JD-257.「強さのために」


 一人、月夜の下で俺は佇んでいた。場所は街のはずれにある訓練場。明るいうちは何人かの獣人が自主的に自らを磨くために使う共用の場所だ。今そこにいるのは俺一人。なぜかと言えば、単純に真夜中だからだった。


(……強かったな)


 まだ遠くでは宴が続いているのか、騒ぐ声が聞こえる。聞けば、ライネスさんまで回らずに大会が終わったことは一度もないらしく、快挙というべき物だったらしい。出番の無かった本人はというと……不満に思うどころか、手放しで俺を褒めてくれた。むしろ、一人苦労させて済まないとねぎらってくれたぐらいだった。


 怪我人として運ばれていくヴェリアは、会場を出る直前に早くも目を覚ました。そして周囲を見、俺を見……小さく頷きつつ目を閉じて見せた。言葉はなくとも伝わるものがあるというけれど、その時には俺もヴェリアから何かを感じ取ったと思う。


 その後、騒ぎに包まれる会場で一通り応対した後、街全体が宴の渦となった。どこからか色々な食べ物は用意されるし、飲んだこともないお酒も次々と注がれた。正直、女神様からの体と貴石術が無ければ早々につぶれていたに違いない。みんな善意で、俺を祝ってくれているのを感じるから遠慮するのもね。


 一通りのお祝いが終わり、気が付けばジルちゃんたちはうつらうつらと舟をこいでいた。心配したと泣かれた時にはなだめるのに苦労したっけな。幸い、ラピスとルビーが部屋へと運んでくれたんだけど……俺一人になったら勧められるお酒とかが増えたのはきっと気のせいじゃあない。


 騒ぎも落ち着き、後は自由にという状況になったところで俺は宴を抜け出してここに来ていた。酔っ払い、暑さを感じる頬に風を受けながら……聖剣を抜いた。本当は酔っぱらってるときにやるのは危ないとはわかっているけれど、こうしなくてはいけない気がしたんだ。


「ただ守りたいと思うだけじゃ駄目だ……」


 相手が動きに慣れていないうちに、ポテンシャルで押し切った。今回ヴェリアに勝てた理由はこれが全てであると思う。時間が経ち、相手が慣れてきたら俺はきっと技術で押し切られていただろう。そんな未来を空想し、体を震わせる。強く……ならなくては。


「強さを求めますか、トールよ」


「ライネス様!?」


 いつの間にか、椅子代わりの岩に座り、ライネスさんが俺を見つめていた。ラフな格好ではあるけれど、妙に似合うところがライネスさんらしいな、と思う。ヴェリアは彼のことを優男と呼んでいたけれど、実際には……間違いなく、戦士だと思う。


「共にいたいと思う彼女たちだけに任せるのは自分が許せませんか」


「そう……なんですかね。そういう気持ちもあると思います」


 空に輝く大きな月。気のせいか、今日は月がいつもより大きいような気がする。金月、と呼ぶべき輝きの月明かりが訓練場を独特の明るさで染め上げている。まるでサスペンスかホラーの一シーンのように、俺はライネスさんとそんな広間の真ん中で向き合っている。


「技術としての強さはすぐに身に着く物ではありません。しかし、そうでない強さは案外なんとかなるものです。私が見るに……トール。貴方は既にその力を持っているはずです」


 一体何を……そう問いかけようとして固まる。月明かりの下、ライネスさんが何も持っていないのに構え、瞳が俺を見つめていた。否、その眼光が俺を貫いていた。殺気と呼ぶのが正しいのかどうか、それもわからない強いまなざし。俺のどこかがそれを感じ取る。これは戦士のまなざしだと。


─勝てない、負ける


 そんな気持ちが、なぜか自然と湧きあがる。それは最初は小さな湧き水のように。そしてすぐにあふれる泉のように心を満たし始めてしまう。勝手に自分の体が戦いのそれに切り替わるのを感じた。それでも姿勢を崩さないようにするのが精一杯だった。


(負ける? 俺が負けたらみんなは……)


