JD-249.「土の頑張り」



「みんな下がるのです!」


 間に合え、そう思いながら自分はマナを貴石術にして前方に壁を生み出したのです。轟音と共に、生み出した壁に接触した土砂がこちらを押し出そうと押し寄せてくるのがわかったのです。だけど、後ろに逃すわけにも、横に流すわけにもいかなかったのです。小さいままの姿だけど全力全開、倒れるわけにはいかないけれど、余力があるとも思えなかったのです。


「もう少し……っ!」


 ずずっと、自分の足元が地面にめり込むように沈むのがわかったのです。それもそのはず、小川とは言え、流れて来た土砂を咄嗟に作り出した岩壁ですべて押しとどめてるのですから。横幅はそこまで長くないですけれど、高さは向こう側に暴れている土砂が超えてこないようにどんどんと高く。音が収まって、水音がちょろちょろとだけ聞こえてきたころには、さすがに汗が噴き出て来るかのような感覚だったのです。ちょっと残念なのは、それでも自分は汗をかかないこと。トール様は匂いは気にしないかもしれないけれど、自分たちが気にするのです!


「止まったです? よかったら壁の向こう側の様子を見てほしいのです」


「ニーナ、無理しちゃだめだよー……ボクは何もできなかったけど……」


 一緒に依頼を受けたフローラに微笑みながら、自分は岩壁に込めた力を緩めることはしないのです。次が無いとも限らないし、いきなり壁を消したら元の通りなのです。5人ほどの獣人さんがフローラと一緒に壁を登るようにして乗り越え、向こう側を確認するのを自分は下にいたまま眺めました。


(我ながら貴石解放せずによく止めた物なのです)


 トール様でなくても貴石解放は出来る……それは間違いないのです。貴石レベルが少し下がってしまうし、完了までにいわゆるタイムラグが出てしまうのです。相手を咄嗟にはじく、ぐらいならいいのですが今回の目的から言うと多少無理目でもそのままやるしかなかったのです。


「ニーナ―! 大丈夫みたいだよー!」


「了解なのです! 少しずつ解除するのです!」


 トール様が大会のために一人で偉い獣人さんたちの集まりに出かけてる間、自分たちは何かしら依頼を受けておこうということになったのです。そんな中で自分が受けたのは、川の水が減っていることの調査という依頼だったのです。思い出したのは、大きな大きなスライムがいた時の泉のお話。だけど今回は違ったのです。上流で倒木とかが重なって天然のダムになっていたのです。


「限界ぎりぎりに間に合ったのは運がよかったのか悪かったのか……難しいところなのです」


 つぶやきながら壁の一角に穴を開けて、土砂を少しずつ出していくのです。本当はお魚さんのことを考えるとあまり土砂は流したくは無いのですが、少しは出さないと何もできないのです。ラピスがいたら泥水から水だけを分離して下流に流すことがもしかしたら出来たのかもしれないのです。だけどフローラがいたからこそ、木の上にするするっと上ってダムの限界を間に合うように確認できたのですからやれることをやるのみなのです。


「生き物は意外と丈夫……そう思うしかないのです」


 壁の向こうではみんなが倒木や岩など邪魔な物をどんどんと取り除いてる最中なのです。時折、脇に転がる枝や岩がそれを証明してるのです。これが全部流れてきたと思うと……想像するだけで怖いのです。


 2時間後、なんとか粗方の作業を終えて徐々に壁の隙間を大きくして下流に土砂を流していくのです。基本的には緩やかな流れが続く川だったのに……ちょっと茶色すぎるです?


「このぐらいなら俺たちでもなんとかで来ることはあるんだ、ほら」


「? おおーなのです!」


 言われて下流を見てみると、何人もの獣人さんが何やら貴石術の気配をまとっていると思ったら、手に持った大きなザルや網で川をすくっていたのです。何個も網を入れて、そこにゴミがたまったら外に出して流れは次の網に……たぶん、貴石術で網とかザルを強化してるのです。結構な勢いで脇に泥みたいなのがたまっていってるから……そこそこ綺麗になってるようなのです。見た目が変わらなくても、中身がこれだけ変われば下流へのダメージも最小限……だと良いのです。


「大雨の時にはこうやって対応してるんだ。お嬢ちゃんのおかげでその余裕が出来たよ」


「違うのです」


 こうしてる間にもあちこちを走り回って伝令をしているフローラを見ながら、自分は笑顔でその獣人さんに振り返りつつ否定の言葉を口にしたのです。そう、否定なのです。


「お嬢ちゃんじゃなくてニーナなのです。それに、みんながいるから自分はここで全力を出しても大丈夫、そう思ったからなのです」


 え?って顔をしている獣人さんにそれだけ言って、自分も手伝うべく下流に駆けだしたのです。

 山のようになった泥を順番に固めて、また川に流れていかないように対処をするためなのです。


「やっぱり旅をしてると腕が違うんだねえ……」


「それだけ苦労するなら街に住んだらどうだい? そのほうが安全だろう?」


 獣人さんが自分とフローラ、それにここには今いないけどみんなのことを心配してくれるのがわかるのです。時々、トール様を悪く言うような人がいるからその時は反論するですけど、それ以外はちょっと答えに困ってしまうのです。


「自分にはやりたいことがあって、それはトール様と同じなのです。だからトール様とみんなが行く場所に自分も行くのです。確かに旅は危険がいっぱいなのです。お腹もすくし、困る時もあるのです。だけど……」


「ニーナ、何をして、わぷっ」


 ちょうど隣に来たフローラを抱きしめるようにして抱き寄せて、驚いてる獣人さん達に見せつけるのです。何をって? このフローラと自分の笑顔をなのです。街で暮らすことを否定はしないのです。自分達だっていつかどこかに落ち着いて毎日可笑しく暮らすのが一番なのです。たまたま、今はそうじゃないだけ、なのですから。


「外じゃないと得られないワクワクドキドキ、それに仲間との笑顔がきっとそこにあるから頑張ってるのです」


 そう言い切った自分に、獣人さんたちは笑顔を返してくれたのです。その後はお返しとばかりにくすぐってくるフローラと笑いながら、みんなのお手伝いをしつつジルちゃんたちも戻って来てるだろうミャアの家に戻ったのです。


 後から合流したルビーに、意外とニーナって罪作りよねとか言われたのです。どういうことです?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る