JD-255.「完成するパズル」
「どうしたぁ! 先ほどの威勢はどこへ行った!」
その時、戦いの場に響く声はヴェリアの物ばかりだった。対する俺はと言えば、女の子の胴体ほどもありそうな腕から繰り出される攻撃を必死に回避していた。正面からぶつかって勝てるかと言えば勝ち目は、ある。けれども、出来うる限りその勝利の確率は高めるべきであった。
だからこそ、挑発めいた発言から相手の先行を引き出したのだが……思ったよりも速い。回避したと思ったところにわずかだが届く気配を感じて咄嗟に大きく動いたのも一度や二度じゃない。これは……間違いない。
(貴石術による強化が上手いんだ。マナによる刃みたいなのが作られてる)
俺のように詠唱や意識しての発動ではなく、呼吸するように全身が強化されているのを感じた。それは受け継がれてきた獣人の戦士としての技術、もう本能ともいえる物なのかもしれない。対する俺も女神様にもらった体は普通のソレではない。けれど、最強の肉体をくれたという訳でもないわけだ。
「まだまだ、これからさ」
強がりを口にしながらも、ぶつかるしか手が無いか、という考えが頭をよぎる。こんなことになるならもっと戦士としての技術を学んでおけばと思うがまさに後の祭り。今ある手でなんとかするしかなく、泣き言を言っても始まらない。
「ふん。おい、貴様は前の大会では見たことがない顔だな。最近やってきた他所に住んでいた獣人だろう」
「だったらどうだって言うんだ?」
逃げ回る足を緩め、木剣を打ちあうスタイルに切り替えていく。かといってまともに受け止めれば今のままでは腕がしびれるだろうから出来るだけ受け流すような形だ。それでも木材同士とは思えない音が周囲に響き渡る。ヴェリアは大よそ俺の3割増の体躯を誇っている。普通に考えればその状態での筋力差は明白で、打ち合ってることも観客的には驚きらしく、時々悲鳴のような声が響いていた。
あるいは……それは……。
「あの小うるさい猫どもはお前の連れだろう。なかなかどうして、良いマナを持っているようだな」
「何が言いたい」
振り下ろされる木剣を力一杯受け止める。受け止めてから、相手がわざと力を緩めて組み合うために振り降ろしたと気が付いた。付け耳の俺と違い、顔全体が狼めいた黒毛に金色が混じった模様の獣のような顔がすぐそばにある。嫌な、目つきだった。
獲物を前にいざ仕留めようとする狩人の気配を感じた。金色の目が細くなり、吐息と共にそれは俺の耳に届く。
「誰でもいい、一人腹を貸せ。そして子供は貰う。それが飲めるなら負けてやろうか」
「ふざけるなっ!」
ささやくような声は俺にしか聞こえなかったであろう。その声の本気具合に、思わず叫び、それに呼応するように俺のマナが膨れ上がるのを感じた。足元には風、そして全身に強化の力。大人と子供ほどある体格差を覆すように、俺はヴェリアを吹き飛ばした。しかし、吹き飛ばされながらもヴェリアは嫌な笑みを崩さない。
「ならば俺を倒すしかあるまいよ!」
「言われなくても!」
状況的に相手は本気でもあるし、挑発でもある。そのことがわかっていてもここで飛び込まないという選択肢は俺には選べなかった。一番勢いの乗る姿勢で一気に迫り、木剣を振り抜くが……止められた。あるいはこれが真剣だったら防御した腕ごと斬っていただろうか? しかし、現実は木剣の腹にヴェリアの左腕が吸い込まれるようにぶつかり、次の瞬間は木剣ごと俺は空を舞っていた。
お腹を中心に全身を乱暴に走る痛み。地面を、観客席を遠くに感じるほど高く舞い上がってるらしい。恐らくは貴石術を併用した一撃だったんだろう。ただの衝撃ではない物が全身を痛めつけているのを感じる。攻防一体、完璧な技術だ。チート具合にある意味胡坐をかいていた俺とは違う完成された力、その強さが証明されていた。
(動け動け動け!)
