JD-222.「少年の心」



「私の人生で今日ほど想定内の出来事だけが起きてほしいなと思ったことはないよ」


「俺も驚きばかりで……では」


 依頼人と別れ、俺達はひとまず宿で2つの結晶、水晶と地晶の確認を行うことにした。一応この水晶のほうで頼まれていた依頼は達成に出来そうだけど本人(?)が嫌がるかもしれないもんね。それにじっくり腰を落ち着ければ話が通じるかもしれないなと思った。





「なんだかそうしてると2人の子供みたいね」


「うんうん。さっきより2人に似てない?」


「ジルも、欲しいな……」


 宿に戻った俺は部屋にある机の上に2つの結晶を取り出した。するといつの間に中に入っていたのか、そこからにゅるんといった感じで出てくる少女体2人。言われてみれば、最初に出会った時よりもラピスやニーナの面影があるようなないような。


「そばにいる私達のマナの影響を受けてるのかもしれませんわね」


「たぶん、結晶の方を大きくしないと体は大きくならないのです」


 手乗りのペットのように自分の手のひらに乗る少女体を興味深そうに見ている2人。ジルちゃんたちもそんな様子を見てどこか物欲しそう……あれ?

 俺は建物で出会った水の精霊にも触れなかったし、この少女体2人にもあの時触れなかったぞ?


「私には触れる気がしないのだけど、2人はそうやって触れるのね。ますます影響を受けている可能性大ね」


「言われてみれば……なのです」


「うふふ。おしゃれも出来そうですわね」


 このまま同行者が2人も増えるのかな、なんて考えた時部屋がノックされる。気配からしてクライドだ。そういえば桶に水を頼んでいたんだった。ちょっと試したいことがあったからね。


「兄ちゃん、運んできた……わ、ちっこいのがいる」


「ありがとう。そこに置いておいて。クライドにも見えるんだな……素質があるのかもな」


 これまでの話から、精霊は見えない人には見えない。声を聞ける人はさらに稀、ということがわかっている。ということはクライドは最低限マナに関する素質があるのだろうと思われた。貴石術を使いこなすほどかどうかは別として、だ。


「ってことはこの2人が精霊様!? すごい……あ!」


 半ば呆然とした状態でクライドが精霊2人を見ていると、水の精霊の方が何かに気が付いてぴょんっと机から飛び降りると走り出し……クライドの持ってきた桶に飛び込んだ。水は跳ねないが、そのぐらいの勢いだった。


「……くつろいでますわね」


「プール気持ちよさそう?」


「そういうこと……なのかしら」


 思わずみんなして桶を取り囲み、その中で自由に泳いでいる精霊を見る。というかあっちから触る分にはこうやって触れるんだな……知らないことばかりだ。今回この桶に飛び込んだのは恐らく、クライドが風車を使う井戸から汲んできた水だからだと思う。言うなれば故郷の水ってわけだからね。


「クライド、実はこの精霊というよりあの水晶を欲しがってる人がいるんだ」


「そりゃ、貴重品だもんね。実用性もあるし、お守りにもなるっていうし……もしかして?」


 さすがにわざわざこんな話を自分にしてきた理由に思い至ったらしい。恐る恐るという感じで聞き返してくるクライドに頷き、欲しがってるのが例の彼女の母親であることを説明した。というのも俺たちからこのまま渡してもいいのだけど……クライドにやらせたほうがいい、そう感じたんだ。

 だからクライドに、精霊にお願いしてみるように伝えた。


「そっか……なあ、アイツを守ってくれるかい?」


「? ??? !」


 水の精霊は自分を覗き込んでくる1人が真剣なことに気が付いたらしい。クライドのほうを水面に浮かびながら見つめ始めた。そして何かを探るような気配が生じたかと思うと小さいながらも確かな力を感じた。それは俺の目には靄のように感じ、ゆっくりとクライドの顔や首元に伝わり……何かとつながった。


「俺はまだ子供だけどさ、アイツと未来を一緒に生きたいなって思ったんだ」


 言葉としてはひどく説明不足な話だと思う。だけど精霊は言葉より、そこに込められた感情や気持ちを確かめていたらしい。しばらく考えるような仕草をしていたかと思うと、大げさすぎるほどに頷き始めた。

 それを見て俺以外もほっと息をついたのはいうまでもないよね。


「よーし、これで1つ解決! あっ、地晶のほう忘れてた」


「ねちゃってるよ?」


 慌てて地晶の方へ振り返ると、確かに自分の結晶を枕代わりにして寝息でも聞こえてきそうなほどに寝ている精霊がいた。図太いというか、マイペースというか……楽でいいけど、こう……ね?

