JD-240.「つながる絆」
『そこのでっかい貝殻に少し欠片を入れて……青い嬢ちゃん、ぎょうさんマナを注いでや』
「えっと、こうですの?」
精霊の言うとおりに、シャコ貝のような奴をひっくり返し、水晶の破片、まあ俺が聖剣ですぱっと切ったやだけど……をザラメでも入れるかのように入れ、そこにラピスがマナを注ぎ始めた。精霊はその中をプールで泳ぐかのようにぐるぐると動き始めると……なんだか急に青い水のようなものが殻の中に満たされていく。
「ご主人様、すごいよ」
「まるでマナのスープなのです!」
獣人の兄妹も驚きに口を開いたまま。赤ん坊ぐらいならお風呂代わりに出来そうな大きさの殻の中で、青い液体が回転し続け……なんだかねっとりしてきたような? みんなも興味深そうに見つめている。
『よっしゃ、後は固まるのを待つだけや。こんぐらいに固まるから、それを持って行きぃ』
「えっと、精霊様が宿る依り代みたいなものですか?」
状況的にはそう言うことなんだと思うけど、ちょっと仰々しいというか、これでいいのかな?って気がした。精霊様が動くなら水晶ごと動かないといけないだろうなというのはこれまでの経験からわかっているのだけど……。
『んー、今回は言わば保険なんや。出来上がったのをどこか良い場所に持って行ってもらえれば、そこで精霊がすぐ定着する。そしたらそこで結晶が増やせるんや。さっきの話やないけど、ここも変なのが来るといかんからな』
「じゃあついてくるのはアンタの分身みたいなものなわけね」
「ボク楽しみだなー」
そうやって喋っている間に、殻の中の液体が段々と縮まるようになっていく。気が付けば精霊は水晶にふわふわと戻っていくところだった。まるで出てくる相手とは会うことはない、と言っているかのようだった。
「固まりました……わね」
「ええ、そうみたいね。南国の海の色がそのまま球体になったみたいね」
ルビーの言うように、俺が手に持った球体は握りこぶしほどの大きさだけど心惹かれる輝きを誇っていた。一番わかりやすいのは、拳ぐらいの大きさのサファイア、ってところかな。この大きさのサファイアがあったら大騒ぎだろうけどさ。
「兄ちゃんたちすげえなあ。オレ、精霊様にびびってあんまり話せなかったよ」
「ミユも尻尾ピーンってなってたよ」
俺としては特に感じていなかったのだけど、どうやら精霊は普通はプレッシャーのような物を感じる相手らしかった。そういえば、あの街でも精霊はすごい相手って認識だったね。その割にお守り代わりにと結晶に宿ることもあるあたり、精霊にも幅があるようだ。
精霊は水晶の上に静かにたたずんでいる。俺が見ていることに気が付くと、またねとばかりに手を振って水晶の中に消えていった。たぶん、呼びかけてもしばらくは出てこないだろうなと思った。
「よし、村に帰ろうか!」
「ヤドカリヤドカリ……ヤドカリさんはカニの味?」
「ふふふ、ルビーに焼いてもらいましょうね」
いつものごとく……いや、前にも増して食欲が増しているようなジルちゃんの姿に笑いつつ、ヤドカリを収納袋に粗方仕舞い込む。持って帰りたいという分は手に持って、みんなで村へと向かった。やはり、途中では魔物に出会うことなく、獣の気配もこちらから貴石術で脅かしてやると逃げていった。恐らくは同じ大陸なのに、場所によってこうも違うというのはとても不思議であった。
しばらくして、村にたどり着いた俺たちを出迎えたのは、既に大きなたき火を用意した村の人達と、その正面に立っている村長だった。ライとミユちゃんがヤドカリを持って駆け寄ると、さっそくとばかりに焼き始めるのだった。
「戦士との出会いと、獲物に出会えた幸運に、乾杯!」
力強い村長の音頭を合図に、村中に賑やかさが伝わっていく。こうしてみると、大人になるほどどうも手足や顔が毛皮の割合は増えていく人が多いみたいだ。お爺ちゃんおばあちゃんになると顔もふっさふさだからね。
「楽しんでいるか」
「ええ、おかげさまで」
答えながらも、名前も知らない村人から渡された何かの骨付き肉を一口。うん、やっぱり香辛料のようなものが振りかけられている。それだけでもこのあたりの文化が見えるというものだ。
意識がそちらに行きかけたことに気が付いたのか、村長がどっかりと音を立てて隣に座る。
「街の中にはニンゲンを嫌う者もいるやもしれん」
「そう……ですね。逆にそのほうが気楽かもしれませんけど」
手元の肉が冷えないうちにと食べながら返事をする俺。食事のマナーとしてはよくないかもしれないけどこの場においてはたぶん間違ってないと思う。と、横合いで何かごそごそ村長がしているかと思うと取り出されたのは……獣耳?
