JD-239.「精霊はどこの地方の人?」



『そっかぁ~、にーさんたちも苦労してるんやなー』


 巨大ヤドカリを解体しながら、俺は肩に乗った青いその相手に頷きを返す。水晶の精霊……のはずなんだけど前に出会った相手とは随分と違う。性別がいまいちわからない感じで、色も青というか群青色。だけど気が付くと薄くなったり緑っぽい青になったりと不思議な感じだ。


「随分とその……カラフルというか、すぐに色が変わりますのね」


『はっはー! 海は女神の涙が注がれたと言われる特別な場所なんや! そんじょそこらの淡水とはわけが違うでぇ!』


 戸惑いのラピスへと、妙に自信満々という様子で声を荒げる精霊。このどこの地方なんだかわからない口調は元々なんだろうか? それとも精霊の声を俺たちがこういう口調に変換して聞いてるんだろうか? ちょっと気になるところだけどそれはそれだ。


「精霊様、最近危ない目にはあってないですか? 俺達、これを内包した変な奴に襲われてないか心配で来たんですよ」


『にーさん、そう簡単に精霊がやられ……はぁ!? なんでそんなモン持ってるんや! 砕くか仕舞うかしい!』


 まるでどこかのおばちゃんのように怒鳴られた俺は慌てて収納袋の中に黒い石を仕舞った。冷静に考えるとこれ収納袋に入れて大丈夫なのかな、マナで拡張してるんだけど……今のところ大丈夫みたいだ。何か生き物とセットじゃないと効果が無いのかもしれないね。


『ふー、不意打ちはあかんわ。びびるもん。え、だから不意打ちだって? そりゃそうやな!』


「トール、よく見えないけどなんとなく話が進んでないのはわかるわ」


「確かに……精霊様、ひとまずは無事なんですね?」


 念押しのような問いかけに、精霊は先ほどまでの笑顔から真面目な顔になって頷くと、何事かを呟いた。耳にマナを集めても何かつぶやいてるなぐらいしか聞こえないのだけど……効果はばっちりだったようだ。


「おお? 私にも見えるぞ!」


「すげえー、精霊様だー!」


「すげー!」


 叫んでる獣人3人は元より、他の皆も精霊が見えるようになったみたいだった。あっさりとそういうことができるあたり、力はかなり強い精霊なんじゃないかなと思う。喋りやテンションにはちょっとついていけないけど……これも個性だよね。


『たまには真面目にいかんとかんね。さて、野生の子よ、人の子よ。そして……貴石の子らよ。先ほどの黒い石は危険なモンや。見つけ次第砕くか、上手いとこ染め直し。半日注げばいくらでも染まるモンや』


「染め直し……なるほど」


「ジル、やってみたいな」


 砕くとか封印する以外に使い道があるというのも驚きだけど、普通の人には無理なことをさらりと口にしてくるあたり、やっぱり精霊は精霊だなって感じた。どうしても精霊である自身を基準に物事をしゃべるんだよね。俺もまあ、人のことを言えないわけだけどさ。


 人間離れしてきたなあと感じる肉体、そしてマナ。そこから繰り出す貴石術は恐らくだけど普通の兵士だったら100人200人でも距離さえあれば余裕だろうね。やるつもりはないけれど、それぐらいになってしまってるのだ。


 他にも色々と話し始めた精霊を他所に、ヤドカリの解体を再開する獣人3人。なんでもまずはやることをやってからという家訓みたいなのがあるらしい。それは見習わないとね。ということで俺も手伝うことにする。


「私も何年かに1度、儀式の際に気配を感じるぐらいだった精霊様をこの目で見られるとは……ライ、いい友に出会ったな」


「うんっ!」


 いつの間にか友達認定されてるけれど、こちらからお願いしたいぐらいだったので問題はないかな。むしろもっと獣人と交流をしてみたいし、情報も集めたい。こっちの大陸でも魔物はいるわけだし、力の強い相手を倒して世界のバランスを取り戻さないと。


「他の村や、あるなら国なんかを紹介してほしいんだけど」


「ふむ。それは構わないが今のままだと問題が出るかもしれんな」


 それはどういう、と聞こうとした時のことだ。 


「なんですって!?」


「ねー、それほんとなのー?」


 いつの間にか仲良く話していたルビーとフローラが急に叫ぶようにして精霊に詰め寄っていた。そばにいたニーナは思案顔だし、ラピスに至っては珍しく険しい顔をしている。それだけのことが起きたということなんだろうか?


