JD-243.「姉妹2人」


 家の中の誰かに叱られたミャアの尻尾はピーンと逆立ち、ぼわわっと膨らんでいる。その辺は猫らしいと言えば猫らしいのかな? というか、中からの声はにゃーにゃー言ってなかったな?

 そっと中をミャアの肩越しにのぞくと、そこにはちゃんと(?)猫耳の女の子がいた。ちょっと毛深い感じだ。


「お、お客さんを案内してたのにゃ」


「そんな予定ないでしょう!? って、あー! またお魚獲りに行ったんでしょ。危ないから一人じゃやめてっていつも言ってるじゃない!」


 漫画的に言えば大きな汗がだらーんと垂れているような様子で言われるがままなミャア。対してミャアに攻め込んでいる子はたぶん妹なのかな? 見た目がよく似ている。

 ふと、その子と目があった。猫が獲物を見定める時のように、瞳孔に変化があったような気がした。というのも、すぐにその顔は驚きに染まって俺とミャアを何度も行き来し始めたからよくわからなかったのだ。


「え、本当にお客さん?」


「あはは。ちょっとそこの川で出会ってね。街まで案内してもらったんだ」


 そういって俺は横に少しどいてジルちゃんたちが見えるようにする。みんながそれぞれ視界に入る度に、妹さんの顔はなんだかあれこれと変化し、驚いているのがよくわかる。じっと耳を見て、尻尾を見て……俺を見る。あれ、なんだかこの流れは……。


「お姉ちゃんをだまして食べに来たにゃ!?」


「食べないよ!」


 二度目の叫び。というかにゃが付いた。もしかして興奮したりすると出やすいのかな? だとするとミャアは……後で聞くことにしよう。今は誤解を解かねば。かといってどういった物かなと思っていると前に出る影。


「ご主人様はね、やさしいんだよ。ご飯もちゃんとくれるし、撫でてくれるんだよ」


「餌付けされてる!? え、何お姉ちゃん」


 ある意味火に油を注いだ結果になりそうなところで、妹さんの前にミャアの手によって差し出されたのは……獲ったばかりの川魚。俺には種類はよくわからないけど地球でも見かけたことがあるような気がする。こういうところは世界が違っても一緒の進化を遂げるのかもしれない。


「シア、痛んじゃうから先に処理するにゃ」


「えっと……そういう問題なの? よくわからないけど……どうぞ?」


 戸惑いの表情のままの妹さん、シアちゃんに招かれてお邪魔することにした。ちなみにシアちゃんは金色に近いプラチナといった方がいいのかな? そんな髪の色。ミャアはほぼ金色だった。体格はどちらも……うん、ジルちゃんといい勝負だ。背丈はミャアの方が頭1つ分大きいかな。シアちゃんはジルちゃんと同じぐらいだった。


 6人でお邪魔するにはちょっと問題があるかなと思っていたけれど、予想に反して家は大き目で寝泊りはともかく案内された居間部分は10人ぐらいは過ごせそうだった。あまり詮索するのも問題だとは思うけど、姉妹2人で暮らすには大きいような気がする。


「っと、そうだ。自己紹介もしてなかったね。俺はトール」


「ジルだにゃー」


 若干抑揚のないジルちゃんを皮切りに、全員の自己紹介が始まる。そして俺たちが不思議な貴石を探して東から旅してることを伝えると、妙に納得したようにシアちゃんは頷いた。そうこうしてる間にもお茶の準備がされているあたり、シアちゃんの家事能力は相当高いと言えるだろう。


「それ、マナでお湯を沸かせるです?」


「え? はい、そうですよ。このあたりだとどこにもあるかな」


 元の世界でもあるようなお茶ぐらいに使う量を沸かすのに適した大きさのポットのような物。見た目は機械を感じないけれど、やってることは電気の代わりにマナを使ってるだけで一緒だ。ライたちの村でも感じたけれど、獣人だからと獣寄りの文化だけだと思っていると問題になりそうだ。こういった道具が一般的に普及しているぐらいには、技術が高いということになる。


「宿屋さんはいくつかあるからこの後地図を書きますね」


「何から何まで、ごめんね」


 見た目のわりにというと失礼だけど、シアちゃんはすごいしっかりしている。元からこうなのか、あるいは……。そう思いながらちらりと、台所の方で何やら魚をさばいているミャアのほうを見ているとシアちゃんはため息をつきながらティーカップを手にする。


