JD-238.「見る物全てが食べられるかもしれない?」


 風晶からつながるマナの通路のような場所を抜け、新天地に転移した俺達。そこで出会った獣人の兄妹と過ごす中で俺達は偶然にも泉のほとんどを覆うような大きさのスライムと遭遇する。思うように貴石術の効かない相手だったが、なんとか倒すことに成功し……謎の黒い石が手に入ることになる。


 父親なら知ってるかもしれないという獣人の子、ライの言うように村に戻って石を見せたところなのだが……。


「うーん、わからん!」


「とーちゃん、それはないでしょ!」


 思わず息子につっこみを受けるぐらい、すがすがしいほどの態度でライの父親、村の村長でもある相手は言い切った。すべてわかるとは思っていなかったけど、何もわからないというのもさすがに予想外だった。思わずため息が出たのも仕方がないと思う。


「いやいや、変な意味じゃないぞ? 見たことはあるし、手に入れたこともあるがよくわからんのだ。確かに言い伝えにある悪魔の石だとは思うが、これが何か動くとか、毒になったとかそういう話は聞いたことが無いのだ」


「そういうことですか……」


 実害が無く、何も被害が無いとなれば悪魔の石なんて大げさな呼び名が伝わってると言ってもなんなんだろうか?ってそりゃあなるよね。そこで気が付く。これ自体が直接被害を与えないとして、だ……あのスライムのような相手はいたんじゃないだろうか?


「この石を取り込んでいたスライムが泉ぐらい大きくなってたのよ。そんな感じの変な相手、これまでにいなかった? 道端にこれが転がってたわけじゃないでしょ?」


「確かこれを前に見たのは……家ほどもある獣を倒した時だったな。いやー、あの時は死ぬかと思った。足を1本失ってもひるまないからな……まるで何かにとりつかれてるかのような相手だった」


 やはり、前例があるようだった。話を聞いていくと、大きさが違ったり姿があれこれおかしいので元がなんなのかはわからないような状態だったらしい。この悪魔の石がそんな姿にしたんじゃないだろうか?なんてことを言ってみると、その時のことを思い出したのか慌てて地面に石を投げ捨てる村長がいた。いや、確かに危ないんだろうけどそんな風に投げなくても……。


「……お腹空いてそう。マナをぎゅってやると一杯食べると思う」


「マナを? なるほど……少し見えてきましたわね。マスター、これ……貴石の生りそこないかもしれませんわ」


 どこから取り出したのか、ハンカチのような布で石を拾い上げるラピス。彼女の口から出て来た仮定は俺ももしかしたらと考えていた話の1つだった。この世界において、よくわからない石や鉱物は大体貴石関なんだよね。


「貴石は多くのマナを内包していますの。後はマナを出したり吸収したりといったことにも長けています。でもこれはなりそこない。吸収するにしても限度を知らないんですわ。その上、どこかに穴があるのか周囲にまき散らしますの」


「貴石術を使うか、意識してマナを注ぐときにだけ動く罠みたいなものかな……」


 故意にか偶然にか、これを取り込んだ魔物はマナを求め、あるいは中から出てくるマナの影響を受けて巨大化か凶暴化したりする……仮定に仮定を重ねてる状態だけど一番ありそうだった。ふと横を見るとジルちゃんとフローラはやってきたミユちゃんといつの間にか遊び始めている。いや、いいんだけどね。


「よくわからんが、そういうことであればいくつか心当たりがあるぞ。何匹か、その場所から動かずに過ごす妙な獣がいる。襲い掛かってくる様子でもないし、刺激しない方がいいと思ってな……」


 恐らくは村長の判断は正しい。あのスライムの状況を見る限りは一度巨大化するとあまり動けなさそうだ。多くのマナを得るためならあんな泉にいないで周囲の相手を襲い続ければいいのだから……じっとしてる場所がそこそこマナが流れてくる場所なんだろうね。と、そこまで考えたところでニーナが顔を上げた。表情には焦りがある。


「大変なのです。もしもそんな相手が海岸のアレのそばにいったら……」


「そうね。マナの塊同然よね……」


 何かというと、俺たちがこの土地に出て来た場所である水晶のことだろう。確かに風晶も含めてみんなマナの塊のような力を持っている。吸収するのも簡単ではないだろうけど、動けない相手だ……どうなることやら。


「海に行くのか? 久しぶりに私も魚か貝を食べてみたいところだ。よければ同行しよう」


 一応村の責任者がそれでいいのかな?とは考えがよぎったけどなんとなく、いつものことのような気がした。実際に息子であるライは止めないし、外に出た村長を見ても村の獣人たちは行ってらっしゃいというばかりだった。


「それにしても、トールたちは成りは小さいのに全員戦士なのだな」


「? ジル、せんしじゃないよ?」


「戦う人ってことよ。ま、やりたいこともあるもの」


 海岸からここまでは本来は危険な場所ではないらしく、ついてくるという兄妹を父親である村長は止めなかった。まあ、いざとなれば守る覚悟は俺たちにもあるし、きっと村長にもあるからだろうね。

 周囲を探りながらゆっくりと進んだ行きと違い、大体の様子がわかっている今回はスムーズに進んだ。


 そして……。


「んん? なんだあれは」


「ヤドカリ……?」


 思わずつぶやいた俺だったがそれ以外には表現が出来なかった。いつだったかの虹色のヤドカリとは違い、某狩りゲーに出てきそうな見た目は普通だけど大きさだけがでかいヤドカリがいた。それが何匹もいて、互いに争うようにはさみを甲羅や体部分に突き立てようとしては防いで……と繰り返している。


「しお焼き?」


「少し磯臭い可能性がありますわね」


「食べてみないとわからないよー?」


 小声でそんなことを言う3人。ジルちゃんはひとまず食べないと気が済まないらしい。確か食べられないこともなかったよな、ヤドカリ。美味しいかは知らないけどたぶん大丈夫……なはず。

 反対側を見ると、こちらもジルちゃんたちと同じような瞳でヤドカリを見つめる2人がいる。


「味見は任せるのです!」


「甲羅ごと焼くのってコツがいるのよね……」


 どうやら我が宝石姫の皆さんは食べる気マンマンのようだった。では獣人の3人は?というと村長とライは目を爛々とさせ、今にも飛びかかりそうだった。こちらは戦いがしたいって感じかな?


「今日は幸運だな。嵐の次の日にしか出てこないと言われている者があんなに。ニンゲンの戦士よ、1匹でも多く仕留めたい」


「美味いんだぜ、兄ちゃん」


「そういうことなら、まあ。じゃあ行こう!」


 獣人と俺たちの味覚がどこまで一緒かは何とも言えないけど、まずいということはないようだった。そうと決まればやることは決まっている。貴石解放するまでもなく、それぞれにヤドカリに襲い掛かり始めた。


 しばらくして、合計で8匹もの巨大ヤドカリを仕留めた俺達。捌くのはライたちに任せて、水晶の様子を見に行くことにしたのだ。最初に見た時は寝ているのかと思うような気配だったんだけど……あれ?


「ラピス、何もいないんじゃない?」


「え? あら……確かに。結晶の力は感じるんですけど……マスター、あちらを」


 そうして指さすのはライたちがヤドカリを捌いている方だった。何がと思いそちらを向くと……なんだか知らない影が1つ。半透明でちょっと青くて……って!?


『なぁなぁ、それってうまいん? くえるん?』


 ライたちは見えてはいるけど聞こえていないってところか。キョトンとした様子だった。俺は苦笑しながら、口と耳にマナを意識することで精霊との会話を試みるのだった。

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