JD-247.「選ばれるために」


 大陸の西側へと、精霊の力を借りて転移して来た俺達。そこで出会ったのは獣耳な獣人たちだった。仲の良い姉妹であるミャアとシアちゃんのお手伝いついでに、この地方での偉い人であるというライネスさんと出会うことになった。何か話が聞ければと思ったのだけど、自分たちが人間で、付け耳であることを見抜かれてしまうのだった。


「その……部外者の俺が参加して大丈夫なんですか?」


「おや? トール、貴方は狼族なのでしょう? 生まれは人間の領土に近い僻地の様ですが」


 恐る恐ると問いかけると、そんな答えが返って来た。細められた目は楽しくなれそうな獲物を見つけた、なんて感情が垣間見れる獣の瞳だった。なるほど、そういうこと……か。最後まで獣人であることを貫くか、ネタばらしはもっと相応しい場があるということだと思う。


「わかりました。俺でよければ」


「でもライネス様、トールはそんなに強いのにゃ? 大会には他の兵士が出るはずにゃ」


 他に選択肢も乏しく、一番無難であろう形に落ち着くことにした俺。頭を下げた俺とは別に、ミャアがいつもの調子を取り戻したようにそんな疑問を口にした。そういえば何人でとか、どういった大会でとか何も聞いてないのに受けてたや、まずいな。


 ちらりと振り返ると、ルビーはあきれ顔だ。ラピスはいつものようにニコニコとしているし、他の3人はよくわからないって顔である。たぶん、説明すると応援してくれるか、自分達も参加するって言いだすんじゃないだろうか?


「ふふふ。そうですね。私にはトールの強さが感じられますけれど、皆が皆そうともいきませんか。その前に……ミャア。この子たちの耳をもっとしっかりと付けてあげなさい。ほら、ちょうどあるでしょうあれが」


「あれにゃ?……ああー、あれにゃ。了解なのにゃ! さ、一度戻るのにゃ」


 明日迎えをよこしますよ、とライネスさんに言われ、俺たちはよくわからないままその場を後にすることになった。帰る途中、何人かの獣人から視線を集めた。怒りとかではない……なんだろう、羨望?

 憧れになるようなことは特にしていないはずだが、謎である。






「じゃっじゃにゃーん!」


「なんだかどろっとしてますわね」


 姉妹の工房兼住宅に戻ると、何やら在庫の集まりをごそごそしていたミャアがとある瓶を取り出して掲げて見せた。2リットルペットボトルぐらいの大きさの瓶で、中にはやや青みがかった液体が。液体というには、ラピスの言うように妙にどろっとしている。


「まさかローションとか言い出さないでしょうね」


「あー、とーるが好きなやつかー」


「ぬるぬるたのしいよ?」


 ちょっとそこのお嬢さん方、誤解を招かないように。嫌いじゃないよ、嫌いじゃないけどっ。こういう時にわかっていても俺を助けてくれるラピスや俺の味方のニーナはっ!? 2人の方を振り返ると……あれ、いない。


「匂いが気になるならこっちもあるんだよー」


「おお、なんだかすーすーするのです」


「このぐらいの方が興奮したマスターにもくどくないかもしれませんわね」


 2人はシアちゃんの出してきたもう1本の瓶の中身を確認しているのだった。残念ながら、俺の味方はいない……いや、そもそも敵味方とかじゃないのか?

 落ち込む心をなんとか支えるように顔を上げ、ミャアの方を見ると、戸惑った感じだった。


「あー、これ、そういうんじゃないにゃ。そういうのも商品にあるけどにゃ?」


「あるのかよっ」


 理解のありすぎる知り合いというのも色々と反応に困るなと実感した。話が進まないなと感じ、俺もひとまずミャアの持ってきた瓶の中身をよく確認する。ん、これってあれか……のりか?