「抜け毛を集めて妻たちが作った物だ。本来は怪我等で失った場所を隠すものだが……役に立つのではないか?」
「ありがとうございます!」
なんと、獣耳だけでなく、狩った獲物から剥いだであろう毛皮を使った靴などもあった。獣人はこういったもので自分と違う種族の姿を楽しんだり、怪我で失われた個所を目立たないようにするそうだ。油まみれの手で受け取るのはまずいと思い、適当に貴石術でお湯を生み出して手洗いして受け取る。その姿に村長は面白さを感じたのかなぜか笑い始めた。
「ようし、後は飲もう」
「了解です」
その後はなし崩し的に再びの宴に、っていうか獣人のみんなもどこからか獲物をしとめたようで見知らぬ肉とかが出てきてちょっとびっくりだった。お祭り騒ぎがきっと好きなんだろうなと感じながら、ジルちゃんたちが嬉しそうだからこれでいいかなと思う俺。途中、再び村長にはお酒に誘われ……酔いつぶれるとまではいかなくてもギリギリの状態でようやく寝床に戻ることが出来た。
次の記憶は既に窓から差し込む陽光、つまりはそのまま寝てしまったわけだ。女神様のくれた肉体は二日酔いにはなっていないみたいだけど、なんだか体が重い気がする。いや、むしろ妙に温かいような?
「ん?」
これはおかしい、とよく見るとジルちゃんが抱き付いたままだった。毛布に潜るような形で腰あたりに抱き付いていたから気が付かなかったらしい。いや、この状況で気が付かないほど泥酔してたってことにしておこう。
(この暖かさもマナを使って再現してるだけ……だからって何だって言うんだ?)
出会ったころ、ラピスも言っていた。自分たちの体は俺が混乱したりしないようにと人間を模していると。だから同じように物を食べ、喋ることも出来るけどどこか違うんだと。もし、次に同じようなことを誰かが言ったら黙って抱きしめてあげようと思う。そして伝えるんだ。俺のこのどきどきだって偽物って言うつもりかな?って。だって、俺だって女神様の力によってこの世界に産みなおされた存在、ちょっと中身が違うかもしれないけどみんなと一緒なんだと思っている。
(例え、寿命が人間と違ったとしても何とかして見せる)
そんな感情を胸に、眠ったままのジルちゃんをゆっくりと撫で続ける。くすぐったいのか、時折表情を変えるジルちゃん。その時、ふと気が付いた。ジルちゃんから感じる気配の強さは他の4人よりもなんだか……。
「おはよっ、とーる!」
「おはよう、フローラ」
飛び込んできたのは今日も元気なフローラ。既に旅支度をしましたと言わんばかりにリュックを背負っている。村長から今日は他にも巨大化した奴がいそうな場所を教わり、そこに行きながら別の場所、街を目指そうというつもりだからだ。ちょっと別れが急かもしれないけれど、長くいるとそれだけ別れがつらくなるからね。
「あーっ、やっぱりジルここにいたんだー。一緒にいたのになって思ったんだ。とーる、今日の夜はジル以外とだよ?」
「あはは。わかったよ。くじでも引こうか」
別れの寂しさと、新しい何かへの期待、そしていくばくかの未来への不安も抱えながら、新しい一日が始まる。
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