JD-250.「風のため息」


 その夜、ボクは一人空を飛んでいた。トイレに行く振りをして、人目が無くなったところでふわりと空へ。獣人は目が良い人もいるみたいだけど、誰もこんな夜に真上に飛び上がるなんて思わないよね。


「ひっろいなあ……とーるどの辺だろ……」


 そうやって口にしないと、少しずつ不安がせりあがってくるような気がしたんだ。ううん、これも嘘。そうしないと我慢できないぐらい不安がもう喉元まで来てるって感じかな。いよいよ明日が大会の開催日。そうなったらとーるに会える。今日までは……女人禁制なんだって。よくわかんないよね。


(こっそり様子を見に……あー、とーるが怒られたら大変か)


 上空に吹く風に身を任せ、ふわりふわりと漂いながら僕はそんなことを考えつつ月明かりに目を細める。もし、地上からたまたま僕の方を見る人がいたら、何か浮いてるって驚くかもね。獣人の目でも小さいぐらいには高い場所にいるから、何かってぐらいだろうけどさ。


「とーる、頑張ってよ。ボクたちだって頑張るから」


 思い出すのは今日までのボクたちだけの奮闘記。とーるが獣人たちの代表者……ちょっと違うのかな? 方向性を決める国を決める大会だったっけ?に参加することになって、ボクたちが応援に行けないってわかった時から、最初はなんでーってなったんだよね。


(ずっと一緒だったもんね……寂しいんだぞ、とーる!)


 意外にも、一番最初にボクたちに落ち着くように言ったのはジルだった。ご主人様頑張って、ジルたちもいい子にしてるから、なんて言った具合だったけどね。あんな風に言われたらボクたちだって大人しくなるしかないもん。


「だからボクなんかはいるかどうかもわからないけど見回りのお仕事を受けてたんだよなー」


 少しだけ飛べて、木の上とか登るのが得意だっていうのはボクたちなりに考えたボク自身の設定。あんまり色々出来ると大変って思ったからなんだけど……想定外な出来事があって、すぐにそれもばれたんだよね。ニーナは土砂崩れからみんなを守ったし……ボクもボクでばれちゃった。


 あれは獣人の子供が、広場で遊んでいた時のことだった。ボクたちはそれを微笑ましく見ていたのだけど……そこに突然、大きな気配が降りて来たかと思うと何かが子供を攫っていたんだ。その時はわからなかったけれど、正体は山に住むって言う大きな大きな鳥さん。まあ、間違いなく鳥型の魔物だったよね。


「食べられちゃいけないってボクだけ構わず飛び上がって追いかけたんだよね……そんな風に飛べる獣人はほとんどいないって後から知ったんだっけか」


 だけどボクは後悔してない。巨大鳥に突風を叩き込んで、その隙に子供を助けた。追いかけて来る巨大鳥から逃げて逃げて逃げ回って。街に近づいたときにみんなから弓矢とか貴石術が飛んできてようやくあきらめて帰ったかな? 無事に地面に降りて、助かったーってときに子供に泣きつかれたっけ。ボクもまあ、見た目は子供だけどさ。


「可愛かったなー。とーる、妹作ってくれないかなー」


 ふわりふわりと浮きながら、一人笑うボク。しばらく他に誰も聞いていないからって笑った後……ちょっとだけ落ち込んだ。そう、ボクたちには妹か弟が出来るしか家族を増やす方法が無い。とーるの知識から教わった家族というモノ。今のボク達は家族かな? とーるに聞いたら、考えた後にたぶん家族だ、なんて言いそうだった。


(それでも一人より全然別物だよ……)


 ボクだけじゃなく、ジルだってラピスやルビー、ニーナだってみんな一人だった。それをとーるが集めてくれたんだ。バラバラの光が1つとなって……うん、奇跡的だね、貴石だけに。

 自分で自分のボケにつっこみを入れつつも顔が笑顔になるのは止められない。


「もし、明日とーるがドジ踏むようならみんなと逃げて新しい場所に行かないとなー」


 とーるが負けるとは考えてはいない。だけど、単純に殴って終わりとはボクには思えなかったんだ。よくわかんないけど、国と国の関係を決める戦いだもんね。きっと色々あるんだよ、なんだっけ、昼ドラみたいにさ。あ、そうなると相手にはボクたちとライバルになりそうな相手が出てくるのかな、年上だったりして。


(なーんて考えてもしょうがないよね、明日わかることだし……うん、帰ろっと)


 体を起こして、下に降りていこうとした時……ボクはボクよりも下の方を飛んでいるソレに気が付いた。月が出てるっていうのに、上は気にしてなかったみたい。だからボクがいるなんて思いもしなかったんだろうね。この前逃がした……巨大な鳥の魔物だ。ロック鳥って名前で呼ぼっかな、面倒だし。

 ともあれ、貴石術でも使っているのかゆったりした動きのままロック鳥は飛ぶ。その眼下には夜のかがり火がたかれた街。


「夜なら大人でも攫えるかもって? もう、鳥さんなのに鳥目じゃないなんて卑怯だよねっと」


 もちろん、ボクは逃がすつもりはない。少しばかりさらに上空に上がって、いつかしたようにぐぐっと脚に力を集中させる。今日はジルに作ってもらう靴はないけど……こういうキックってあったよね。

 一気に降りるから風の抵抗を考えて先をとがらせて……よし。


「今必殺の……フローラキィィイイイック!」


 叫びを相手に聞かれるようなヘマはボクはしないよ? ちゃんと風で覆って外には漏れないようにしたんだ。勢いをつけて真下に吹く突風のようにボクは突き進み……こちらの気配に気が付いたロック鳥の背中を蹴りつけた。


 確実な手ごたえ……足ごたえ?を感じながら、ボクは落下の感覚を楽しんでいた。登るのもいいけど、降りるのもなんだか自由でいいよね。このまま落ちていけば街のすぐそばだからたぶん誰もいない。

 街の中にゆっくり降りるのがいいのか、外に降りて運ぶのがいいのか……それだけ考えてボクは前者を選んだ。

 だって、運ぶのにとーるがいないから大変だもんね。


「よいっしょっと……うう、支えるにも重いなあ」


 ロック鳥はよく見ると街の建物より大きい。この大きさなら夜に大人を攫おうって考えるよね。中に黒い石入ってそう……たぶん間違いないよね。

 とーると再会した時、ボク色に染まった石を見たら驚くかな?


 そんなことをわくわくしながら考えつつ、街に降り立ったボクを待っていたのは……泣き顔の皆だった。飛び込んできたジルにはポカポカって叩かれちゃた。なんでもボクに何かあっていなくなったと思ったらしい。


「ごめんね、ジル」


「ううん。だいじょーぶ。おっきな鳥さんだね。朝ごはんに食べる?」


 さっきまですごく泣いていたのに、ジルはそんなことを言ってすぐ笑顔になった。まったく……ジルには敵わないよ。他に人にもおすそ分けしようとだけいって、ボクはロック鳥を解体し始めるのだった。






 


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