JD-224.「水晶と地晶」


『かわいー!』


 今度は誰かと言わずに全員でこっそりと忍び込んだ建物の屋上。前のようにふわりと建物の中から出て来た水の精霊は、自分より随分と小さい地の精霊をぎゅっと抱きしめていた。精霊同士なら触れるのか……謎ばかりが増えるな。


 その勢いに地の精霊側が驚くかと思いきや、なぜか久しぶりに親友にあったかのように笑顔で抱き付き返している。これは、問題ないってことかな? となると地晶をどこに置いておくかだけど……どこかに放置って訳にもいかない。水晶のそばにこっそりとってとこだろうか。


 地の精霊側も、ここまでついてきたからあまり心配はしていなかったけれど、どうやら地上に出てきたかったらしい。地下だといつどうなるかわからないから不安だったんだとか。片や刺激が欲しいということで他者を求め、片や安全を求める……面白いね。


「ねえ、どこに置いておくのかしら? 人間の管理者に説明するの?」


「そういえばこの建物の管理者には出会ってませんわね……」


 水晶、地晶は聞く限りでは結構な貴重品らしい。街中にいきなりあっていいものではないわけだ……正面から説明するのもややこしそうだし、このままこっそりどこかに置いておくのがいいかな? 建物の中なら価値がわかる人なら捨てるようなことはしないだろうし……。


『んー、じゃあひとまず私の本体の上にでものっけましょ』


 妙に人間臭い水の精霊の案内に従い、俺たちはこそこそと建物に屋上から入っていく。今日はニーナの闇に加え、フローラの風を障壁のようにしているから音だってほとんど外に漏れない。後は実際に見つからないように気を付けて進むだけだ。それも真夜中となれば人気も全くない。


「おっきぃ……」


「街全体の水供給をするならこのぐらい、ってことか」


 専用に作られたと思われる金属質の箱に収められているのはミニバンほどの大きさの水晶。よくパワーストーンのお店などで売られてるような山のある水晶をそのまま大きくしたような感じだ。この大きさで街1つを賄えるって逆にすごいよな。

 対して地晶は握りこぶしほど。なるほど、これならくぼみに置いてしまえばわからないか。



それにしても、ほとんど窓がない。離れた場所に一つあり、ぎりぎりそこから光が入るかどうかといったところ。確かにこれだと刺激もほしくなる。


「このへんー?」


「そこなら外から見えないのです!」


 マナを通した声で普通には聞こえないし、フローラのおかげもあって外に漏れないとはわかっていても、大き目の声がみんなから出てくると驚くぐらいには俺は気にしているのである。幸い、警備の人間がやってくるということはないようだ。

 自身の本体である水晶と地晶の上で何やら向かい合って語り合い、仲良く過ごしている精霊2人。俺は窓からの月明かりで照らされる2つの結晶の光を主に見ていた。


 この地方に来て初めて見た不思議な石の姿。これまでの状況から、属性に応じた諸々を生み出す力を持っているようだ。そうなると例えば風を産む結晶や、あるいはずっと明るくなっている結晶なんてものもあるのかもしれない。それらは力を持った宝石、つまりは貴石とは何が違うのだろうか?


 じっと見つめていた俺は1つの仮説にたどり着いた。


「そうか。水晶や地晶は鉱物じゃなく、マナの集まった力の結晶なんだ?」


 改めて大きな水晶の一部に手を添えた俺は、そこから伝わるマナ、その流れ、色々な物からそれを悟った。あくまでも石で、本体のある貴石と違い、水晶たちは力そのものが結晶化してるんだ。


『そのとーり! 私たちはあくまでその場に産まれた力の化身なの。今回は私が水だけがあるのは不自然、本来ならば大地を流れるのが水の役目だから、と地を欲したわけ。ありがとう』


 地の精霊を抱きかかえ、自身の結晶の上から微笑む水の精霊。一人じゃない、ということは俺が思っている以上に彼女にいい刺激となるようだった。一応これで依頼は達成かな?


