに食事が運ばれてくる。ぶつ切りにしたであろう焼肉等、これまたやっぱりという物。それでも鼻に届くのは獣人でなくてもわかる香辛料の匂い。どこかで嗅いだことのある物も混じってるから、地球のそれと同じような物がいくつかはこちらにもあるんだろうね。
「ヴェリア、これからのことですが」
「俺は負けた。だから不利益にならないなら勝者には従う。それが掟だ。ぐだぐだ言わずにお前のやり方で獣人に光を届けろ。それでいい」
トップ同士が向かい合っているというやや心臓に悪そうな位置関係。しかしそこで交わされた会話は短いながらも大事な物だった。悔しくもあるが、従うべき物には従う、ということか……なるほどな。その後もいくつかの議題が話の場に登り、食事をしながらという状況ではあるがそれらはどんどん採択されていく。
「何、癒しの術を誰でも使うようにできないか……だと?」
「ええ、先日トールが調合用の発掘機材を修復しましてね。今も活躍中ですが……あるいはマナを術者に供給できるような機材でもいいんですがね。この土地には色々とよくわからないものが転がっているでしょう?」
いつしかメインの議題は終わり、食事会となった場でそんな話が飛び出した。少し離れた場所にいる俺にヴェリアの視線が突き刺さる。興味があるのかないのか、なんとも読みにくい視線だった。怒っているわけではなさそうだが……。
「そんなものがあればとっくに利用して……いや、待てよ? 動かぬものをまとめて研究させている奴がいる。そこに行ってみろ」
ヴェリアの顔が少し不機嫌そうなのは何か理由があるのだろうか? もしくはその研究者がちょっと苦手なのかもしれない。それにしても、こうしてるとヴェリアはやや乱暴な感じだがよくある権力者というかリーダーというか、そこまで悪人という訳じゃなさそうに見えた。
(でもまあ、もしそんな奴ならこんなに人が付いてこないか……)
最初はどこかの世紀末ぐらいな集まりかと思ったが、そうでもなかったのである。確かに物事の解決方法に決闘だ!と言い出す率がものすごいらしいがそのぐらいだ。後はまあ、異性好きかな? 普通にライネスさんたちもナンパされてたからな……。
ジルちゃんたちが静かだなあと思ったら、いつの間にか庭のような場所に出ていて、他の獣人の子達と遊んでいた。食事の用意も俺とライネスさん達話がある組と、そうでない組は別々だったし、皆は好きにしていいですよ、とライネスさんは言っていた。同い年ぐらいの女の子たちだから俺も心配はしていなかったのだ。
食事会も終わり、一度お開きとなったことで俺は皆のところへと向かうと、すぐにジルちゃんがこちらに気が付いてトテトテと言いそうな足取りで走って来た。そのままぽふっとお腹で受け止める。日向にいたからか、少しお日様の匂いがするね。
「お帰りなさい、ご主人様っ」
「ただいま……でいいのかな? えっと、楽しかった?」
ちらりと見えた限りでは、バランスボールぐらいのボールをみんなで追いかけている遊びをしていたように見える。獣人の身体能力半端ないな、と思う結構アクロバティックな物だった。それについていくジルちゃんたちもすごいものである。
「うん。すっごいたのしかったよ」
「あー、とーるだー!」
よほど楽しかったのか、紅潮したほっぺが可愛らしく、ほんのり汗も……ん? ジルちゃんが……汗?
そんな考えは飛び込んできたフローラの元気な声でかき消され、自然とみんなの自然が集まった。こうなったらそちらに行かないわけにはいかないね。ふと見るとジルちゃんはいつも通りの姿だった。気のせいだったのかな?
少しばかり釈然としない物を感じつつ、見た目相応に賑やかくはしゃいでいるみんなのところへ歩いていくと、見知らぬ獣人の女の子たちからの視線も浴びることになった。なんだか興味深々といったような……狙われてるような?
「へー、兄ちゃんがヴェリア父さんをねぇ……人は見た目じゃわからないねっ」
「ご主人様は強いんだよ。がんばれるんだよ」
手放しに褒められるとなんだかくすぐったいけれど、みんなのためなら頑張れるのは本当だ。獣人の子たちは種族はバラバラみたいだ。年もいくつか違いがあるみたい。でもこんな場所で遊んでるということはそこそこ偉い人の子供なのかな?
「ねぇねぇ。ご主人様」
「ん? どうしたの、ジルちゃん」
「はーれむって何?」
完全な不意打ちだった。しばらく何を言ってるのかわからないぐらいだったからね。言葉が染み込み、慌て始めたところでようやくラピスやルビーを見るけどどこか面白そうな顔をされるだけ。ニーナもフローラも同じ感じだ。これは……やられたっ!
「この子達がね、ジルたちはみんなご主人様だいすきなんだよって言ったら、じゃあはーれむだね、すごいねって。はーれむって良いこと? 悪いこと?」
「ええっと……悪い事じゃ無いとは思うけど……うん」
実際、こちらの地方だと奥さんが複数いるのも珍しくないらしいことは見聞きしている。ライネスさんも後継者のためには1人では不安が残るとか言っていたし、ヴェリアの女好きという部分も無関係ではないと思う。それはそれとして……。
「……(じー……)」
キラキラした目で、俺の返事を待っているジルちゃん。どう説明していくのが無難なのか、そんなことを考えながらじりじりと崖に追い詰められていくのを感じる俺だった。
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