JD-246.「偉い人は紳士的」



「さて、それで人間がわざわざ変装までしてこの土地に何用ですか?」


(ば、ばれてるうううう!?)


 だらだらと冷や汗が背中を流れるのを感じつつ、冷静に問いかけてくる相手、このあたりで一番の戦士だという獣人、ライネスさんと向き合い続ける。幸いにも、問い詰められているというより、確認というような感じなのがまだ……いやでもどう答えよう?


 本人が一番の戦士だからというのが理由なのか、護衛1人も部屋の中にはいない状況で、どういえば問題なく話が通せるかが問題だ。まさかいきなり見破られるとは……。


「心配はいりませんよ。人払いは済んでいます。それに、その耳もつけ耳でしょう? 体温が感じられませんよ」


「えっとね」


 説明をしようとしたジルちゃんを手で制して、俺は顔を上げる。さすがにここでジルちゃんに任せるっていうのもね。何かあって被害を受けるのは俺だけでいい。そんなことにはならなそうな気がしないでもないけれど。


「まず、侵略だとかそういった話ではありません」


 一番問題の出そうな誤解、人間が獣人側の国に攻め入ろうとしているという話になるのだけは回避すべきだった。こんなことになるなら、山脈をどうにか超えて来たなんて言うべきではなかったかもしれない。


「でしょうね。そうであればこんな無防備に私に会おうとは思わないでしょう。ミャアもそんなに小さくならなくても結構ですよ。別に責めているわけではありませんから」


 玉座のような立派な椅子に座ったまま、鬣を撫でつつつぶやくライネスさん。最初に見た時には、ライオンと人の顔を混ぜて割ったような精悍な顔つきから、勝手に勇ましい性格かと思っていたけどそうでもないようだった。


 どこからどう話した物かと思いながら、この土地でやりたいことをゆっくりと話していく俺。視界の隅で俺たちが人間だったということがショックだったのか、口を開いたまま固まっているミャアを見ながら、これまでの経緯を思い出す。






 ちょうどポーション類の納品があるということで、ついていくことで国の偉い人と知り合えたらいいなと思っていた俺達。馬車に積み込んで納品する予定だったらしく、2人だと何度も運ぶところをみんなで持てばちょうどいいということで全員で向かうことになった。

 アルメニアから進むこと半日。思ったよりも近い位置にあった偉い人の住処は、ちょっとした砦だった。周囲は切り開かれ、砦の壁の中は小さいが町になっていた。むしろその偉い人がいるのなら、こちら側がもっと発展していてもおかしくないような?


「ライネル様は部下と一緒にちょくちょく遠征してるのにゃ。だからここはその時にしかお金が動かないのにゃ」


「それで簡単な造りの店が多いのか……」


 見渡す限り、屋台のような簡易的な店が多かった。住んでいる人はこの砦を維持するための最低限の人数なんだろうね。基本的には平和な土地柄だからできることなんだろう。となるとそんな状況でも遠泳する先というのが気になるところだ。見回りも兼ねてるのかな?


「このあたりは魔物はそんなに強くないと聞いていますけれど、こんなに消耗する物なんですの?」


「そうよね。部下も結構な人数なんでしょう? だったら……」


 そんな雑談めいた話はミャアがとある扉の前に来たことで終わりを告げた。今回はミャアの手伝いとしてついてきたわけだからここは真面目にいかないとね。挨拶をして扉を開けるミャア。扉の先は……ごく普通の倉庫のような場所だった。近づいてきた数名の獣人の兵士と外でおちゃらけていた空気をどこかにおいやったミャアが何やら話し込んでいる。


「ほうほう。東から……随分と長旅だったでしょう」


「あ、ああ……境界には人間も獣人もいたから獣人ばかりなのが逆に新鮮かな」


 どうやら俺たちが東からの旅人だという設定をそのままミャアは話してくれたらしい。なんだかだましてるみたいで気が引けるな……実際に山脈の向こうにいたのは確かなのだから嘘ではないのだが……。


「ライネス様は異郷の話を好みます。知らない魔物、知らない景色、よろしければお会いください」


「やった! ジル、お話いっぱいするよ」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶジルちゃんの姿に、兵士の顔もほころんだ気がした。そうして案内された先には扉の外からでもわかる歴戦の気配。今は休息のタイミングだからか、だいぶ凪いでいる感じだけどそれでも感じるのは本物ということだろう。


(チート的に強くなった俺とは違う、これが積みあがった強さという奴かな?)


