JD-223.「続く争い」



 夜の街に舞う蝶、その止まり木となる店で受けたのは貴重品らしい水晶の確保。偶然にも、この店はクライドの気にする女の子の親が経営している店だった。色々あって無事に水晶は確保でき、この依頼自体は無事に終わった。


「一月……いや、達成できるかも微妙かと思っていたんだけどね」


「まあ、運がよかったんですよ」


 実際、こうして出かけた先に地晶はともかく水晶まであったというのは運がいいという言葉で片づけていいのかと疑問が残るレベルだと思う。それが運命と言い切ってしまうにはこの先が不安なような、楽しみなような……悩むところだ。


「私にも見えるほどの精霊が既に宿ってるとなると、代金が足りないかねえ?」


「んー、俺としては別に追加はいらないかな。この子が宿ってたのは偶然だしさ」


 視線を向けるのは、室内のテーブルの上であっちへこっちへと走り回り、その愛くるしい姿を振りまいている水の精霊(小)。相性みたいなのでもあるのか、クライドにはなぜか登ったり触ったりしている。俺たちが出会った大きい方の精霊は触れなかったのに、だ。


「ジルたちはこの子の事、何もしらないよ? おばさん知ってる?」


「おばっ……まあ、アンタらからしたらそうかい……覚えておきな、女はいくつになっても女だ。せめてお姉さんと呼んでおくれ」


 俺から見てもまだおばさんと呼ぶには早いかなという年齢に見えるけど、少女が娘だとするとそこそこ……いや、これ以上考えるのはやめておこう。ちなみにその少女、名前はサリアというらしいけど彼女は精霊には触れないらしい。というか俺たちも触れないんだよね。


 サリアがここにいるということは店の開店準備をする子がいないということだけど、他の子に任せることにしたらしく、廊下を何人かがパタパタと走る音がする。全部で30人ぐらい所属してるらしいから大きい方じゃないかな? よく知らないけど。


 時間がとれたからか、クライドの隣で精霊と水晶を見比べては楽しそうにするサリア。クライドもまた、そんな彼女を喜ばせようと必死なようだった。そんな2人を微笑ましく見つつも、俺達は水晶、そして地晶について考える。


「カラードとも、貴石とも違う感じですわね。世の中はまだまだ不思議がたくさんですわ」


「敢えて言えば火山跡で見つけたアレじゃないかしらね?」


「なんだい、随分とあちこち行ってるんだね。貴石術の腕は相当なもんみたいだけど……」


 女性の視線が鋭さを増した気がした。母親のそれから、経営者、あるいは大人の物へと変わった顔はひどく真面目な物だった。その視線は俺たちと、それ以外にも見ている気がした。彼女の前で貴石術を使っていないはずなのに、腕前を見抜かれたということは……。


「お姉さんも貴石術士なのー?」

 

「昔……ね。今じゃ自分の店を守るのが精一杯さ。おっと、そういえば代金自体はまだ渡してなかったね」


 そういって壁際の金庫らしい物から金属音を立てながら硬貨が1枚ずつ積み上げられていく。ちなみに金銀の硬貨は重さ、含有率で価値を決めてるらしく、古い時代の物、新しい時代の物が混在して使われてるそうである。取り出されてくる金貨が同じデザインに見えるのは相手のこだわりかな?


「精霊こみで考えるとこれだと手付金程度が相場らしいけど……残りはあの2人の諸々ってことになるのかい?」


「ええ、それで」


 水晶はお守りになるといい、さらに精霊が宿ると持ち主には幸運を運ぶという。ましてや姿を見て、触れるなんてことはめったに聞かないらしい。クライドの素質のようなものが垣間見える話だった。そうして話しているうち、随分と時間が過ぎていることに気が付く。

 聞くことがあれば早めに聞いておこう。後聞いておく方が良いことは何かあったかな?


