JD-248.「男の戦い」
「いざっ!」
「少しは休ませてくれよ……」
そんなつぶやきは周囲の喧騒と、目の前の相手の気合の入った掛け声によってかき消される。熊の獣人だという相手は自分にあった金属鎧は無いらしく、布製の装備だけどそれでもはちきれんばかりの肉体が力を証明している。まともに組み合えば苦戦するかもしれない。まともに組み合えば、ね。
「ふっ!」
「ぬう、この速さ、面倒な!」
貴石術は禁止されていなかった。さすがに殺傷能力のある規模の物は禁止だけど、それ以外は自由。体を鍛えて得た力と何が違うのか?というのが相手の言い分であり、俺の有利な部分でもあった。元より女神様にもらって丈夫で健康、ついでに人より優秀な全身を強化し、今も足裏に風を産むことではじけるようにして突進を回避し、後ろに回り込んでいる。
振り抜いた木剣が分厚い毛皮と筋肉にぶつかり、大きな音を立てるが致命傷にはまだ遠い。当たった際には刃で斬られたという判定を審判がしてるらしいから、繰り返せば勝負ありになるんだとは思うけど、実際には動けるわけだからそれに気が付かずに戦闘が続けられ、怪我人が出ることもたまにあるらしい。
「卑怯とは言わないよな?」
「無論、生き抜くために努力するのは大事なことである!」
叫びながら振るわれる腕には相手の貴石術らしい力の光がまとわりついている。っていうかあれ当たったら普通死ぬんじゃないの? 殺すのはダメなんじゃないの? え? 手加減はしてる? そうですか、はい。
いくら強化されてると言っても正面から受け止めるのはなかなか難しい。相手のことを考えてという戦いにおいては、だけどね。本当に命を賭けてるなら何が何でも止めるさ。守る相手のジルちゃんたちも、広場の隅でこっちを応援してくれてるしね。
「まともな打撃や生半可な術ではこの体は破れんぞ!」
「らしいね。だったら!」
俺が無策のようにつっこむことに熊獣人は失望を顔に浮かべる。若さゆえの突撃って思ったのだろう。周囲からも俺の攻撃が失敗することを予想した悲鳴のような物が上がるのが聞こえる。その中にジルちゃんたちの声は無い。なんてことはない、俺が勝つのを疑っていないのだ、多分。
両者の体が交差し、弾ける音。その後立っていたのは……俺だった。熊獣人はこちらに腕を振り抜いた姿勢のまま、倒れ込んでいた。その体はわずかに痙攣している。どのぐらいがいいのかわからないことだけが懸念事項だったが上手くいったようだった。
「麻痺により戦闘不能! 勝者トール!」
審判が熊獣人の様子を確認し、体を動かせない状態にあることを確認して俺の勝利を告げた。そう、フローラ直伝の電撃である。毛皮に直だとたぶんあんまり通らなかっただろうけど、肌がさらされている場所というのは人型ではゼロにするのは難しいのだ。そこにぶつけてしびれさせたわけだ。
「みみみごごごごご」
「無理して喋らない方がいいですよ」
痺れながらも喋ろうとする姿に飽きれるやら関心するやら。巨漢と呼ぶべき熊獣人に肩を貸して、立ち上がらせていくと周囲の獣人が驚いた気配が伝わってくる。力もありますというアピールは成功の様だった。次の対戦相手が悩んでくれればいいんだけど、ね。
「ふー……」
「お疲れ様。これで4人目ね」
俺以外にもこの場所では多くの獣人の兵士が戦っている。しばらくすると開催されるという獣人の代表国を決める大会、そこに参加する権利をかけた戦いだ。色々あって、俺はその大会に出ることになった。正確には、このあたりの代表者であるライネスさんにそう言われたという形なのだが……。
獣人同士の戦いが始まるのを見守りながら、ルビーの手からタオルを受け取って汗を拭く。短いようで、戦いは体を酷使する。それを実感する戦いばかりだ。獣人は人間と比べて獣の力というか本能のようなものが濃いのか、その動きにも俊敏さと力強さが同居している。単純に、強い。街の獣人でも人間の兵士と普通に勝負になるんじゃないかと思うほどだ。
「それにしても、トール様のように雷を使う兵士はいないです? 貴石術は使えるはずなのです」
ニーナが疑問を口にするように、意外とみんな自分を強化する術以外には使ってくる気配が無い。熱風を送るぐらいは牽制に使うとか出来そうなものだが……さて?
獣人が貴石術が苦手ということは無いと思う。色んな道具も開発されてるし、いわゆる魔法使いみたいに貴石術をメインにする冒険者も見かけたからね。
「ご主人様がすごい?」
「とーるはボクたちの力をみんな使えるからねー」
「ああ……案外、ジルちゃんの言う通りかもしれませんわよ」
よくわからないけれど俺が強いのか?という結論に達しそうになった時、納得いった様子のラピスのつぶやき。まるでクイズの答えを思いついたときのような表情だった。
俺たちの視線が集まるのを待ってから、ラピスは1つ頷きつつ口を開いた。
「要はイメージですの。貴石術は道具を使うのを除けば、術者がこうしたいというイメージが力になりますわ。でも、炎1つとってもどのぐらい熱いのか、大きさは、温度は。そういった部分が恐らくは強さに影響しますの。その点、マスターは知識として色々と知っていますわ。どういう炎が熱いのか、あるいは……雷とは何か、そう言ったものを」
「学校で習った程度だけど、それでもそういうことか……なるほどね」
つまりはその現象に対する理解がどれだけあるかで再現性も違うということだ。知識として教えることが出来なくても、俺は少なくともこの世界の住人よりは自然現象がどういうものか知っている、それが貴石術にも影響を与えてるらしい。
「自然現象以外は、要はコイツの妄想力ってことでしょ? 得意なジャンルじゃない、良かったわね」
ルビーにはなんだかひどい言われようだけど……ちょっと貴石術に対する認識が変わった気がした。この理屈でいえば、いろんな形に術が応用できそうだ。例えば生活の中でもね。
そんなことを考えていたからだろうか? その相手が近づいていたことに気が付かなかった。
「ほほう、興味深い理論ですね。この戦いが終わったら少し話をしましょうか」
「ライネス様!?」
控室という訳じゃないけれど、壁で区切られた俺たちの待機場所にいつの間にかライネスさんがいた。一応人の目があるし、様付けはしておくべきだよ?
そこには特につっこみもなく、なぜかライネスさんはこちらを見て満足そうにうなずいている。
「あれだけ術を行使して息切れは無し。良い鍛え方をしていますね」
「あ、いえ……その」
正直には言えないよな、自前じゃないんだってさ。全部が全部貰い物ってわけじゃないのも確かだけど、自慢するようなことではないような気がする。ライネスさんには女神様のこととかは何も言ってないわけだけど、言いよどんだ俺をじっとライネスさんは見つめ、なぜか数度頷いた。
「どんな力であれ、力は力です。その使い方をどうするか。それが大切だと思いますよ。さあ、続きの様です」
「え? あ、俺か!」
広場で、審判が俺の方を向いて手招きしている。いつの間にかまた俺の番になったらしい。ライネスさんがいることに審判は驚いているようではあるけれど止められることはなく、戦いは続くようだ。それから戦いは3度続き、俺は無事に大会の参加者の1人に選ばれることになるのだった。
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