妙にゆっくりとした時間。あるいはそれは意識だけが早く、体はそれに追いついていないだけかもしれない。けれど、動かない自分の体に俺の焦りは募るばかりだった。視界には嫌な笑みを浮かべるヴェリア。そして……観客席でこちらを涙目で見上げるジルちゃんたちが見えた。
普段はみんな違うなって感じる5人の顔は今日はなんだか一緒だった。みんな……泣き顔で俺を見上げている。
(ああ……そんな顔をしなくてもいいんだ……みんなは笑顔の方がいい)
そう思いながらも、何故泣き顔なのかということが頭をめぐり始める。そしてその答えはすぐに出る。俺が、負けそうになっているからだ。とても、とても簡単でシンプルな理由だ。
声が、聞こえた。遠くのざわめきと、近くの無音という不思議な世界で、その声は聞こえた。
─負けるんじゃないわよ!
それはルビーの叫び。いつも勝ち気で、それでいてみんなのことを気にしてくれる女の子の声。
─勝つんだよとーる!
それはフローラの叫び。いつも陽気で、みんなを元気にしてくれる明るい女の子の声。
─あきらめるまでは負けじゃないのです!
それはニーナの叫び。いつも真面目で、みんなを守ってくれる頼りになる女の子の声。
─皆、信じていますわ!
それはラピスの叫び。いつも優しく、みんなを包み込む安心できる女の子の声。
─ご主人様、勝って!
それはジルちゃんの叫び。いつも俺を信じてくれて、みんなと一緒についてきてくれる大事な女の子の声。
世の中の物語なら、1人だって十分だというのに5人も声をかけられて、俺は何をしているのか? 自分が情けなくなってきた。けれど、反省するのは後から、そう誰かに叱られた気がした。それはジルちゃんのように白い髪で青い瞳の……。
「くっ!」
いつか見た体操選手のように見よう見まねで体をひねり、頭から落ちそうになる体はなんとか手をついて着地した。あまり良くない姿勢で、俺でなければそのままねん挫とかをしていたであろう勢いだった。
世界に色と音が戻ってくる。耳に届くざわめき、それは戦いの結末が見えて来たであろう状況への物だ。
「生き延びたか。あのまま倒れてれば楽だったものを」
「あいにく、まだ負けるわけにはいかなくてね!」
言いながら、俺は自分のお腹をめぐるマナに集中した。俺の体は女神様に産みなおされたと言ってもいい。そしてそれは即ち、俺もジルちゃんたちのように全身がマナの影響を受ける特別な体ということだ。であれば、まだまだ強くなれる!
(俺は何のために戦う? 名誉? 金? そんなものじゃない)
この世界に来たのはある意味偶然。そしてジルちゃん達との出会いも。だからこそ、そのことは俺の戦う意味となる。女神様に言われたからでもなく、世界の危機だからでもなく……俺が、みんなと一緒にいたいから。
「勝負!」
「来いっ!」
体から溢れるマナが5色の光となり、ついには純白の光になって全身を覆ったのを感じる。これまでとは違う手ごたえを感じながら俺は飛び込んだ。それだけならば先ほどの再現だっただろう。だが、今度は違った。
「むぅ!」
「ここだぁ!」
手にしているのは木剣。しかし、俺はそれに全力でマナを注いで力ある武器とした。大きな音を立てヴェリアの木剣にぶつかり……見事に砕くことに成功するのだった。
追撃は回避され、なおも戦おうとする相手に迫ろうとした時、俺は動きを止めた。ここで踏み込んでは危ない、そう感じたのだ。
「見事。ライネス以外にこれを使うことになるとはな」
「何を……それは!」
ヴェリアが腰布から取り出したモノ、それは悪魔の石とライが呼んでいた……黒い石だった。ヴェリアは視線が集まる中、それを無造作に……飲み込んだ。
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