 自然と、喉がなった気がした。若干の躊躇の後、意を決してと思ったけれど扉を開けるのは俺ではなく、ミャアだったのを思い出す。となるとなかなか開かないのは……?


「ミャア、どうしたのー? 開けないの?」


「緊張しちゃうのにゃ。うう、誰か代わりに開けてにゃ」


 フローラの問いかけに、見事に震えた手を見せてくるミャア。やはりこの地方の獣人にとっては相当偉い人なのか、ミャアの反応を見る限りは失礼の無いように気を付けたほうがよさそうだった。


「そうはいっても、きっと外に自分たちがいることに気が付いてるのです。度胸でどーんといくのです」


「よいしょ」


 そして最終的に扉を開けたのはジルちゃんだった。思ったよりもあっさりと部屋の中に向かって開く扉。こういう時は勢いよく入れないように外側に開く物じゃないかと思っていた俺の予想を裏切り、部屋の中が丸見えになった。


「ふむ? おお、久しいですね、ミャア。今日は随分とお手伝いが多いのですね」


「おおお、お久しぶりですにゃ! 納品が終わった報告に来ましたですにゃ!」


 ピーンと伸びたミャアの尻尾。それからも緊張が良く伝わってくる。入りなさいという招きに従い、俺達8人はぞろぞろと中に入る。部屋には声の主、ライネスさんと兵士達数名、そして使用人のような人たち。兵士は誰もが革鎧などの防具を装備していて強そうだ。使用人は……んん? なんだかそのままでも強そうな?


「ははは。君たちは初めましてですね。鎧を着ていない者も兵士ですよ。礼儀作法を身に着けるために今は使用人の役目を負っているのです」


「なるほど……っと、名乗りが遅れました。自分はトールと言います」


 横で既に膝をついているミャアに従い、同じような姿勢を取って自己紹介。1人1人に、以外にも優しい瞳を向けてくるライネスさん。見た目はライオンなんだけどな……うーん。


 その後、ミャアからの納品の報告が行われ、俺たちが東の土地からずっと旅をしてきたという紹介になった時に空気が若干変わった。ライネスさんの瞳が鋭くなった気がしたのだ。そしてなぜか人払いをされ、俺たちだけになって最初の一言が俺たちが人間だよねという問いかけだったのだ。





「貴石を探しつつ、世界の調和を崩す魔物を倒しに……ふうむ。嘘は言っていないようですね」


「信じていただけるんですか?」


 人間と獣人は敵対しているわけではない……と俺は聞いている。ただ、種族が違えば価値観も違ってぶつかることがあるのが世の中だ。どこでも平和という訳にはいかないだろうなとも思っている。ライネスさんのような立場となればいざとなれば獣人の味方をしなくてはいけない立場のはず。だというのに、俺たちのことを疑ってはいないようだった。


「嘘をつく利点がありませんからね。我々を害そうというのならもっとこっそりとやるでしょう。ただ……気にするというのならやってもらいたいことがあります」


 内心、ほら来た、と思った俺だったが表情には出さないように頑張った。何かを得るには何かを支払わねばいけないのは世の中の常だ。今回は何かをこなしてほしいということだ。


「ジルたちはなんでもできるよ」


「正確にはそのように努力はいたしますけれど、ですわね」


 物怖じせずに言い放つジルちゃん。フォローするラピスもちょっと困り顔だ。そんな2人を見て、ライネスさんは口を開いた。


「なあに、簡単な事です。トール、次の大会に貴方も参加しなさい」


「大会……え、獣人の代表者を決めるという大会ですか?」


 騒動が過ぎたと思えば、それを超える騒動があっという間に目の前に迫ってきたのだった。


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