JD-244.「過去と今」



 俺はまどろみの中にいた。どこかふわふわとした……不思議な……海に浮かんでいるような感覚。自分が起きているのか寝ているのかよくわからない状態だったが、何か聞こえた気がした。


市場で少しカニを売り、オススメの宿に泊まったはず……あれ?


「……さんっ」


「ん?」


 目を開こうとしても思うように動かない。なんだか自分が半分だけになっているような……なんだか怖くなってきたぞ。頑張って目を覚まそうとするけど思うようには返ってこない手ごたえ。その焦りを煽るように、誰かの声が聞こえる。


「……ルさんっ!」


「ええい、誰だ!?」


 目覚ましの音に飛び起きるような勢いで体を起こす俺。と同時に何かに頭がぶつかった。やや硬い何かは俺がぶつかると同時にはじかれるようにして離れていくのがわかった。


「イッタアアアーイ!」


「イテテ……あれ、女神様?」


 そう口にしてから周囲をよく見ると、例のごとくなんだかよくわからない空間にいた。気のせいか、前よりも周囲の色合いが濃いような気がする。古びたモニターで見ていた映像を新しいモニターで見るような……自分で言っててよくわからないけど、何か違うんだ。


「もう、探しましたよ! 勝手に離れた場所に行ってるんですから。交信を合わせるのに苦労しました」


「え? 女神様ならこの大陸どころか星の上ならどこでも大丈夫じゃないの?」


 神さまだって言うならそのぐらい楽勝だろうと思っていたのだけど……ちょっと違うみたいだ。俺の指摘に、うって顔をしながらもうなだれるのを我慢している女神様がいた。ちょっとは成長したのかな?ってさすがに失礼だな。


「普通に移動してるなら大丈夫なんですよ? でも今回、普通じゃない移動方法で移動しましたよね?」


「あー……そういえば」


 そう、今回俺達は精霊の導きに従ってマナの回廊のような道を通って半ば転移のような移動をしたんだ。だから女神様にとっては急に消えたように感じたのか。あの移動はもしかしたら一度俺という物がマナになって再構築とかされる仕組みなのかもしれないね。その辺はよくわからないけど……。


「例の北西にあるっていう魔物の拠点からはちょっと遠ざかってるけど危ないかな?」


「いえ? 何事も運命というべきか、導きというべきか……こちらでも何とかできるならそのほうが良い物はいくつかあるみたいですから大丈夫です」


 実際問題、寄り道に寄り道を重ねてるような物だから少し心配していたのだけど、これはこれで問題ないらしい。こっちが平和になれば援護射撃のように影響が与えられるってことかな? ということは、具体的な相手はわからないけど厄介な相手がいくつかいるっていうことだ……。


「こちらの土地は魔物の力が偏っていて、ほとんどは普通未満みたいですね。その分、強い個体は強いみたいですから気を付けてください」


「らしいね……そのためだけに呼んだの?」


 別に呼ばれたくないという訳じゃないけれど、女神様が呼び出した割には普通の情報だ。聞きたいこともいくつかあるし……ついでに聞いておこう。そう思って向き直った俺の前に、女神様は何かを差し出した。


 それは透明な石。貴石……だと思うけど、そこにあるのにない、そんなよくわからない石だ。一体……と思ったところでその正体に気が付く。これは……カラッポ?

 そう、5つの貴石は貴石だけれど、何も定まっていないんだ。力だけは感じるけれど、何者でもない。


「私にはどのぐらいの力があれば対処できるかはわかりません。けれど、取り戻していただいた分は支援を行うのが筋だと思っています。だから、こちらを。あの子達は順調に育っているようですね? ここからでもトールさんとのつながりが太くなっているのを感じます。これは結びの石。あの子達とトールさんの絆がきっと新たな石を産み出すでしょう」


「わかった。立派な石を作るよ。じゃなかった、産むよ……かな?」


 言いなおしながらも俺がその透明な石を受け取ると、女神様は晴れ渡るような笑顔で微笑んで見せた。ここでぐぐっと来ないのが既になんだか俺が末期的な状況だと証明しているけれど、良い笑顔だなとは感じることが出来た。さすが女神というべきところかな?


「ちょっとどころじゃないぐらい完璧に行ったと思ったんですけど……まあ、絆が深まってる証拠でしょうか……」


「その辺は掘り下げると困ったことになるからこの辺で。女神様、1つ……聞いておきたいことがあるんだ」


 他にも色々聞いておきたいことがある。だけどみんなが言っていたように、知らないことも多いだろうなとは思う。あるいは上手く伝えられないようなことも。だけどこれだけは聞いておきたかった。

 その俺の気持ちが伝わったんだろうか? 女神様も表情が改まったのがわかる。


「精霊から世界はもう3度目の危機だって聞いたんだ。前の危機の時にそれを解決した人達さ……もしかして、一部はバランスを取るために魔物側に協力とまではいかなくても、一方的に滅びないようにした人がいるんじゃないのか?」


「……トールさんが、自由に動いても私は止めない、そう言っていたのが答えになりますか?」


 珍しく言いよどんだ女神様。そして紡がれた返事に俺は頷いた。女神様にとっては魔物も人間も獣人だって善悪は無いのだ。ただただバランスよく。今回はたまたま人間側に不利だから俺が呼ばれたんだ。それとは別に、状況のバランスを取ろうとする人がいたっておかしくはない……そう、かつての貴石人とかでもね。


「私の感覚ではついこの間ですが、人間の寿命から言えばそうではないと思います。もし、力だけを利用されているようなら……」


「頼まれなくても俺たちが止めるさ。それでいいだろう?」


 力強く言い切ると、今度は儚さも混じった妙齢の女性らしい笑みを女神様は浮かべた。俺は彼女にはもっとしっかりした笑顔が似合うな、そう思いながら無言でうなずいた。

 そして、珍しく俺から話を終わらせることにし、何度目かの浮遊感に身を包まれていた。


「ありがとうございます」


 意識が失われる直前、そんな声を聞いた気がした。







「ジルちゃん、おはよう」


「ご主人様、お母さんのところにいってた?」


 目を覚ますと、横にはジルちゃんが立っていた。同じ毛布にはニーナがいるけどまだ寝ている。ジルちゃんは無言で俺の寝顔を見ていることになるわけだけど……まあ、ジルちゃんだしね。起こすといけないかなって思ってずっと待ってたんだろう。あるいは今言われたように、女神様のところに行っているのを感じて見守ってくれてたのかも。

 

「ちょっとね。こっちでも頑張ってってさ」


「ご主人様といっしょなら、がんばるよ」


 にこにこと笑うジルちゃんのほっぺたを撫でると、くすぐったそうに身をよじる。その感触、温もりがいつまでもそばにいてくれるといいな、そう思いながら寝たままのニーナを起こし、今日を始めることにする。


 今日からはしばらくは路銀を稼ぐという目的で依頼を受けるのだ。じゃないといつまでも宿賃を物納ってわけにはいかないからね。どんな依頼があって、どんな騒動が待ち受けているのか。それでも……。


「? どうしたの、ご主人様」


「なんでもないよ」


 ジルちゃんたちと一緒なら、きっと乗り越えられる。そんな決意を抱いた朝だった。

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