 ふと、視界に入ったのは壁に置かれたよくわからない装飾品。同じようなのをつい最近見たな。というか地下で出会ったゴブリンもどきの身に着けていた物に似ている。昔の戦利品なんだろうか?


「ん? ああ……あいつらに出会ったのかい?」


「ええ、そうよ。変な連中だったわ。色々と考える頭はあるみたいだし、厄介そうなんだけど」


 ルビーの問いかけにため息1つ、女性はその装飾品、木彫りの像のような物を手に取る。これ自体には力を感じないけれど、彫られたものということは何か意味があるんだろうな。

 大体こういうのは何かがモチーフになっている。部族の英雄や超上の存在、そう、例えば神様のような。


「あいつらは昔から、そう昔から争ってる相手みたいだね。この街だけじゃない、トスネスは国全体で獣のような魔物以外に、あいつらのような言葉がわかるようなわからないような相手と戦って来たのさ。時々、小さな村や街を襲うって聞いたことがあるね」


「話し合いの余地が無い相手とは厄介ですわね。やはり、貴石術を?」


 深く頷いて女性はよくわからない像を元の場所に戻す。代わりに手にしたのはただの棒……いや、鉱石を削り出して整えた物かな?

 まるで魔法のステッキのような……これもあいつらの物かな?


「こういうのを持っているからね。あちこちに拠点はあるんだろうけど滅ぼしたって話は聞かないし、実際にまだまだいるからね。厄介なもんさ。ずっと争い合う運命でもあるのかもしれないね」


 その後の話によると、ここから北西にいったところにある山脈地帯で多く目撃されるのでそのあたりにまとまって住んでると言われてるらしい。

 ギルドにも討伐依頼があるはずだということなので、今度見に行ってみよう。


「あらあら……」


「トール、そろそろお暇しましょ」


 いつの間にか静かになっていたなと思ったら、ジルちゃんとフローラは壁際の椅子でもたれかかるようにして居眠りしていた。無防備に寝姿を見せている2人はそのまま飾っておきたいぐらい可愛いけれど、そうもいかないよね。


「寝ているからかね……起きてた時以上に、力を感じるよ。トールって言ったね。適度に何かで発散させないと、厄介なことになるかもしれないよ。気を付けるんだね」


「発散……」


 帰るべく腰を上げたルビーたちも、その言葉に動きを止める。心当たりがあるようなないような、そんな感じだった。みんなの力を発散させるとなると戦いに出かけなきゃいけないわけだけど、そうそう発散できるほどの難敵はいないんだよなあ。


「難しく考えんじゃないよ。私みたいに女の貴石術士はね、同じ苦労を抱えてるのが多いんだよ。探ってみな。ウチの店の子は半分はそうなんだよ?」


「あっ、ホントなのです! あちこちに力を感じるのです!」


「意外ね……ああ、そういうことなの……まったく、トールには都合のいい話よね」


 ルビーの発言で何かに気が付いたらしく、ラピスやニーナが顔を赤くしていく。ジルちゃんたちは寝たままだからわからないけれど、なんだか同じ感じになりそうな気がする。だって……つまりはそういういことだ。


「ま、その時が来たらこいつらの前で実演しておやりよ。2人をくっつけた責任はくっついて取りな」


「上手い事言ったつもりでしょう!?」


 それからも何回もからかわれたけど、なんとかその場所を脱出することに成功した。背負うと一人しかいけないので、ちょっと大変だけど2人をそのまま前で抱えることにした。首筋に2人の頭がくっつくのでくすぐったいけれどそうも言っていられない。他の人の目があるから誰かを貴石解放するのもね。


「兄ちゃん、ありがとな」


「ん、大変なのはこれからだ。頑張れよ」


 家を出て自立する日はまだ先だろうけど、クライドとサリアの仲は大きく進展しただろう。巡り合いの結果とはいえ、知り合った相手が喜ぶのは俺もうれしい。もうすぐ夜の顔ぶればかりになるであろう通りを足早に抜けて、俺達は宿に戻るのだった。

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