「ねぇねぇ、お姉さんはどこにいたの?」


「そういえばどこから採取されてきたです?」


 話が一度切れたところで飛び出した疑問、それは俺も知りたいところだった。貴重品と言われる水晶のこれだけの結晶を持ってくるとなると、元々は相当大きいんじゃないだろうか?

 さすがにどこか別の場所で水を供給していた大事な物を強奪してきたってことはないだろうけど……。


『ちょっと待ってね。場所は気にしたことなかったわ……たぶん、北西の方だとは思う。なんとなくつながりを感じるから』


 一番説得力のある話を聞けた俺は近いうちにそこに行ってみようと考えた。というのも地下で出会ったゴブリンもどきが仕掛けていたであろう物、それは結晶から何かを引き出して自分の物として利用しようという意図を感じる物だった。

 今回の仕掛けが初めてだとは思えない。そうなるとあれを仕掛ける先がいくつもあると考えるべきだった。


(人の知らないところで力をつけているかもしれない)


 そう考えると、出来れば潰しておくべきことに思えた。貴石の力とは少し違うようだけど、自然そのものを相手にしているような力という厄介さではどちらも厄介に違いない。何度も人と争っているという彼らがその力を手に入れたら? 深く考えるまでもなく、とんでもないことになるだろう。


 その後も雑談交じりに精霊たちと会話し、いい加減眠くなってきたところで脱出することにした。


「ばいばい」


『次は正面から入れるように我がまま言ってみるわね』


 本気100パーセントな精霊の声に笑顔で答え、屋上へと抜けた俺達はそのまま寄り道せずに宿に戻った。






「意外と……あるわね」


「確かに。普通の討伐依頼かと思ってたよ」


 翌日、俺たちが依頼を確認すると張り紙たちの一角に、街の外での討伐依頼が並んでいた。意識して見てみると、例のモンスターたちと思わしき相手の討伐依頼はそこそこ見つかった。

 こっそり受付の人に聞いてみると、常設依頼のため依頼金は多くないとのこと。街の平和にも直結するからお互い様のような部分があるらしい。確かに自分たちの生活する街を守るための依頼だけど儲けにならないから受けません!では話にならないな。


 遠征のように遠くまで討伐が必要になるものから、近隣のパトロールレベルまで結構幅のあることに気が付いた。近隣の物なら、クライドを一緒に連れて行ってもいいかもしれない。こういう相手がいるんだということを知っておくだけでもいざという時の動きが変わってくるはずだからね。


 宿に戻りクライドと話をすると、彼も前から気になっていたそうなので危険はあるが一緒に近場の依頼を受けることにした。討伐する相手がいると決まったわけじゃないので、何事もなく終わるかもしれないし、危険な目に合うかもしれない……先が読めないから世の中が回るとはいえ、難しいところだ。


「何度も言うけど、危ないと思ったら俺たちの後ろに隠れるんだよ」


「う、うん……」


 男の子としては納得しにくい話であると俺も思う。特にジルちゃんたちは見た目は同じぐらいの子供なんだからね。こういう部分では、実際にみんながそこらの冒険者より強いというのは関係が無い感情の問題なのだ。

 だから俺は微妙な顔をしているクライドの頭に手を置き、乱暴に撫でると目線の高さを合わせて見つめた。


「守られる勉強って思う手もある。この先、護衛の依頼なんかを受ける時が来た時には守られる側がどういう時に不安に思うのか、どう動こうとしてしまうのか。参考になるはずだよ」


 必ずしもそうとは限らないわけだけど、意味を貰うと人はその行動に納得しやすい物だと俺はこれまでの人生で学んでいた。今回はそれがうまくいったようで、最初よりははっきりとクライドは頷くのだった。


「むー、なんだかとーるとクライドがわかりあってるよー」


「男同士の友情……羨ましいですわね」


 そんなからかいとも嫉妬ともとれる言葉に笑いながら、街の外へと向かうのだった。


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