JD-254.「英雄の子」



(左!? いや、上だ!)


 相手の影が俺の上に来るよりも一足早く、敢えて俺は前に前転しながら転がり込む。横や後ろに避けるのは相手が予想済み、そう思ったからだった。砂がまとわりつくのも構わずに、手にしたままの木剣を握り直し、こちらに振り向きかけた相手に全力で叩き込んだ。


「うぐっ!」


 刃もついておらず、武骨な物といっても厚みのある木の板となれば十分な凶器だ。確かこういう武器が地球にもあったような気がする。ゲームとかで見ただけだけどね。手のひらに伝わる手ごたえ、それは確かに相手をうちすえた物だった。


「右腕はこれで使用不可。棄権するか?」


「誰がっ!


 だよなあ、と思いつつも、直情的に襲い掛かってくる何の種族なのか俺の知識からはわからない獣人の戦士へとカウンター気味に木剣を合わせ、今度の打撃は相手の意識を刈り取ることになった。地面を転がる相手の戦士に俺が近づくことは無い。敗者への憐れみと捉えられるらしいからだ。


「勝負あり!」


 審判の声が響き、ようやく俺はその場でため息1つ、緊張を解く。これで5勝目、トーナメントとしてはかなりいいところまで行っただろう。控えにいるライネスさんに促され、勝者として木剣を掲げて観客にアピールする。


「ご主人様ー!」


 そんな中に、良く通る声が1人。続いて聞こえてくるのは皆の声だ。ジルちゃんたちに手を振りつつも、野球場のベンチのようになっている控えの部分へと引っ込み水を飲む。短い戦いでも妙に消耗するのだ。


「団体戦なのにトールの応援団は目立つな」


「あははは……皆さんもお強いですよ」


 気配もなく隣に座ったヒョウ柄の獣人に笑いつつも、味方でよかったなと思ったりもしていた。実際、この人が敵だったらもう俺は何かされているぐらい気配が感じられない。そのすごさは、1対1で戦うとしても一瞬、どこにいるか見失うほど気配が薄まる技術を持っているのだ。で、そんな感じの強い人が他にもいる。


 獣人を率いる国を決めるこの戦いは団体戦であり、なんと10人のチームで順番に当たっていくのだ。最初の人が勝ち抜けば後の人は楽が出来るが、誰から行くかはくじ引きで決まるのでよほど運が悪くない限り一人に集中するということはないようだった。


「今回最初にトールが当たった時にはひやひやしましたが、良く勝ち抜きましたね」


「ライネス様の顔を汚さずに済みましたよ」


 俺が飛び込みで10人目に入ったことは知っている人は知っているというレベルで、本来ならば10人目として参加していたであろう人の分まで頑張らなくてはいけないのだ。それでなくても、獣人の方向性……人間も魔物も追い出すのか、共存の道を選ぶのか、といった未来が決まる戦いだ。


「優勝まであと2回、このままいくと……やはり当たりますか、ライネス様」


「ええ、残念ながら。強硬派の筆頭、始祖狼の血を引くヴェリア……彼らのチームです」


 始祖狼、仰々しい名前の種族だけど、その名前通りにいわゆるエリートの血筋らしい。なんでもかつての戦いの際に獣人の英雄として戦った1人が先祖らしく、今もその血統には当時の力が引き継がれているとか。もちろん純血は保てず、薄れているというのが一般的な評価だ。


「トールまで回ったら狼対狼だな、頼んだぞ」


「いやいや、俺は雑種な血統ですから……」


 辺境に生まれ落ちた変わり種、それが俺の周囲での認識であり公式設定だ。ライネスさんとか知ってる人を除いてね。貴石術ありならたぶんなんとかなるけど、下手に観客のいる場所で使うと巻き込みそうで怖いんだよね。だから今のところ、ほとんどは体の実力だけで戦っている。でも相手によってはそうも言ってられないだろうなあ。


 俺がそうして休んでいる間にも周囲は喧騒に包まれている。残念ながら大会の前から本番まで、直接ジルちゃんたちに会うことが出来ていない。女人禁制、男の戦士による戦いの場、とのことだった。中身を考えると仕方ないなと思える者だったが、みんなを説得するのはちょっと大変だった。何かあってもいけないので、観戦にはミャアたちにも付き合ってもらってるのだけど……女の子だけになるほうが危ないかな?


