JD-242.「みゃっ(ちょっ)とした誤解」
「にゃんにゃんにゃん?」
「そういえば今何月なんだろう……カレンダーもないもんな」
可愛らしい声を上げているのはジルちゃん。その頭には猫耳がちょこんと乗っている。お尻にも尻尾がちらり。みんなが着ている服はマナを使って自分達で作ってるから尻尾を縫い付けるようにするのも自由自在だったみたいだ。カラフルな5人の子猫ちゃんがにこやかに歩いている。
巨大ニッパを倒した俺達は、その中にやっぱりというべきか黒い石を1つ見つけて回収。そのまま上流へとさかのぼるところで俺が村長から預かっていた耳とかを思い出したのだ。なぜか俺だけ狼型で、みんなの分は猫だった。耳と尻尾ぐらいしかない獣人もいるらしいから不自然さは全くないらしい。
「もうすぐ夏も終わりじゃにゃいかしら」
「ふふふ、ルビー。別に口調まで変えにゃくてもいいんですよ」
そういうラピスも楽しんでいるのか、さっきからにゃーにゃーと言わんばかりにあれこれつぶやいているのを俺は知っている。でもこうしてみると同じ猫型のわりに個性がある。ジルちゃんはちょっと甘えん坊な感じでゴロゴロ言い出しそう、ラピスはちょっと流し目な感じの妖艶なタイプ。ルビーはフンッって言いそうな感じのちょっと素直じゃない猫、フローラは自由気ままにあちこち飛び回ってるし、ニーナは猫にしては珍しく言うことを聞いてくれそうな……でもやっぱり飛び込んできたりと猫っぽい。
(俺は狼だぞ、がおーってな)
全く魔物にも出会わず、獣もこちらが騒がしいためか近づかずにどこかに遠ざかっていくのを感じていた。途中、川にいる魚を取りたそうなジルちゃんをなだめつつ上流へ。そろそろ誰かに出会うか村でもあるといいんだけど……。
「ニャアアアアア!!」
「!? あれ、みんなじゃないよね」
まさに猫!という叫び声が聞こえて身構えるけど、それは5人の誰かの物じゃあない。命の危機といった感じではないようだけど、放っておくわけにもいかないよね。誰とでもなく走り始め、声の元に向かう。
ちらりと見えるみんなの尻尾が揺れて妙に可愛い……いかん、その辺は後にしよう。
岩場である川沿いを走り続けると、ちょっとした滝が見えて来た。イメージ的には日本の川でアユとかが遡上できなくなってしまった、みたいな高さを想像するといいかな?
横幅は10メートルぐらいはありそうだ。結構な音が響く中……先ほどの声の主は反対側の川岸にいた。
「放すにゃ!」
「ギッ」
声の通りというと変かもしれないけれど、猫耳で髭もあって顔がちょっと毛皮で覆われてる感じの猫獣人が何かの籠を魔物と奪い合っていた。コボルトでもゴブリンでもなく……オークに似てるけどなんだか小さいなっとそんな場合じゃなかった。
「フローラ!」
「おっけー!」
猫獣人がいるのは川の反対側、となれば貴石術を撃ち込むよりは一っ跳びするのが早い。足元の砂を巻き上げるような勢いで2人して飛んでいき、籠を奪い合う2人(?)の横に降り立つ。一応猫獣人が相手のを奪おうとしてるかもしれないって言う可能性を考えた結果だ。
そばに降り立った俺に猫獣人は驚きつつも手を離さない。ところが、オーク側は問答無用でこちらに襲い掛かって来たのだ。これには俺も驚いたが体は咄嗟に反応した。聖剣の腹の部分で殴りつけるようにはじくと、重い手ごたえ。
「ギッ!?」
向かい合い、前に見かけたオークと比べると、明らかに目が違う。このオークは……知性がある!?