「姉は見ての通りですから。先祖返りなのか猫族の先祖の特徴が強く出てて……語尾も我慢できないそうなんですにゃ。じゃなかった、そうなんです」


「えー? にゃーにゃー可愛いと思うんだけどなー」


「魅力的ではありますわね」


 そんなことをいうフローラたちはなぜか猫舌ですと言わんばかりにお茶を覚ましながら飲んでいる。別に猫舌じゃなかったと思うけど……なりきりってやつかな? 確かに猫獣人に化けているという現状ではそういうのも大事かもしれない。


「そうかな? 旅をしてるとそう思うのかな……でもお姉さんたちも基本にゃーにゃー言わないし……」


「我慢してるのよ。故郷じゃ人間と会うこともあるからにゃ」


 ルビーの言葉に、そうかなあ?なんて首を傾げるところは口調はともかく猫そのものなのは黙っておこう。尻尾や耳もそれに従ってピコピコと動いていて妙に可愛らしいんだよね。すべすべかもふもふか、大きな問題……イテテ。


「むー、ご主人様。触るならジルのだよ」


「あはは、ボクのもいいよー?」


「自分のもいつでも大丈夫なのです!」


 俺がシアちゃんに気を取られていることに気が付いたらしいジルちゃんの……たぶん嫉妬のこもった攻撃を受け、慌てて姿勢を戻した。意外とジルちゃん、力が強いからつねられると痛いんだよね。どうやって操作してるのかはわからないけれど、俺の顔の前に3人の尻尾が躍り出て揺れ始めた。そうなると3人ともお尻を突き出しているような格好になるわけで……。


「猫族と狼族の種族を超えた愛情にゃ! 素敵にゃ!」


「シアー? シアだって語尾が出て来てるにゃ」


 魚の処理が終わったらしいミャアが居間にやってくるなりそういうと、シアちゃんは真っ赤になってソファーに座り直した。ミャアはそんなシアちゃんの横に座り、ポットから残ったお湯を使ってお茶を作ると冷ましながら飲んでいた。やはり猫舌らしい。


「ふう。落ち着いたにゃ。トール達は冒険してるにゃ? ちゃんとギルドに顔を出すにゃ。人間と同じように獣人も依頼を出し合う決まりがあるのにゃ」


「あれ? 俺たちが人間の住む大陸から来たって言ったっけ?」


 カマをかけるような子じゃないなと思っているからこその純粋な驚きだった。慌ててそういうと、ミャアは自分の胸元の服をつまみ、そして俺を指さした。俺の服……? 前にどこだったかで買った普通の服のはずだけど……まあ、鎧は着込んでるかな?


「迷信だってもうわかってるけど、昔はこのあたりじゃ獣や獣人が嫌うって有名な草で染めてあるにゃ。作る人もほとんどいないから……遠くから来たんじゃないかと思ったにゃ」


「すごいわね……いい目利きだわ」


 あまり嘘を言うのは良くないけれど、俺たちはだいぶ離れた場所からここまで旅してきたことにし、だから口調も人間みたいになってるんだということにした。しっかり動くのはもう少し調べてからにしたほうがよさそうだね。


「にゃはは。そうじゃなきゃ1人で魚獲りは出来ないのにゃ! はっ!?」


「もー、お姉ちゃんったら!」


 せっかく誤魔化せたはずなのに、自分からシアちゃんに怒られる材料を提供する形になったミャア。姉妹の騒ぎを笑顔で見ながら、楽しい時間を過ごす。そして、宿も決めないとということで2人の家を後にすることにしたのだ。


「またにゃー!」


「ばいばい」


 元気いっぱいのミャアと、大人しめのシアちゃんに見送られ、俺たちは街の中心部へと向かう。そういえばお金ってどうするんだ? 硬貨が違う可能性は十分にあるぞ……?


「魔物の素材でも売るしかないんじゃないかしら? あ、ほら。カニちょっと売りましょ?」


 村を出る前になんとかして換金しておけばよかったと思いながら、まだ多くの店が出ている市場へと向かう俺たちだった。

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