 常に流れ、姿を変えていく水と違って大地に関連する精霊は皆こうなのかもしれない。

 こちらの地晶も、建物にいた水の精霊の依頼に合致していればいいんだけどな……さすがにあの大きな塊はあそこから動かしたらまずいと思う。あれが全部という訳じゃなく、あくまでこのあたりの自然を支えている1つだと思うけど何事もにバランスってあるもんね。


「起こさないようにそっと仕舞ってくださいなのです」


「おっけー。よっと……ふう。よし、じゃあいこっか」


 どこへ?というみんなの視線が俺を向く。状況的に1つしかないと思うんだけどな……まあいいか。向かう先は花街にあるあのお店だった。まだ日は落ちていないから出歩いてもそう気にはならないだろう。






「そう思った時期が俺にもありました、ってやつか……」


「? どうしたの、ご主人様?」


 服の裾を掴んで歩くジルちゃんの無邪気な問いかけが俺を射抜く。きっとジルちゃんのことだ。俺が調子でも悪いのかと気にしての発言だとわかってるからだった。実際にはまったくそんなことはなく、周囲が既に明るいうちから騒いでおり、少女5人プラスクライドというある意味大所帯が目立ってるなということだった。ここ以外では別に目立った様子はなかったから油断したな……。



「大丈夫だよ。みんな、離れないようにね。絡まれても厄介だ」


「まあ、これだけ人目があるんだもの。逆にそういう馬鹿もそうそういないわよ」


 俺の心配を、杞憂だと一蹴するルビー。確かに言われてみればそうかもしれない。飲んで騒いでる人たちもどちらかというと仲間内で単純に今日の打ち上げといった様子だった。気を張りすぎたかな?


 そうこうしているうちに、クライドの気になる相手のいるお店が見えて来た。もう準備が始まっているのか、外に花籠がいくつか並び始めており、開店準備中というところのようだった。


「あ、クライド君!」


「よ、よう……今日も頑張ってるんだな」


 先手はクライドではなく彼女の方だった。仕事向けな表情から、年相応の顔になった少女の呼びかけにクライドが緊張していくのが手に取るようにわかる。俺も人のことを偉そうに言える立場でもないが……見えないところで背中を軽く押して先を促した。


「お母さんいるか? 兄ちゃんに頼んでた依頼品が手に入ったって言ってくれればわかるよ」


「ほんとに? すごい! すぐ呼んでくるね!」


 開店準備もそこそこに、彼女は建物の中へと駆け込んでいく。ぽつんと残されたクライドがなんだか寂しそうに見えるのは……きっと気のせいだろう。それに彼と俺たちの戦いはこれからなのだ。

 正直、明日の朝の方がいいと言われるかもしれないなと思っていたが……あっさりと部屋に通された。


「なんだい。今日は自分の女を全部連れてきたのかい、スケコマシ」


「ちょっと色々ありまして……全員大事な子達ですよ。それは断言できます」


 からかうような言葉に、嘘は付けないなと思いながら正直に答えると笑われた。そこはごまかしておくのが普通さ、なんて言われながら。さすがにみんなで入るとやや手狭な部屋。そこで俺は水晶を取り出してクライドに渡した。


「? 何のつもりだい?」


「実は水の精霊が既に宿ってるのが見つかったんですよ。そして、彼に説得をお願いしました」


 俺の声が聞こえているのかいないのか、偶然かどうかはわからないけど水晶から精霊が出てくると周囲を見渡した後、自分の結晶を持つクライドを見つけるとよじ登るようにして肩に乗っかると俺たちに向けて手を振った。そして任せてと言わんばかりにポーズをとりはじめたのだ。


「どうです?」


「なるほどね……うん、正直予想以上だ。話を進めようじゃないか」


 花街に夜の蝶が舞い出る前に、そうして俺たちの話し合いは始まった。

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