JD-256.「正義の優劣は」


「ウオオオオオ!」


 くぐもった咆哮と共に、重圧を感じる力が周囲に吹き荒れる。ただの咆哮のはずなのに、それは簡易的な貴石術となっているようだった。咄嗟に目をかばうように突き出した腕ごとじわりと体全体が下がっていく感じがあった。


(みんなは……無事か)


 既に会場は騒動に包まれていた。それもそのはずで、ヴェリアのまとっている気配やその他もろもろは明らかに普通じゃない。正しくは、普通に戦うものではない、というべきかもしれないな。呼吸のために胸が上下するたびに、わずかずつだが気配や揺らめくマナが大きく、強くなっていくのを感じる。そして、その体もだ。


「俺一人に随分と大げさじゃないか?」


「やはりお前は戦士ではないな。戦士であれば強敵と戦えることにもっと喜ぶ物だ」


 目つきはギラギラとしたものになっているが、思ったよりも話が通じたことに内心驚きつつ、木剣を構え……目を見開いた。ヴェリアの砕けたはずの木剣に、黒い何かが集まり剣となっている。まだ組み合ってもいないが、木剣で受け止めるには少々問題がありそうなのだが……。


「お前も武器を手にしろ。この大会は決勝に限り、双方同意の上ならば真剣でも構わない」


「私からはこの何十年か、それが適用された大会を知らないとしか言えないな」


 汗をかきながらも逃げ出していない審判の言葉に少し目を閉じ、覚悟を決めた。ここであっさりリタイアし、ライネスさんに任せるというのも間違いじゃあないと思う。ジルちゃんたちを貸す貸さないなんてのもただ口にしただけだと言い切ればいいのだから。


 けれど……。


「その勝負、受ける!」


 自分の中の何かが、この戦いからは逃げたくないと叫んでいた。それは胸の中、そしてお腹あたりをぐるぐるとめぐり、俺に温かさを与えてくれている。だから俺は右手を上げ、聖剣を預けたままのジルちゃんを見る。


「えいっ」


 いつの間にか静まり返った会場で、その声は妙に響いた気がした。勢いよく飛んでくる聖剣を鞘ごと掴み、そして抜く。まるで失っていた体の一部が戻ってきたように、しっくりと馴染むその感触に目を細める。思えば、この世界に来てからずっと聖剣も一緒に戦ってくれていた。


「その輝き……お前は……」


「知りたいことは剣が教えてくれるさ」


 瞬間、ヴェリアが黒い暴風となって迫って来た。その手には黒曜石のような輝きを持つ両手剣。大きさからして聖剣よりも二回りは大きい巨大な物だ。しかし、俺は逃げずにしっかりと組み合った。切れ味は敢えて抑え、斬り合うようにしている。この場合、下手に切り裂くと危ないということもあるかな。


「守る物があるというのは気が散る。戦士は敵を討ち果たせばそれでいいのだ」


「かもしれないな。だけど俺はそんな戦士じゃないっ!」


 相手が大柄な相手に対する戦い方は俺よりもみんなの方が知っている。体を覆う白い光、その源である5色の光は俺にそんなみんなの戦い方をなぜか教えてくれていた。間合いは半端に詰めず、詰めるなら一気に至近距離に、だ。


「おおおおお!」


 剣先まで光に覆われた聖剣を力一杯何度も振り抜き、ヴェリアの黒剣と打ち合う。響く音はこれまでに聞いたことが無い音だ。勢いに流れる体は無理やり風で吹き飛ばし、時には空中に足場を作り、普通では不可能な斬撃を何度も繰り出した。


「俺は勝たなければならん。土地を食らいつくす化け物たちを打ち果たすためにも、俺たちを差別する人間のためにも!」


「くっ!」


 体重差による勢いだけは何ともならず、両手から繰り出されたすくい上げるような一撃に防いだ聖剣ごと宙に舞う。まるで少し前の再現のようだが……今は違う。危なげなく着地しながら、ヴェリアの様子を伺うと、その体は模様が無くなっていた。全身が……黒い。気が付けば飲み込んだはずの黒い石がヴェリアの胸元に出て来たかと思うと不気味な輝きを放っている。これは……危険な気がする。


「むうん!」


 荒々しさを増した斬撃に、思わず俺も聖剣の切れ味を無意識に上げ、黒剣を切り裂いていた。あっさりと切り取られた黒剣。しかし、すぐさま光が集まり切ったはずの部分が修復されていく。


「どう考えても普通じゃないぞ。そんな力でいいのか!」


「正道にこだわり地に伏せるほうが問題よ!」


 まるで黒い竜巻だった。振り抜かれる両手剣はそのサイズに見合わず高速で、全身を強化した状態でも回避し、時に受け流すのが精一杯だった。受け止めた聖剣ごと吹き飛ばされること数度、その間にも何度か相手の手足に斬撃が加わるも、不思議とその傷はふさがっていくのだ。


(あの結晶が力を与えてるのは間違いない。周囲から吸われてる様子はないから……ヴェリア自身が!?)


 黒い結晶の表面が、脈動するように色を変えた気がした。あのままでは、まずい。そんな予感はひしひしと感じるが、本人は異常を感じていないようだった。あるいはそのあたりがマヒするのも副作用なのかもしれない。


「ヴェリア! その石は危険だ! 化け物になるぞ!」


「かもしれんな……あるいは今回はしのいでも次はダメかもしれん」


 ふと、手を止めてこちらを見るヴェリアの瞳には狂気の色は無かった。そこにあるのは悲しみと、あきらめ。とても、強硬策で国をまとめ上げようとする乱暴な男の姿には見えなかった。


「だが俺は今は終わらぬ! すべてが終わった後には俺が後で倒れても構わん!」


 その叫びは、会場の獣人たちの心に届いたことだろう。やり方やその方向性は賛否あれど、ヴェリアもまた……種族を思っての戦いをする戦士だったのである。正義は立場の数だけあり、それはどうしても争いを産む。この世界だけでなく、どこでも起こりうる衝突。


「それでみんなが喜ぶわけないだろう!」


 だから、俺は俺の考えをぶつけるべくジルちゃんたちの笑顔を思い浮かべながら力を振り絞った。聖剣と、俺の体はそれに応えてくれた。体が一際輝いたかと思うと、それは聖剣に集まり……大剣となる。


「負ければどちらにせよ無になるのだ!」


「そうかいっ!」


 上段に構えられた両手剣。突撃する俺にそれが瞬きよりも早く振り下ろされ、俺だった物を切り裂く。マナたっぷりの、幻影だ。ヴェリアも一流の戦士、すぐにそのことに気が付くだろう。だが既にその時点で……終わりだ。

 わずかに右にずれ、聖剣をしっかりと構えた俺はヴェリアの胸元、黒い結晶へと突き出し……それは砕けた。


「ガアアアアア!?」


 叫んだかと思うと、俺の目の前で胸をかきむしるようにするヴェリア。そこにはぽっかりと穴が開いている。と言っても鎧に穴が開いた、ぐらいの物だが……いつしか黒剣は光を失い、木剣だった物だけが転がっていた。

 武器が無くてもまだ戦えるはずの体。それが目の前で倒れていく。


「……審判」


「あ、ああ……気絶している……勝者、トール!」


 会場の隅に退避していた審判の声に、数拍置いて会場に歓声が響き渡った。

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