JD-225.「疑惑の風」



 クライドと一緒に街のそばにいるかもしれないモンスター、衣服をまとい何やら道具も使うというゴブリンを警戒して探索することになった俺達。近隣の街はこの相手と長い間争っているらしく、小競り合いは絶えないということだった。


「爺ちゃんがあいつらは人食いだって言ってた」


「人食い、か……」


 この話がどこまで本当かはともかく、そう思われるだけの行動をしてくる相手というのは確実だと思っていた。人の体にも恐らく石英の結晶があり、その体はマナに満ちている。モンスターがマナを糧に生きるというのは女神様から聞いている世界の循環から言っても間違いない。そうなれば……人に限らず生き物というのはモンスターにとって効率のいい餌・・・・・・なのだ。


 これまでは幸いにも敗北することはなかったわけだけど、元々危険な戦いに挑んでいるということを自覚することが出来たのだった。みんなを守るためなら、腕の1本ぐらいくれてやる……だけど、守り切って見せる、こっそりとそう決心していた。


「あの風車も何か意味があるようなことを言ってたけど、覚えてないや」


「風車ってことは風かなー。台風でも起こすのかなー? うーん」


 なぜか落ち込み始めるフローラをさりげなく慰めてくれているラピスに目で頷き、改めて周囲の観察に戻った。街から歩いて2時間ぐらい。普段なら出歩かない場所ではある……交易用の馬車以外は。スーテッジ国と比べ、街を覆う結界は全くと言っていいほどない状態だ。確かにあるにはあるけど……こちらの国じゃメリットデメリットがよくわかってるのかもしれないね。要所にだけ使うのかもしれない。


 野犬のような相手が時折近くに見える以外、今のところは平和そうに見えるけどこれですめばわざわざ依頼になってないはずである。逆に考えてみよう。敢えて少数でこういった場所に来るとしたら何を目的にして、どうしたいか……。


 深く考えすぎてもいけないけれど、そんなことを考えていた時だった。運よくか運悪くかは議論の余地があるとして、街道の先にある林に気配を感じた。地下で出会った相手によく似た気配……間違いない。


「いた。隠れるよ」


 横にいらクライドを抱えるようにして俺は近くの木陰に駆け込んだ。相手が気が付いていないといいのだけど……。後ろを向けばみんなもその小柄な体を活かしてしっかしと木々に隠れている。むしろ俺がはみ出していそうだけどしょうがない。


「やっぱり何か装備してますわね」


「文化があるってことでしょうけど……どうするの、とりあえず焼く?」


 相手を倒すことは確定しているけれど、何をしに来たかを確認しておきたいところだった。そのため、ニーナ、フローラ、ジルちゃんには後ろに回り込んでもらうことにした。そしてそのまましばらく観察していると……何やら地面を掘っている姿が見えた。

 手にしているのか何か小さな物。力を感じるような感じないような微妙なところだった。しかし、それが地面に埋められた途端、俺たちの目にはその異常がはっきりとわかった。


「マナの流れが変わった?」


「ええ、間違いありませんわ。理屈はわかりませんけれども、陣地を構築してると思うしかありませんわ」


「トール、急ぎましょ」


 置いてけぼりの状態のクライドに背中につかまるように言い、その体を背負う。しっかりと掴まってるように言った俺は、ルビーとラピスと一緒に駆けだした。よくわからないが、このまま放っておくのはマズイ、そう思ったんだ。


「うわわわ」


「しゃべるな。舌を嚙むぞ!」


 俺の本気の速さに驚いたんだろう。首元で聞こえる悲鳴に注意をして、そのまま振り返らずにゴブリンへと駆け寄る。相手もこちらに気が付いて騒ぎ始めるが、もう遅い。駆け寄った勢いそのまま聖剣を一閃。一匹のゴブリンがあっさりと首を飛ばされ、大地に沈む。


「燃えつきなさい!」


 さらに左右から飛ぶ赤と青がそれぞれ炎と氷となってゴブリンを悲鳴を上げる間もなく絶命させることになる。近くに他にいないかはジルちゃんたちが見てくれるはずなので、まずは身に着けていた諸々を確認する。やっぱり何か文化を感じる物だった。縫物であったり、鍛冶の技術を感じる金属製品まである。人間の使う大きさじゃないから流用ということもなさそうだった。


「ご主人様、終わったよ」


「特に何もいなかったのです!」


「逆に暇だったよー」


 3人が合流したところで、クライドはその場に降ろして俺は先ほどゴブリンが何かを埋めた場所に近づいていく。目にマナを集中させると、周囲を流れていたマナの流れが何かにせき止められているかのように乱れ始めているのがわかる。そしてその乱れの源は先ほどの何かが埋まった場所。


 慎重に近づき、聖剣の先を地面に突き入れてスコップのように土を掘り返すと……黒っぽい結晶が出て来た。大きさは野球ボールほど。だけど嫌な物を感じる。最初は特に感じなかったのに、どういうことだろうか?


「えっとね、おなかすいた、もっとって言ってるよ」


「ジルちゃん?」


 いつの間にか横に立っていたジルちゃんが地面を見つめながらそんなことを言って来た。ジルちゃんの言葉を信じるなら、これはマナを吸収していく専用の何かという可能性が高い。そして事実、俺の目に結晶に吸い込まれていくマナが見えていた。地下の地晶を縛っていた縄のような物についていたものと同じように感じる物だった。


「ジルちゃん、下がって。砕くから」


「うん」


 直接触るのもどうかなと感じていた俺はそうして地面に突き立てるようにして聖剣を突き出し、黒い結晶を砕く。すると、やはり地下にあったそれと同じように中からはマナであろう力があふれ、周囲にまた染みわたっていくのが見えた。


「マナを集めて、何か大きなことをしようとしてるんでしょうか?」


「かもしれない。一応ギルドに報告しておこうか」


 もしその通りの事が起きているなら、俺たちだけの手に負えない状況ということもありうるからね。みんなと連携していくべき……そう思ってクライドを迎えに歩き出した俺はふと、北西の山を見た。


(今、何か……)


 それはただの予感。何の理由もない、なんとなくの行動だった。瞬間、山の方から強風が吹きぬけた。突風と呼ぶには微妙な、突然の風。少しよろける程度で済んだけど、その風に嫌な物を感じたと思う。

 ぬめり気のあるような、なんというか嫌な物だったのだ。気のせいか……叫びのような物だったような。


「兄ちゃん、なんか変だったね」


「クライドも感じたの? そっか……」


 嫌な感じはその一度だけで、その後吹いてくる風は変なところはなく、いつもの風だった。たまたまとするには問題のある風。その調査もしなきゃいけないかな?と思いながらも俺達は帰路に就いた。


 街までは問題なく、そのまま依頼完了の報告をしながら俺は出会った相手の事、謎の結晶を埋め込んでいたことなども合わせて報告をした。そこで、俺達以外にも同じような相手に出会った冒険者が複数いることが判明する。なにかあればここで告知をするということだったので、俺たちはひとまずその日の冒険を終了することにしたのだった。


 念のためにと近隣の依頼をこなすこと数日、大きな変化はなく時間だけが過ぎていった。


 


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