JD-241.「再臨、巨大〇〇」


 新しい出会いへ向けて、村を旅立つことになった俺達。ライとミユちゃんには引き留められたけど、最後には2人とも頑張った笑顔で送り出してくれた。毎度のことだけど、付き合いのある相手との別れはまさに後ろ髪をってところがあるね。


「ご主人様、ジル……決めたよ」


「何を決めたの?」


 もう村が見えなくなったころ、ジルちゃんが珍しくきりっとした顔で握りこぶしを空に突き上げていた。今日からおやつはどれそれぐらいにするって前に決めた時よりも真剣な顔。ジルちゃんも成長してるんだなって感じることが出来て俺はなんだか嬉しかった。それはともかくとして、何をどう決めたのか。


「えっとね。ひこーきみたいにびゅーんってお空を飛べるようになって、みんなに何度も会いに行くの」


「じゃあボクももっと飛べるようにならないといけないなー!」


 具体的に誰、とは言わなくてもわかる。これまでに出会って、別れてしまった人たちの事なんだと思う。会いに行こうと思ったら会いに行ける、そういう状況になりたいってことだ。世界は広いようで狭くて、でもやっぱりすぐに会えそうでも広い、それが世界だ。


「平和になったら、みんなで遊びに行きましょうね、ジルちゃん」


「ラピスの言う通り、みんなでよ」


 その後も、それぞれにああでもないこうでもないと、どんな貴石術ならいいかとか、船を作ろうとか、あれこれと話しながら賑やかに5人は歩く。俺も、前に立ちながらその笑顔にあふれる話を聞いて楽しい気分になっていっていた。


 そうして歩いていると、手の中に持ったままの青い結晶、水晶になるらしいそれから音もなく人型が出てくる。見た目は海辺の水晶のちょっと不思議な精霊と同じような姿。だけどまだ喋らない。まだ生まれたてってことだろうね。周囲をきょろきょろと見渡した後、また中に引っ込んだ。ちょうどいい場所に置けばこれでそこに定着するらしいけどそうそうあるのかな?


「トール様、何かいるのです」


「ワニかなー、ヤドカリかなー」


 2人の声が砂浜に溶けていく。そう、俺たちは海岸を北上している。ニアムルから旅立った俺達は、慣れない土地の森をさまようかもしれないぐらいなら一度海岸沿いに川を目指し、そこから川の上流を目指すと良いと助言を受け、若干遠回りになるかもしれない道を進んでいる。


 そんな中、村長に教えてもらった巨大な獣、あるいはよくわからない不思議な場所を記した地図のポイントの1つがこの先にある。ニーナが感じた何かの気配はそれだと思う。今のところ変な物は見え……見えた。


「カニ? いや、この世界だとニッパか?」


「なんですのあの大きさ……」


「看板よりずっと大きいのです!」


 これまでに出会ったカニ、ニッパも相当でかく、見上げるほどの相手も結構いたわけだが今回のコイツはさらにでかい。ニーナの言うようにあの看板よりはるかにでかいのだ。その体から繰り出される一撃は侮れない威力を誇るに違いない……動ければ、だが。


「ねえねえ、ボクの見間違いかな? あれってさあ」


「そうね、私にもこう見えるわ……岩にはまって動けなくなってない?」


 そんな馬鹿なと誰もが思うだろうね。だけど現実は非情だ。遠目に見えるそのニッパは、川の中にいた。ただし、その川の両岸は砂地じゃなく、岩場だ。良く調べないとわからないけれど、なんとなく誰かが削り出したような感じだった。


 幅にして5メートル以上はある中、ニッパはがっちりとはまってしまっている。もしかして、大きくなりすぎて引っかかってるんだろうか? 前にも後ろにも、当然横にも動けないのか自由なはさみ部分と1対の目が今も動いている。


「ご飯だよ、ご主人様」


「味は大味っぽいけどなあ……まあ、やろっか」


 大きさは段違いとはいえ、何度も倒して文字通り食べ物にしてきた相手だ。これまで通りに倒せばいい、そう思って無造作に足をそちらに向け……その力を感じた。黒い、それだけでも人の頭ぐらいはありそうなニッパの目が激しく動き、なぜか俺達の方を見たような気がした。実際に気配を感じてこちらを見たというのが正しいとその時は思っていたのだが……マナの動きを感じたのだ。


「? 何か……伏せてっ!」


「わぷっ」


 食欲の気配が一番出ていたからだろうか? 俺はニッパのそれがジルちゃんを狙うのを感じていた。咄嗟に彼女の肩を掴んで砂浜に伏せると、真上を力が通り過ぎた。転がるようにして林の側に移動した俺が見た物は、瞳部分から飛び出る光の帯。一言でいえばマナビーム……冗談だろ?