「小さな応援団のことを考えているな? 心配するな、大会には出られなかったが、仲間が観戦ついでに周囲にいる。安心して戦え」


「そうだったんですね。ありがとうございます」


 しっかりとお礼を言い、顔をはたいて気合を入れ直す。みんなの前で無様な戦いをするわけにはいかないのだ。例え、どんな相手でも。ジルちゃんなら、ご主人様は負けないもん、とか言ってくれそうだね。


 そんなことを考えていたのだけど……。





「ふんっ、お前を黙らせれば後はライネスのみだな」


(やっばいな……普通にやったんじゃ無理そうだぞ?)


 どこでどのフラグを立てていたかはわからないが、見事に決勝では始祖狼ヴェリアのチームと当たることになり、運悪くというべきかヴェリア以外とこちらもくじ引きの最初の方が当たり……順当に勝って負けてを繰り返し、ついには相手はヴェリア1人になった。対するこちらも俺を含めて数名となり、つい先ほどヒョウ柄の先輩がノックアウトされてしまったのだった。


 これで俺の後にはライネス様しかいない。ライネス様は一番の戦士だってミャアは言っていたけれど、負けるにしても出来るだけ消耗させるべきだろう……いや、こんな考えじゃそれもできないな。俺は俺の全力をぶつけよう。伝言もあるしな。


「どうした、戦意が無いのなら今の内に申し出ろ」


「いや、それには及ばないさ」


 この大会に出てきて大将扱いとなれば相手も偉い人だろうなというのは容易に想像がつく。だけど、どうにも俺は相手を敬称で呼ぶ気にはなれなかった。付き合いのあるなしじゃなく、気に食わないのだ。俺たちを見る目、そして観客を見る目、何よりも事前に聞いていた噂が俺にヴェリアを警戒させていた。


「ライネス様から伝言がある」


「ほう? あの優男が……なんだ」


「女漁りも今日までだ、だってよ」


 ヴェリアの顔が怒りに染まるのと、試合の開始の合図はほぼ同時。先手必勝、女神様にもらった体をフルに生かすべく、風を足元に生み出して一気に加速した。狙うは利き腕。戦闘力を少しでも奪う!


「良い速さだ。たぎるな!」


「なにっ!」


 相手は俺の速さに追いつけているわけではない、そのはずだ。しかし、長年の戦いによるカンというべきか、体をひねり俺の木剣が相手の木剣と正面からぶつかった。硬い者同士の衝突は衝撃が手に返ってくる。今回もまた、気を付けないと手がしびれるレベルで反射のように返ってきていた。


「強者であればあるほど、今のようなときに苦労するものだ。ふふふ……ライネスの前に思わぬ楽しみが出来たな」


「言ってろ!」


 相手の周囲にマナが集まるのを感じ、貴石術がいつ来てもいいようにと俺もマナを練り直す。互いのマナが高まった時、妙なことに気が付いた。相手の姿が……変化しない。


(!? 横っ!)


「くうう!」


「ほう」


 敵が目の前にいる。そう思う頭をなんとかねじ伏せ、真横を向くとそこに木剣を構えたヴェリアがいた。衝撃を逃がすことも出来ず、両手で木剣を構えてしっかりと受け止めてしまった。横に払うような一撃に、俺は思わず数歩分吹き飛んでしまう。


「残像か……正確にはマナによる分身みたいなものか」


「初見でそれに気が付くとは。ライネスも良い拾い物をした」


 じりじりと、間合いを詰め直す俺達。戦いは始まったばかりだった。

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