 慌てて精霊とみんなの元に駆け寄ると、精霊がジルちゃんにつかまれて前後に揺られていた。っていうかいつの間に触る方法を覚えたんだろう。ジルちゃんは無色だから頑張ればどれにでも触れるのかな? おっとそれよりも今は精霊の方が重要だ。


「魔物さんがいないとご主人様困っちゃうの。だから教えて」


『せ、説明するから手え離し……うぷっ』


「待ったジルちゃん。何か出そうになってるよ」


 細い彼女の手を掴んで抱き寄せると、その表情には焦りのような物。いつもこんな顔をしないジルちゃんにしては珍しい顔だった。そして、俺がさせたくない表情でもある。それはともかくとして、俺が困るぐらい魔物がいない? どういうことだ?


『ふぃー、助かったわぁ。嬢ちゃんは見た目のわりに一番熱烈やな。まあそのぐらいの方がええやろ。っと、改めて言うと、こっちの大陸の魔物はマナをあんまり吸収できへんのや。だから結果としてあんまり強いのはおらん。おってもごく一部やな』


「魔物はってことはライたちのような獣人とかはそうじゃないってことか?」


 ジルちゃんを警戒してか、少し浮いた状態で精霊が俺の言葉に頷く。言われてみれば、オオトカゲやヤドカリの石英の塊はウサギといい勝負、みたいな大きさだった。どちらもオークとかのような大きさの石英があってもいいのにと思う相手だったのにだ。


『そや。だから下手をすると魔物よりほかの生き物の方が強い』


 衝撃的な話だった。でもよくよく考えてみれば、いくら慣れていそうな場所だからって兄妹2人だけで森を出歩いて危険が無いわけじゃない。むしろ危ないと距離を制限するか、禁止してもおかしくないはずだ。だというのにライたちは俺たちと出会った。たった2人の状態で、だ。


『にーちゃんたちが魔物相手じゃなくてもいいって言うんなら手あたり次第……そうじゃないならでっかいところにいって情報を集めるしかないやろな』


「街に行って、ということですわね。道理と言えば道理、むしろここみたいになるのが私たちの目的なのでは?」


「魔物におびえないで済む生活は大事なのです!」


 確かに2人の言うように、最終的には結界が無くたって生活が維持できて、危険はあるけれど危険すぎない……それが平和な光景ではある。ちょっと衝撃的すぎて頭が回ってない気がした。深呼吸をして頭を整える。


 この大陸だと、魔物より獣の方が強いかもしれない。そして魔物からは石英があまり得られない。そんな中に稀に黒い石を内包した相手がマナの集まる場所で巨大化したりじっとしている、と。なるほど、なんでそうなるかは別として、状況に理由が追いついてきた感じだね。


「トール達ほどの戦士であれば、黒い石を持った魔物を討伐しながら街に向かうことも出来よう。後で場所は地図に描いておく」


「ありがとうございます、村長」


 俺がそういうと、村長は戦士への手向けは大事なことだ、とだけ言って先に村に戻り始めた。ヤドカリの解体した物を目いっぱい抱えてだ。やっぱり強いな、村長。後に遺されたヤドカリの残りと俺たちと兄妹。そして精霊。


『ほんとは海の中にいる奴らがいなくなったほうがいいんやけど……人間の体じゃ海の中はつらいやろ?』


「確かに陸地に出てこないと苦戦必至なのです! ラピス1人だと危ないのです」


「ぬるぬる……捕まる」


 一瞬、ジルちゃんの言葉にあられもない姿になるラピスが脳裏をよぎる。ええい、そういうことをしていいのは俺だけだ! っと、思考が外に漏れそうだ。自重せねば。

 精霊の話によると、海の中にも強力な魔物は何体もいるらしい。ものすごく納得した。今後貿易みたいなのを人間がやるにはそれらの討伐が必要だろうね。じゃないと近海だけしか移動できないや。


『よっしゃ。後は自分がどうやってついていくかや!』


 話が終わりかなという時、精霊はそんなことを言い始めたのだ。いつかの水の精霊みたいに、海水?の精霊もここにずっといるのが寂しいんだろうか?

 そんな疑問を抱きながら、俺は精霊と打ち合わせをするのだった。

 

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