JD-251.「火のひらめき」
ごつごつとした岩場に光が走る。赤い、全てを焼くような光。他でもない、私自身が放った炎の槍だ。それは岩場を住処にしていた大き目のトカゲ……名前も知らないがたぶん魔物、の頭部を貫いて焼き尽くした。周囲に肉の焦げる微妙な匂いが漂う。確かにこの時点でいい匂いがするわね。魔物の癖に特定の物しか食べないからとか言ってたかしらね。
「お疲れ様ですわ」
「早朝に出るべきってのはこういうことだったわけね。まあ、楽勝よ」
干物にすると美味しい、なんてミャアが言う物だから獲りに来たけれど、持って帰るのが2人ではちょっと大変そうだった。アイツが大会のために砦にこもってる間、暇だからって出てきたのが間違いだったかしらね?
(まあ、いいわ。課題も見えて来てるし)
この場にはニーナもいない。となると一般的な冒険者や狩人に習って草木でソリのような物を作って運ぶのみだ。もちろん、担ごうと思えば担げるのだけれど、私達の見た目でそれをやるのはね……少しは気にするのよ、うん。
2人で引っ張りながらも私は雑談を振るでもなく、静かに歩いていた。これで相方が他の子だったら沈黙は無いのだろうけど、ラピスが相手なら……いや、そうでもないか。
「やはり、制御が問題ですか」
「ラピスにはわかるわよね。ちょっとばかり……ね」
トールのコレクションである貴石、それ以外に取り込んだこの世界の貴石、それらの合わさった力は思ったよりも大きな物だったのよね。正確には、せっかく動けるのだから動いてみたい、そんな子供みたいな感じかしらね。私を通じて貴石術として世界に出て来てみたい、そういう気持ちを感じるのだ。
貴石に宿る力は多くが強力な物。トールの世界でいう宝石となれば言うまでもない。その中身は実際のところ、みんながみんな私達みたいに他の姿を取れるわけじゃないけれど、精霊もどきのような意思が宿ることはあるらしいのよね。現に私の中にある赤瑪瑙からは最初はそんなものを感じた。
「炎は確かに強くなったけど、つい広がっちゃうのよね」
「倒す分にはいいですけど、細かいところだけ狙うのは難しいですわね」
そう、今回だってもう少し狭い範囲を燃やす予定だったのに、首ぐらいまで燃えてしまっている。このぐらいなら十分というかもしれないけれど、それでは困るのだ。私はルビー、火の属性を抱いた宝石娘なのだから。アイツが私に火の力を求める限り、私はそれに応えてあげなくちゃいけない。
「思うに、ルビーは深く考えすぎなのかもしれませんわよ」
「どういうこと?」
本当は必要ないけれど休憩と称して適当な岩に座る私達。獲物はラピスの手によって凍ってるから劣化の心配は少ないし、別にいいわよね。何かが近づいてきてもすぐにわかるような道沿いで、吹き抜ける風に髪を抑えながらラピスを見つめる。
(そういえば、ラピスは最初から変わんないわよね)
私が彼女と出会った時にはすでに貴石を2つ宿していた。だというのに最初からラピスはラピスだ。彼女は既に折り合いをつけているのかもしれないわね。
そう考えると、私はまだ私以外を私と認められていない、そう言いたいのだろうか?
「ジルちゃんは特別として、私たちは基本的に今出てきているのが私達そのものですもの。どんなに強い力が貴石に宿っていたとしても、もうそれは力でしかないんですのよ」
「……変な遠慮をするなってこと?」
半ば予想していた通りの答えに問い返すと、ウェーブのかかった髪を揺らしてラピスは頷いた。こんな時に言うのもなんだけど、そんな仕草もこう……女の子らしくていいなあなんて思ったりもするわけなのだけど。私は私……か。
「そういうことですわ。それに、ちょっとぐらい延焼してるほうがルビーらしくていいと思いますわよ」
「それでいいの? ねえ、本当にそれでいいと思ってるの!?」
笑いながらトカゲを引っ張って行ってしまうラピスを追いかけながら、私は自分が笑顔になってるのを感じたわ。ラピスはすごい女の子だと思う。こんな風に冗談を飛ばしながらも私にこう言っているのだ。
─自分の力ぐらい自信をもって使って見せろ。出来ないはずがない。
ってね。それはそうよね。街に戻りながらも、そのことを考えていた。帰ったらまた竈に火を起こさないとね、なんてことを思いつつも……。
「応援を目立つようにしたい?」
ミャアやみんなのいる家に戻った私にジルが言ってきたのは、そんなことだった。トールが参加するという大会、それは観客も見れるそうで結構な人手があるはず。そこでただ叫んだだけじゃ目立たないんじゃないか、気が付かないんじゃないかって心配なわけだ。
(アイツなら私たちの声を聞き逃さないとは思うけどね)
そこだけは妙に自信があるのだけど、それではジルはなかなか納得しないだろうなと思ったわ。意外とこの子、頑固というか心配性というか……ちょっと違うか、トールが本当に心配だから、元気づけたいというだけなのだ。
「何かないかなって、ルビー、おねがい」
「お願いって言われてもねえ……うーん」
みんなの貴石術で声の通りを変える? 拡声器みたいなことも出来なくはないような気がするけど……どうかしらね。もっとこう、視覚的に……何かないかしら?
頼られたからにはなんとかしたい、そう思いながらも腕組みしたまま良いアイデアは出てこない。
「まあまあ、ご飯でも食べるにゃ。ミャミャ!!」
悩む私の横を通り、そんなことを言って竈に薪を入れたミャアが叫ぶ。何事かとそちらを見ると……竈の炎が赤以外の色に染まっていた。大方、調合に使った何かの液が手から薪に移ったんでしょう。鉱石類もあったはず……鉱石?
「これだわ!」
何も火は破壊のためにあるわけじゃない。そのひらめきを元に私は本番までに様々な物を集めることになる。少量ずつ試し、確信を深める。そして……。
「いっけー!」
私の叫びと共に空にいくつもの塊が打ち上げられる。同じようなことを考えた人が他にもいたみたいで、空には赤い炎がいくつもはじけ、場を盛り上げていた。でもそこに混じるのはカラフルな炎。普通じゃありえない色に、周囲の視線が集まり、声も静かになる。当然そうなれば……。
「トール! 負けたら承知しないわよ!」
妙に響いた声はしっかりとアイツに届いたはずだった。
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