JD-258.「厄介事の影」


 獣人たちの治める国はいくつもある。そんな国同士で主導する立場になる国を決める大きな大会。こんなにたくさんの獣人がいるなんて、と驚くような規模だった。課題は残ったけれど、結局俺たちは大会で優勝することが出来た。


 ただまあ、かといってそうそう変わる物が無いのも人生という物である。


「あーあ、トールたちがこの国の子になるのなら丸投げできるのににゃ」


「正直すぎだろ!?」


 ゴリゴリとすり鉢で薬草を処理しながら、疲れた声でミャアは揺れている。体も尻尾も一緒に揺れているけれど、仕事としての作業には問題がないというのだから彼女もプロということかな? お疲れ気味なのも無理はない。大会が終わった後、ライネスさんの周囲はあわただしくなった。国同士の情報の共有、今後の方針の調整等やることは数多い。そんな中、俺はあくまで臨時参加だったということで特に手伝うようには言われていない。


(雑務ぐらいはやってもいいんだけど……半端に手を出すとずっといなくちゃいけなくなりそうなんだよな)


 見た目に反し、獣人は頭の良さ以外にもしっかりと歴史を継いでいる種族だった。それは国の運営といった部分にも及び、下手をすると人間のそれよりもしっかりとした運営がされているのだ。ちゃんと貨幣もあるしね。


「にゃはは。冗談にゃ。でもこうやって材料集めや調合を手伝ってもらえるだけでも大助かりにゃ。いくら国が買い取るって言っても無限にお金があるわけじゃないにゃ。癒しの貴石術の担い手は本当に少ないのにゃ……」


「俺はマナを出してるだけでいいから気楽なもんだけどな……癒しの貴石術か……ウチだとラピスが近いのを使えるぐらいかな?」


 ミャアとシアちゃんの工房の中には、来た時にはなかったもの……マナを供給することで動く機材がいくつか増えていた。その中の1つが容器の中身をかき混ぜるものだ。よくファミレスとかにあるフレッシュジュースをかき混ぜてるやつっていうとイメージは近いと思う。こうすることでポーションの素が出来上がるそうである。


 なんでも昔昔から伝わっているやり方だそうで、この機材も骨とう品クラスらしい。確かに所々古ぼけた感じがある。状況的には昔発展した技術が半ば失われ、新しく技術が育ってきているのが普通の調合で、これは昔の方法となるわけだけど……昔の方が近代的って言うのも面白いな。


「トールたちはみんな便利だにゃ。どこに旅しても生きていけるし、色々手に入れて来るし……くいっぱぐれは無いにゃ。この機材も修理はあきらめていたけど、ニーナが掘ってきてくれた素材でなんとかなったにゃ」


「俺たちがいる間は精々こきつかってくれよ」


 ミャアと2人、調合作業を続けながらみんなの帰りを待つ。今日はシアちゃんと一緒にみんなして外に採取に出かけている。昨日雨が降ったから、今日は新しく色々と生えているだろうからと元気よく出かけて行った。再びゴリゴリと作業を続けるミャアを見ながら、ふと思ったことを聞いてみることにした。


「なあ、ライネス様が何度も行っているっていう遠征、どんな相手なんだ? その……人間とか?」


「実際には自分も見たことが無いのにゃ。幸い、死者はまず出ないみたいだけど……とにかく潰しきれない、そう言っていたにゃ」


 再生能力が高いか、数が多いということだろうか? 数が多いとなると放っておけば他所に浸食を始めるかもしれないわけだから放っておけない、というのもよくわかる。このポーションたちも次の遠征に使うのだと言っていたしな……。


「だから癒しの術者が増えれば……か」


「そういうことにゃ。戦士がいくら優れていてもずっと回復無しじゃ頑張れないのにゃ」


 回復手段無しでの長期戦、は現実でもゲームのような物でも厳しいのは一緒だ。ましてや命がかかっている現実での出来事となれば無理も出来ず、ある程度のところで妥協せざるを得ないわけだ。そこまで考えて、俺は自分の体をめぐるマナのことを考えていた。俺の体は人間だ。少なくとも……見た目は。でも、怪我に対する治り方はどうだっただろうか?


(あるいは本当に俺には元のような体の中身があるのか?)


 そのことを考えたのは今回が初めてだった。ジルちゃんたちは自分自身で、人間とは違うと言い切られているし、実際に体の造りがどこか違うのも確かめている。まあ、トイレに行くか行かないかとかでわかるのはどうかと思うけれども。ともあれ、俺自身はどうなのか。そしてその違いはこの世界ではどの程度の違いなのか。


「きっとマナが足りないと体調も悪いんだよな……」


「それはそうにゃ。貴石術を使いすぎると、マナが枯渇して体調を崩すにゃ。だからこの機械も普通だと1日に少ししか本当は使えないのにゃ。トールのマナが多いからまだ使えてるけど」


「そんなのを使わせてたのか……」


 ミャアの抜け目ない部分に驚きつつも、気になることがあった。俺はジルちゃんたちにマナを供給できるし、みんなもそれで体を治したり体調を整えている。同じようなことを人間、あるいは獣人に出来ない物だろうか?


 もちろん、生身からマナを受け渡すのは限界がある。普通にやったのでは癒しの貴石術を使うのとそう変わらないだろう。でも、石英やそういったマナを内包する石からマナを抽出し、注ぐような機械があれば?



「ジル、やってみたい」


「それが出来たらみんな助かるよねー、とーるえらい!」


 帰って来たみんなの前で、そんな構想を口にしてみるとおおむね好意的な反応だった。ネックとなるのはそもそもそんなものが作れるかどうか、である。ところが、意外なところからその解決の糸口が見つかることになる。


「そういうのはヴェリアのところがすごいのにゃ。戦士のための武具を作るのも国のため、そういう政策なのにゃ」


「アイツ……私達を狙ってるのよね?」


「大丈夫ですわ。マスターが勝ったんですもの、勝者には従う、そういう気質でしたもの」


 あの勝負の時のささやきはしっかり聞かれていたらしい。もしかしたらフローラあたりが風を使って声を届けていたのかもしれない。視線を向けるとちょっとそらされたしね。でも、別に嫌な気分じゃあない。恥ずかしいことを言っていたような気はするけれど……。


「もし行くのならちゃんと声をかけておかないと無用の騒動が起きそうな気がするのです」


「ちょうど今後のことや遠征の打ち合わせに行く日があるはずにゃ。そこについて行くのはどうかにゃ?」


 いずれにしても今日出かけるという訳じゃないということがわかり、みんなが採って来た薬草類などを整理し、いつものように午後を過ごすことにした。


(ヴェリア……か)


 きっと、出会えば何もなしでは済まないだろうなという直感があった。俺自身、出来れば彼とまた剣を合わせてみたい、そう思っているのだ。もちろん、ジルちゃんたちを物のように扱ったのは許せないけれど、価値観といったものは全て否定してしまうのも良くないところである。それに、また言ってくるようなら今度も戦って……勝つだけだ。


 俺の決意が聞こえたのか、壁に立てかけたままの聖剣が瞬くように輝いた気がした。

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