「ひゃっ!?」


「後退をっ!」


 チャージのような時間は長いみたいだけど、その後も何回もマナビームが動かないニッパから飛んでくる。その威力は当たってないからわからないけれど、砂浜が大きくえぐれてるから愉快な事にはならないだろうなと思う。っていうかヤシみたいな木の幹が削れてるし……。


 少し距離を取って見えにくくなると、ようやくマナビームは収まった。そのことに安堵し、砂浜に座り込んでみんなを見る。誰もが驚いた顔だ……そりゃそうだよね。予想外過ぎる。


「っと、ジルちゃん。怪我はない?」


「だいじょうぶ。カニさんお預け?」


 その問いかけに俺はほぼ頷くところだった。実際、あのニッパが旅の目的ではないわけだから危ないことをしなくてもいいならそれでいいだろうなと思っている。貴石があるようには感じないしね。問題があるとしたら、だ。


「あのビューンってのがみんなに当たったら大変なのです」


「避けれればいいけど気が付かない時に撃たれたらねえ」


 そう、ここまで獣人の誰かが来た時に襲われたら大変なことになる。これまで無事だったのは偶然か、何か理由があるかはわからないけれど……楽観はしない方がいいと思った。となれば倒すことになるわけで、作戦会議だ。


「ほとんどマナの塊だったと思うんだけどどう?」


「確かに……見た目は水鉄砲の大きい版という様子ですけど……マスターの言う通りですわね」


「だけどあの威力よ? 少なくとも私の火とぶつかったらこっちが先に貫かれそうね」


 まずは現状と相手の戦力の把握ということで話し合うと、相手が動いてこない以上はあのよくわからないマナビームの対処が必要ということになった。単純に考えると周囲からバラバラに攻め込めばいいわけだけど、一回に一方向にしか撃てないと考えるのも問題だ。


 さて、と思ったところでジルちゃんが何かを握ってうんうんうなってるのを見た。手にしてるのは……あの黒い石だった。移動中、ずっとジルちゃんは石に向かってマナを注いでいた。特に変化が無くひたすらマナを吸うだけの石にちょっと不気味さを感じていたのだけど、取り上げるような真似はしなかった。


「ジルは何か良い考えないのー?」


「最悪の場合、自分が盾を何枚も作りながら突き進むです」


 左右をフローラとニーナに挟まれた状態のジルちゃんが不意に顔を上げた。その手の中の石が……色を変えている。真っ黒だったのがやや濁りのある半透明な……と思ってるうちに完全に透明になった。


「できた。ジルの結晶」


「おお? 貴石とは違うんだね」


 ニッパそっちのけで、俺たちはジルちゃんを囲むようにする。大きな水晶の塊みたいなその姿はとてもきれいだった。まるでジルちゃんがもう1人出てきそうな……1人出てくる?


「そうか。ラピス、出番だよ。幻影を作ろう」


「ああっ、なるほど!」


 あのニッパがどうやってこっちを見てるかわからないけれど、視覚かマナの濃淡なのは間違いない。むしろそれ以外に見る手段が普通はないからだ。熱源というのも考えたけど、少し違う気がした。

 大切そうにジルちゃんが結晶を仕舞うのを確認してから、リベンジとばかりにニッパに近づき……ラピスの手から水蒸気による幻影がいくつも飛び出していく。マナも込めた特別製だ。その結果は……大当たり。


「マスター、私はここで幻影に集中しますわ」


「了解! よっし……みんなでまとめて攻撃だ!」


 ニッパからマナビームが飛んでくる。でもそれは俺たちのいる方向とは違う方向に生み出された幻影をどんどん撃っていくことでこちらにはやってこない。その隙に近づいた俺達は、その無防備に見えるお腹に向けて思い思いに貴石術を撃ち込んだ。


「カニの甲羅鍋……大鍋だよ」


 川を塞ぐようにしていたニッパが倒れたことで、せき止められていた川の流れが巨大ニッパを押し流し始め、慌てて回収に向かったのもいい思い出になるのかもしれない。こうして、俺たちは再び手土産になりそうな獲物を手に入れて、川をさかのぼり始めるのだった。

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