 訓練場に、風が走った。その風を生み出したのは俺自身だった。気が付けば……聖剣を力一杯ライネスさんに向けて振り抜いていたのだ。武器を持っていない相手にすることではない……が、咄嗟に勢いを殺した聖剣はライネスさんの手前で止まった。そしてライネスさんは優しく聖剣を手で挟み込むと、そっと降ろさせた。


「負けそうになる自分を斬れましたね。切りかかってしまった、と思っているでしょうがそれは違います。あのまま動かなければ負ける、そう貴方が感じることが出来たのです。それが出来る者は一握り。大抵は勝手に自分に負けてしまうのですよ。頑張りましたね、トール。貴方は戦士ではないかもしれませんが、大事な物のために戦う覚悟を決められる男です。私が保証しましょう」


 優しい声に込められた気持ちに、俺は自然と涙を浮かべていた。思い返せば、この世界に来てから俺が甘えられる相手というのは限られていたと思う。大の大人と呼ばれそうな年齢になっているのに何を……と人は言うかもしれない。それに、ジルちゃん達へはこう、甘えるという意味が違うんだと思う。


「人間の俺に、ありがとうございます」


「酔っぱらっているのですか? 貴方は狼族でしょうに」


 くすくすと笑うライネスさんの姿は見た目よりも随分と大きく感じられた。いつしか酔いも覚め、体の火照りだけが残るような状態になっていた。同じように岩に座り、一緒に空を見上げる。大きな月、そしてそれに負けずに輝く星たち。


「トール。しばらくしたら遠征に一緒に行きましょう。そこにさらなる答えがあるかもしれません」


「俺の力が役に立つのなら」


 時間にすると1時間もなかったと思う。短い会話の後、俺たちは言葉もなく、何かを飲みかわすでもなく2人で空を見ていた。







「おはよう、みんな」


「ご主人様……おはよう?」


「トール様どうしたです?」


 朝、起きて来たジルちゃんとニーナが見た物は、エプロンを借りて料理の支度をしている俺だった。ミャアに借りたから少し小さい気もするけどエプロンだからね、問題はない。一人暮らしの時を思い出しながら、自分なりに調理をしてテーブルに朝食を並べていく。いつもならミャアかシアちゃんがやってるから不思議なんだろうね、変な顔を2人ともしていた。


「たまにはね」


 そういった時、入ってくるのはルビーたち3人。3人共が準備をしている俺を見て驚いている。だから同じ説明をすることになった。と言ってもすぐの話だけどね。


「その割には準備がいいじゃない」


「そんなことを言う物じゃありませんわ」


「男飯だー、たのしみー!」


 残念ながらフローラが思うほど武骨というか、適当な物じゃない。元の世界を思い出しながら、手元では貴石術を使って小さな刃物を作っては生み出した水で洗い、とこっそりと貴石術を贅沢に使っての料理だった。そして一通りの料理が出来上がり朝食となる。


「ああ、そうだ。みんな、これを持ってて」


「これは……私達でいいんですの?」


 1人1つ手渡したのはこの前女神様にもらった結びの石。見た目はガラスでできた飾り……ガラスなのにちょっとお高いアレ、によく似たものだ。中身は空っぽ。それというのも、みんなと一緒に作り上げる物らしいからね。


「みんなに持っていてほしいんだ」


「ジル、大事にするよ。ねね、もう一個ある?」


 1人1つ……と思ったのだけどよく見ると6つあった。女神様が間違えたかなと思いながらも欲しがるジルちゃんに2つ目を渡すと、妙な視線を感じた。ミャアとシアちゃんからであった。2人とも、ちょっと不満そうな表情だ。ミャアはともかく、シアちゃんにそんな顔をされると少し気が引けるのである。


「朝っぱらからひどく口の中が甘くなる光景にゃ」


「しょうがないよ、お姉ちゃん。私達もいい人……見つけよ?」


 その後の騒ぎに関しては……割愛とする。3人集まれば騒がしいというのに、それが7人となれば……まあ、そういうわけだ。そんな騒動に、平和という物を感じた俺は自然と笑顔になっているのだった。

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