JD-245.「2人の仕事」



「にゃはは、順調みたいだにゃ?」


「おかげさまでね。割のいい依頼を紹介してくれたおかげだよ」


 どさりと、依頼品の入った袋を床に置く。たぶん麻だと思うんだけど植物には詳しくないんだよね。それにしても、土ごと欲しいとか珍しい依頼である。依頼主は他でもない、目の前でにゃーにゃーいってる猫獣人のミャアなんだよね。


「ミャアさん、こちらはどこに置いておけば?」


「おおー! ネルネの花も見つかったのにゃ? それはすぐに処理するから貰うにゃ」


 ラピスの手にある紫色の大輪の花。ヒマワリを紫にしたのが一番近いかな? こちらは花だけを獲ってきてほしいという依頼内容だった。他にもジルちゃんたちが色々と運び込んでいるはずだった。何をするかと言えば……ポーションなどの薬剤造りだ。


「むむ? 今、ミャアには似合わないとか思ったにゃ?」


「そんなことは……少しあるかな、ごめん」


 獲物を狙う猫のような鋭い視線で睨まれたら隠しきれず、謝りながらも手際よく進む作業を見つめる。黙々と作業を進めるもう1人、シアちゃんだ。そう、ミャアとシアちゃんはいわゆる薬師だったのである。2人のわりに広いなと思っていた場所は元々はこちらも作業場だからということだった。今は家の裏手に増設された作業場で2人で色々な薬を作っているらしい。


「にゃはは。よく言われるにゃ。このぐらいなら喋りながらでもちょちょいっと出来上がりにゃ」


「お姉ちゃん、そういってこの前だって調合間違えたじゃない。気を付けてよね」


 作業着らしい物に身を包むシアちゃんもすり鉢でごりごりと薬草であろう物をすりつぶし、傍らの桶から水を入れてはすりつぶしとよどみなく作業を続けている。前に見たおじいちゃんの作業もこんな感じだったかな?


 独特のにおいが混ざった空間は意外と居心地がよく、芳香剤を置いているかのように匂いに満ちていた。それは2人の腕がいいという証明なのかもしれないね。


「こっちは終わったわよ」


「お疲れ様にゃ。勝手にお茶を飲んでていいにゃ」


 一通り依頼品を運び入れ、一息ついているように言われた俺達は作業場の隅にあるソファーで遠慮なく休ませてもらっていた。なんでもポーションの依頼人が待つこともあるから用意されているのだとか。


 路銀を稼ぐべく色々な依頼を受けていく中、ふと手にした依頼である薬草類の納品先がミャアの家だった時には驚いた物だ。しかも、このあたりでは有名な薬師だというのだからなおさらである。勝手口のような場所で顔を合わせた時にはお互いなんだか妙に恥ずかしかった記憶がある。

 その後はあれこれと依頼され、こちらとしてはありがたいけれど……思ったよりいろいろ作るんだな。


「これでよしっと。ひとまず今日の分は終わったにゃ。トールたちの採取品は新鮮だし、痛みも少ないから良い物が出来るにゃ」


「ほんとですよ。土ごと欲しいって言ってるのにちぎって持ってくる人とか結構いるんですよ?」


 一仕事終えた空気をまとわせた2人が半ば愚痴るように言うのは他の獣人冒険者たちの雑さだった。中には器用な人もいるだろうけど、やっぱり豪快な人が多いようだね……外や店でも威勢がいい人が多いからなあ。


「薬草探しは、大得意なんだよ」


「そうよね。ジルがいれば百人力よね」


 そう言ってほほ笑むみんなの手元にはなんだかカラフルな果実。採取の途中に見つけた果物を切り分けているのだ。ついでにラピスの手によりしっかりと冷やされている。こういうのは冷たいと美味しさが増すよね。


「んー、こんなに冷たいのを食べたのは久しぶりにゃ。冷やす道具は維持費も高いのにゃ」


「そうなんだー? ラピスがいれば一年中冷え冷えだなー。あ、飲み物も冷やそうよ、お茶とかさー」


「自分はよく知らないですけど、猫獣人以外は猫舌じゃないです?」


 女三人集まればなんとやらとは言うけれど、さらにそこに2人加わってる物だから話題があちらに飛んではこちらに戻りと随分と騒々しい気がする。俺は下手に口を挟まず、相槌を打ちながら聞かれた時には返事を返すということにしていた。


 食べ物のことや周辺の事、最近の困ったことなど話題は尽きそうになかった。俺は皆の話を聞きながら、ここ数日で集められた話をまとめるように考え込んでいた。多少見た目は違っても、やっぱり良いこともあれば悪いこともあり、人間とその意味では変わらないなということがわかったのだ。


「そういえば、国同士の仲が悪そうってのは本当なのか?」


「あー……本当にゃ。種族は気にしないのに、不思議なのにゃ。このあたりは平和だけど、北や北東の山脈近くだと魔物も強いらしいのにゃ。だから力を求める獣人は集まりやすいけど、喧嘩も多いらしいにゃ。それに……」


「獣人の領土を守るために支援は当然、それを怠るなら統合も辞さない、ですか……物騒ですわね」


 街で聞いた噂話。それは今はいくつかに別れている獣人の国を統一しようという国があるということだった。強引な手段ではあるけれど、絶対に無しと言い切るには難しい。周囲にはまだ脅威があるのが実情だからだ。


「だけど、全部の亜人を排除しろって言われても困っちゃうの」


「このあたりはオークとか他の亜人も一応暮らしてるものね」


 シアちゃんの言うように、最初ミャアと魚を取り合っていたオークのような亜人はそこそここちらの土地にもいるようで、住む場所は若干被っている。けれど、積極的に争い合っているかというとそうでもないらしいのだ。長い間にすみわけがされているというか、衝突することはあってもお互い様、そういう感じらしい。


 小競り合いはあっても本格的には戦うことはない奇妙な間柄、それがこの土地の獣人と亜人の関係らしい。ただ、そうではない土地もあるというだけなのだ。


「もうすぐ獣人全体を主導する国を決める大会があるのにゃ。そこで強硬派の国が勝ったら、抵抗は難しいかもしれないにゃ。出来れば自分やシアが忙しくない生活がいいんだけど……にゃ」


 しょんぼりと、尻尾と耳も垂れ下がるミャア。確かにミャアたちが暇なほうが平和であるという証明だから忙しくない方がいいわけだ……大会、か。優勝者がそのまま指導者になるっていうんじゃなければやりようはあるかな?


「マスター、調べるだけは調べましょうか」


「そうよね。こうなったら無関係を貫くのもどうかと思うわよ」


 どうやら皆も同じ考えに至ったらしい。後は……この国の偉い人とかに会ってコネができればいいんだけど……どうしようか? 依頼をこなして有名に、なんてやってる暇は恐らくない。だけどどこにどんな人がいるかも知らないもんなあ。


「ねえねえ、この国のえらーい人ってだれ?」


「偉い人にゃ? ライネス様っていう戦士様にゃ。今日作ったのもライネス様の依頼品にゃ。あ、旅のお話とか大好きだから一緒についていくにゃ? 会えるかはわからないけど……」


 都合が良すぎる、とは言うまい。こういった部分も運命だろうなと最近思うようにしている。まさかのつながりだけど、チャンスがあるならそれにうまく乗るのも大切だ。

 是非とお願いしたけれど、ちょっと勢いが良すぎたのか若干ミャアに引かれてしまった。反省である。


 まだ納品予定の物があるということで、その材料集めに俺達は再び森に駆け出すのだった。

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