「これは、単純にカツラののりにゃ。どうせその耳と尻尾も事故とかで千切れた時につけるのをもらったにゃ? これはそれが取れにくいようにする物にゃ。元々、失った部分に付け耳で付ける用の奴だからお肌にも優しいにゃ」


「なるほど……でもライネスさんみたいに見破られるんじゃないか?」


 確か、体温が感じられないって言ってたな。当然と言えば当然で、血が通ってないんだから温かいわけが無いのだ。あ、でも待てよ? 俺は無理でもジルちゃん達なら……そう思って振り返ると、シアちゃんの手によりさっそくジルちゃんの猫耳にペタペタと糊付けがされていた。というかシアちゃんあんまり驚いてないな、俺たちの事。


「? ああ、お姉ちゃんの恩人なのは変わりませんから。それに……トールさんも悪い人じゃないかなって」


「い、妹がたぶらかされてるにゃ! 妹に手を出すならまず自分からにゃ!」


「出さないよっ!?」


 何度目かのテンションのやり取りが妙にツボにはまったのか、それから俺達はなぜか笑い始めてしまった。結局、全員の耳を付け終わったころにはもう夕飯にしようかという時間になっていた。シアちゃんだけに任せず、俺たちも手伝っての夕食。ちなみに宿は引き払ってある。ミャアたちが依頼を考えたら一緒にいたほうが楽っていうからなんだよね。





「いただきますなのにゃ!」


「今日はイノシシの良いお肉があったんだよ」


 大勢で食べる食事というのは美味しい、そう感じたのはいつからだっただろうか? 元の世界じゃ、あまり両親とも食事が一緒では無かった記憶がある。それがどうだろう、この世界に来てからは1人じゃない。そのことがなんだか嬉しくて、食が進む。ちなみにパンだった。


 みんなも美味しいのか、笑顔でそれぞれに食べ進めている。ジルちゃんなんかは口いっぱいほおばって耳も陽気にぴこぴこと……耳ぃ!?

 気のせいでも見間違えでもない。間違いなく耳が動いている。糊付けの時、もしかしてみんなならとは思ったけどいつの間に……。


「ねえ、ジルちゃん。耳どうしたの?」


「(もぐもぐ)はふっ。えっとね、自分の一部だって思ったらなんとかなったよ」


「あら? あー……なるほど、こうね」


 何でもないように言うジルちゃんに従い、ルビーが納得した様子で目を閉じたかと思うと、ルビーの耳も動き始めた。しかも人間の耳は前からそうだけど見た目無くなっている。こうやって見ると街にいる他の獣人と区別がつかなくなっていた。


「よくわからないけど、解決したならいいのにゃ」


「いいのかなあ?」


 お互いに触ったり、動かしたりと騒ぎ始めたジルちゃんたち。笑顔のある食卓、それが守れるならいいじゃないか。そんな半分現実逃避のようなことを思いながら、食事を再開する俺がいた。


「トール、明日はお迎えが来るみたいだから早めに寝ておくといいのにゃ。獣人の朝は早いにゃ」


「そうなのか? いや、そういえばそうだな……」


 狼族の兄妹も随分と朝が早かった。それは狩り以外でも生活をしているこの街でも変わらないということなんだろう。迎えが来たのに寝てました、では確かに失礼だよね。お礼を言って、その日は俺の感覚からするとかなり早いけれど寝ることにした。





 そして翌朝。まだ新聞配達の人も来るかどうかという微妙な時間。だというのに眠気覚ましに外にでると、確かに街はいくらか動き始めている気配を感じた。ミャアだって、既に起きて水汲みをしているからな。あ、ラピスが起きて来て水を生み出してる。うん、やっぱり便利だよな。


「おはよう」


「おはようなのにゃ! さ、顔を洗ってしゃきっとしておくのにゃ。トールはこれでも食べるのにゃ。いきなり模擬戦でもあると空腹じゃ危ないからにゃ」


 朝から元気いっぱいのミャアが差し出してきたのはにぼしの大きい奴だった。俺は狼族という設定だが……まあ、ありがたくいただこう。ぼりぼりと齧ると、予想外に美味しい。視線を向けると、同じような物をかじったままミャアが器用に笑って見せた。


「調合作業をしてると暇がない時もあるにゃ。そんな時のためのお手製なのにゃ」


 こんな風に気を使われたのであれば、頑張らないわけにはいかない。食べ終わると同時に準備運動を始め、迎えを待つことにした。そして……兵士の迎えが来たことで俺の長くなりそうな1日が始まった。

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