俺たちが突然来たことに驚いて襲い掛かってきたのはいいけれど、力の差を感じてびびっているというのがぴったりな様子だ。試しに聖剣を威嚇するように向けると……一目散に逃げていった。
「なんだったんだろうねー」
「さあ……おっと、怪我はない?」
すぐそばで座り込んで籠を抱えたままの猫獣人の子に出来るだけ優しい声をかけて手を差し出す。起き上がる手伝いをしようとしたんだけど……相手は目をまん丸にしてこちらを見るばかりだった。なおも問いかけようと口を開くと……。
「狼にゃあああ!? 食べられるにゃ!?」
「食べないよ!?」
耳に響くような甲高い悲鳴に顔をしかめながら、必死に弁明する俺。気が付けばフローラはしらなーいとばかりにみんなを迎えに行っていた。薄情とは……言うまい。そうしてる間にも猫獣人は俺から逃げようとして、こっちにやってくるジルちゃんたちに気が付き、俺とみんなを何回も見る。
「食べないし、襲わないって」
「……そうやって油断させてあんな小さい子達にいうこと聞かせてるにゃ!?」
相手の言葉に、よそから見たらやっぱりそう見えるのかな?という気持ちが胸に飛来し、俺はなんだか色々と削られた気がして思わずその場に手をついてしまう。いわゆるORZってやつだね。
と、そんな俺の頭の上に柔らかい何かが乗っかる。ふわっとした尻尾のような……っていうか尻尾だこれ!?
猫獣人の子が申し訳なさそうな顔をしながら俺の頭を尻尾で撫でていたのだ。
「にゃにゃ、冗談にゃ。面白そうだからついからかったにゃ」
「それならいいんだけど……キミは街の人かい?」
集まって来た皆にも聞こえるようにと声を出し、問いかけた。最初はきょとんとした様子だったけど、俺たちの格好が旅をしているような物だということに気が付いたのか、ポンっと手を叩く。その拍子に、籠の中身が跳ねた音がした。たぶん魚だ。
「みんなで旅人にゃ? 珍しいにゃ! じゃあ街に行くにゃ。すぐそこにゃ」
願ってもない申し出に俺達は頷き、名前もまだ聞いていない猫獣人についていくことにした。たぶん、悪い子じゃないよね。どこかドジっ子っぽいし、話してて楽しそうだしね。
「にゃーにゃー。ご主人様、ジルもにゃーにゃー言う方がいい?」
「猫族にご主人様と呼ばせる……やっぱりそういう関係にゃ!?」
道中、そんなやりとりはあったものの、おおむね平和だった。彼女の名前はミャアというらしい。本当はもっと長い名前だけど呼びやすいからあだ名みたいなものだと言っていた。猫族の中には同じようなあだ名が多そうだなと思った俺は悪くないと思うんだ。
「トール様、文化を感じるのです」
「結構細かい装飾ね」
2人が言うのは、分かれ道にある看板、案内板のようなものだった。読めないけれど、多分街の名前が書いてあるんだろうなというのはわかる。このあたりは場所や種族が違っても同じような進歩を遂げるのかな?
「選ばれた職人が作るって聞いたことがあるにゃ。もうすぐ街にゃ」
「どんな街なのか、楽しみですわね」
「お風呂あるかなー」
途中、何人かの獣人に遭遇した。それぞれに背負い袋だとかを持っているから、ミャアと同じように狩りに出ているんだろうと思う。ちゃんと畑もあるし、養殖だってしてるらしいんだけど、やっぱり天然が一番とのこと。
「獲って来たのを食べるとふおおおってなるのにゃ。見えたにゃ!」
「大きいな……」
少し丘のようになっている場所を超えた先で、俺たちの目に飛び込んできたのはこれまでに訪れた街に負けずとも劣らずといった感じの大きな街。高い建物はないようだけど、しっかりとした造りの町並みだ。レンガや石の切り出し素材なんかを使った印象が強い。
「アルメニアへようこそにゃ! ウチにまずは顔を出すにゃ。観光はそれからでもいいはずにゃ!」
「よろしく頼むよ」
耳と尻尾を付けておいてよかったな、と痛感するほどに獣人はたくさんいた。普通に町並みの人々が獣人っていうだけで人間のそれと大差ない。もちろん毛深さとかは結構個人差があるみたいだけど……一部の趣味の人にはたまらないだろうね。
「ただいまにゃー!」
「お姉ちゃん、どこに行ってたの!?」
自宅らしい家の扉をあけ、ややのんきな声を上げたミャア。家の中から返ってきたのは……お叱りの声だった。
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