JD-237.「所変わって騒動変わらず」
「マスター!」
「大丈夫!」
悲鳴のようなラピスの叫び。そこに混じった感情を嬉しく思いながら、迫りくる水色の何かと組み合う。敢えて切れ味を落とした聖剣越しに睨む相手は……硬い水あめのような姿の異形だった。粘度の高いスライムというのが正しいかな?
「トール、下がって」
「おっけー。そうりゃ!」
背中に感じるルビーの力。直接熱がというわけじゃないはずなのに、なんだかこちらまで焼けそうな気がするから面白い。謎のスライム全体に向けて風をぶつけると形を大きく変えながらわずかに後退する。風を受けている部分はなんとかなりそうだけど、全体としてはそんなに影響がないようだ。
俺が下がったところに、ルビーの放った炎の力が荒れ狂う。さすがに正面から食らいたくはないのか、スライムが徐々に下がっていった。ダメージは今のところあまりないようだ。ちらりと視線をやると、スライムが浸かっていた泉はかなり水位が下がっているのが見える。
(随分と吸い取ったようで……)
スライムを囲むようにみんなの位置が変わっていくのを確認しながら、状況を思い返す。
獣人の村、ニアムルでの歓迎の宴の後、村を散策していた俺達。思った以上に文化的な彼らの姿に驚きつつも、別に悪い事ではないよなと思い直し人々と触れ合っていた。そうして自分のその日の仕事をひとまず終えたライと共に、狩りに行こうということになる。向かう先は川沿いの泉。よくそこに水浴びに来るという獣を狙いとしたのだ。
たどり着いた俺たちが見たのは、妙に静かな泉とその周辺。村の井戸の1つにつながっているというその泉だが……何もいなかった。ライが首をかしげるほどに、何も。泉に近づこうとするライをジルちゃんが引き留める。なぜなら……。
「何かいる。たぶん、泉に」
気配そのものは薄い。ここだという強さは感じないが、どうも周囲に何かがいることはわかる。一番怪しいのは泉だ。だけど今のところ足元とかからも同じような気配がする。数がいるのか、あるいは……。
「らちが明かないわね。見える範囲で散開しましょ」
「ん、フローラ、ジルと一緒」
「じゃあ自分はラピスと回り込むのです!」
驚きからか、緊張した面持ちのライは俺とルビーと一緒にいることとして、2人が左右に分かれて泉を回り込んでいく。鳥の声すら聞こえない静寂。聞こえるのは水の……水?
「そこだぁ!」
咄嗟に周囲を見渡すと、一部だけ泉から水があふれているのが見えた。それはゼリーのカップからゼリーに押されて液体が漏れているかのような不思議な光景だった。泉に見えた部分そのものが、水じゃあないのだ!
俺の手から放たれた小さな雷が泉に当たると、突然起こされたかのように泉が跳ねた。その大きさに思わず後ずさる。なんといっても、泉全体が動いたからだ。泉は結構な大きさがある。それが動くとなると……相当でかい。
ただの水に見えた部分に、ぎょろりと音がしそうな感じで目のような物、口のような物が出来上がるとそれは俺の方を向いた。先ほどの攻撃が俺の手によるものだということは感じ取れるらしい。
そんな相手が襲い掛かってくることで……戦いが始まってしまったわけだ。
「ライ、安全な場所に下がってて!」
「お、おうっ」
俺もやるとわがままを言うかと思ったけど、混乱もあるのかあっさりとライは下がり、近くの木の上に登って隠れた。良い動きだな……さすが狼族というところなのかな。っとそんな場合じゃなかった。
「ちょっと引っ張ろう! 核が見えない!」
「じゃあ私が追い込むわ。トール、何人か解放しておきなさいっ」
フローラの雷だとはじけ飛ぶかもしれないし、ラピスで凍ってもらうのも泉の中じゃあまり意味が無い。かといってジルちゃんに切ってもらったり、ニーナによる岩攻撃も微妙に思えた。そこで一番相手が嫌いそうなルビーの炎でじわじわと追い出してもらうことになった。
逃げられないように周囲に散らばりながらなので、ここは遠隔操作でみんなを解放することにした。まずはジルちゃん、そしてニーナとラピスだ。
「あっ、何もないのにご主人様がいるっ……んんっ」
「これは……動きながらだとなんだか癖になりますわね。ふぅっ」
「うう、足ががくがくするのです。気合なのです!」
なんだかアレを入れたまま運動してもらってるみたいでドキドキするんだよね、コレ。ともあれ、3人とも多少ふらつきながらも三人とも光に包まれて貴石解放を遂げる。ライが見てただろうけど、ばれても困るような状況じゃないからたぶん大丈夫。後ろを振り向けば、木の上からこっちに手を振ってるし、状況はよくわかってるみたいだ。
「よーし、ほとんど出て来たぞ……どんだけ水を吸ってたんだよ」
「まるで家族全員が入った後のお風呂みたいね。まあ、私も記憶にあるだけだけど」
満タンの時の大よそ5分の1ぐらいの水深になっている泉を迂回するようにスライムを追い込み、地上へと押し出した。地面が所々ルビーの炎で焼けてるけど仕方ないね。それももう終わりだ。
体全体が泉から出て来たスライムは……目のような物を周囲に忙しく向けている。何かを探してるのかもしれないし、状況を伺っているかもしれない。でもそれは俺たちにとっては見逃せない隙だ。
「ご主人様! あったよ!」
「よしっ!」
ジルちゃんの指さす先にあるのはやや黒い何かの塊。恐らくは黒ずんだ石英のような物だが……随分と内部だ。みんなの手から次々と貴石術による攻撃が飛ぶけれど、スライムの表面に突き刺さった後途中で消えていく。この感じは……吸収されてる!? いや、刺さったままのもある……あれは岩か!
「下手に撃つともっと巨大化するかもしれない!」
叫んだは良いものの、どうするか……と足元が少しぬかるみにはまった。泉からあふれた水が砂地に混ざって泥のように……これだ。貴石術そのものは吸収されるかもしれないけれど、見ている限り水以外の周りの物は吸収できていない。
「ニーナ! 砂まみれにしてしまうんだ!」
「了解なのです! フローラ、散布は任せるのです!」
「よーし!」
貴石解放済みのニーナの貴石術は少女のままの比ではなかった。俺の前で視界を封じるかのような勢いで周囲から砂や小石が集まりスライムに飛んでいく。フローラの風が混ざり合い、それはスライム全体をまるで黄な粉モチのように覆いつくし……表面では水分が吸収されていくつかの塊となってそぎ落とされていった。
何度も繰り返すうち、気が付けばスライムはその大きさを半分以下に減らしており、周囲の木々よりも低い背丈になっていた。こうなってしまえば核も目の前。みんなの援護を受けながら突撃し、核へと聖剣を突き入れ……風船が弾けるようにスライムはその体を溶かした。
「んー? 黒いのです」
「まっくろ。美味しくなさそう」
俺がライを呼び寄せ、すごいすごいと褒められているその間にスライムの核を確認していた2人がそう感想を口にする。確かに手にしてみると軽いし、随分と黒ずんでいる……石炭とは違うな。太陽に透かすように上に持ち上げてみるけど特に何も変化はない。
「兄ちゃん、それ悪魔の石だ……たぶん。とーちゃんが何か知ってるかも」
真剣な表情のライの発言に、俺たちのもふもふな土地での戦いはさらなる騒動に発展する予感がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます