JD-221.「縛る者、解放する者」



「燃えて……踊りなさい!」


「火の嵐だよー!」


 どこからか差し込む日差し、それはわずかに地下の空間を照らすけれど十分とは言えない。持ちこんだ道具以外には目立った灯りが無い中、ルビーの生み出した火球がかがり火のように周囲を照らす。それに照らし出された異形、あたかも何かの儀式を行っていたような衣装のゴブリンもどきをルビーとフローラ、2人による熱風と炎が巻き込んでいく。


「少なくとも友好的にとはいかないようですわね」


「うん。逃がすのも問題になりそうだ……くそっ」


 ちらりと見えた1体の手にしていた杖のような棒。その先にあったのは間違いなく人の頭と思われる骨だった。古い物か新しい物かはわからない。もしかしたらゴブリンもどきのものかもしれないけれど、こんなものを振り回して襲い掛かってくる相手と仲良くは難しいと思う。


 後ろに通さないようにとそれぞれに迎撃していく中、俺はあることに気が付いた。大穴の底が川かもしれない、なんて言っていたのはついこの間だけど、実際に奥の方に水のきらめきがあったんだ。

 そこには橋の代わりなのか、丸太が数本。間違いなく奴らがここを通るために準備した物になるんだろうね。


「穴の底からこんにちは?」


「何か目的があって奇襲でも仕掛けるつもりだったのかな? 後で考えよっか」


 幸いにも相手の数はそこまで多くなく、見える範囲に対応していくだけで何とかなっていた。相手に弓や貴石術の使い手がいたら少し危なかったかもしれないけれど、碌に飛んでこなかったので警戒自体、あんまりしていなかったのかもしれない。確かに灯りが無い状況じゃ何も見えなかったからね……。


「トール! でかいのがいるわ!」


「ラズか!? でかいな……こいつらが操ってるのか……」


「なんてこった。私が見た中でも最大だ」


 後ろからかかる驚きの声が目の前の相手の異常さを表している。B級映画に出てくる巨大蛇の親玉って感じの相手が暗闇に目を赤く光らせてるんだ……ちょっぴり怖い。だけどここで無様な姿を見せるわけにもいかない。聖剣を構え、みんなの前に躍り出る。


「目くらましなのです!」


「風よ!」


 広さは多少あると言っても地下空間。そこに吹き荒れる風はニーナの手により生み出された小さな砂を巻き込み、俺達の後ろからゴブリンもどき、そして巨大ラズへと向けて威力を発揮した。俺自体はちりりと何か痛いなってぐらいだけど正面から受けた相手はその程度では済まない。


「マスター!」


「このぉ!」


 目つぶしにうろたえるゴブリンもどきの脇を抜け、のたうつ巨大ラズの目の前にやってくる。まともに戦えば厄介この上ないだろうなと思える相手だが……今回はタイミングが悪かったね。遠慮なしに聖剣の切れ味を上げ、首だと思う付近に聖剣で切りかかり、切り落とす。

 体液と思われるものが嫌なにおいを発するのを回避するように下がると、自分たちの戦力が減ったことを自覚したであろうゴブリンもどきたちが逃げ出そうと腰を浮かせ始めるのがわかった。


 その時だ。


「かえっちゃ、だめ」


 闇の中に、白があった。きっと俺が巨大ラズを仕留めることを全く疑っていなかったんだろう。ジルちゃんがいつの間にかゴブリンもどきが逃げ出す方に陣取っており、両手には透明な刃を生み出していた。悲鳴すら切り裂くように、ジルちゃんの刃が踊り……沈黙を産んだ。


「お疲れ様、ジルちゃん」


「ううん。みんな一緒だから……頑張った」


 体についた汚れを貴石術による水で洗ってあげながら声をかけると、そんな風に謙遜された。またデートとは違うかもしれないけど、お出かけしてあげたいなと思った俺だった。


 相手の追加がなさそうだと感じた俺は依頼人たちも呼び、川らしき場所を確認に行くことにした。長い年月をかけて地面を削り、こうなったんだろうなと思うとただの水の流れなのに歴史を感じる気がする。遠くから流れてくる大元の方は岩壁に空いた穴からだからそこには入れないけど……下流のほうにはそう作りましたと言わんばかりに歩けそうな洞窟がある。


「どうします?」


「あいつらがいたからね……何もないとは思えない。追加料金は出すよ。頼めるかい?」


 俺はあっさりとその申し出に頷いていた。なぜかというと、この洞窟の奥に感じたんだ。あの建物で出会った水晶の子のような気配を。状況的に地晶か、水晶があるんじゃないかなと思えた。みんなと改めて陣を組み、ゆっくりと洞窟に入っていく。地下にあり、さらに川がそばにあるせいか随分と冷える気がする。


「この場所も含めた大穴はいつからあるか不明なぐらい古い物でね。伝承によると最初はただの盆地程度だったそうだよ。それが徐々に深く、大きくなり……ある日、半分ぐらいが陥没して今の大穴になっていったそうだ」


「半分ぐらいから崖になってるのはそのせいなんですね」


 こうして口に出した声も反響してよく聞こえない時がある。この先に何かが待ち伏せていたら危ないなと思うのだけど、今のところは嫌な気配は……まあ、変な気配はあるんだけどね。

 そこに近づくほど、何かを感じる。たぶんこれは俺だけじゃなく……。


「トール様、何かいるのです。うーん、従姉妹みたいな……少し違うような」


「私もですわ。たぶんルビーやフローラ、ジルちゃんは感じないと思いますの」


 何かを感じているのはニーナとラピスのみで、他3人は特に感じていないという。3人とも首を振ってるし、間違いなさそうだね。そうなると属性的には間違いないということになる。問題はどんな状況か……その答えが視界に入って来た。


「……縛られてる?」


「見てくださいなのです! ちっこいのがいるのです!」


 暗闇にほのかに光る塊。それは大きな、とても大きな水晶体だった。色は茶色。つまり地晶……かな? 脈動するように光り、マナをまとったその水晶体を何かが縛っている。自然の物ではなく、明らかに人工物だ。あのゴブリンもどきがやったのかな? 何のために?


 ニーナの叫びにそちらに視線をやると、みんなの膝ほどの背丈の人型、茶色と青色の何かが必死な姿で水晶体を縛っている何かを叩いていた。状況的には助けようとしてるような……たぶん、あってるよね。

 そのそばにはこぶし大のそれぞれの色の結晶体。依頼人たちを見ると驚いた顔をしている。


「あれは……精霊? 初めて見る」


「たぶんあのよくわからないのが悪さしてると思うんでちょっとなんとかしてきますね」


 出来るだけ大げさに、小さいの2人がすぐにわかるように堂々と俺は歩き出した。すぐ後ろにはラピスとニーナ。よく見ると地晶のそばに同じような大きさの青い水晶がある。大小2つずつとなると大きいのから分裂したのかな? 貴石とは違う、不思議な鉱物。これまで出会わなかっただけで、自然豊かな場所にはあちこちにこういうのがあったのかもしれないね。


『! ……!(パクパク)』


 こちらに気が付き、何事かを叫ぶ様子の小さい2人の姿に俺はマナを耳と口に集中させた。いつかの屋上で出会った水の精霊と話した時と同じ状況だったわけだ。徐々に耳に届く岩の呼吸、川の声、風の音。そして、俺の口からは精霊には聞こえるであろう声が漏れる。


「大丈夫。なんとかするから」


 試してもいないのにと思う冷静な自分がいる中、俺はどこかすっきりした気持ちで聖剣を握り、結び目のように固まっているところに刃を滑らせた。大した抵抗もなく、切り裂かれる何か。その一角にあった何かの器のような物がしばらく強く光ったかと思うとその中からはマナが凝縮されたような力があふれ……周囲に溶けていく。


「アレで何かをため込んで、悪さをしようとしてたみたいですね」


「そう考えるのが妥当か……この地晶がこの場所を支えている源か……何も見なかったことにして封印という訳にはいかなそうだ」


 そこは街の管理者にお任せしますよ、とつぶやいて俺は地晶、そしてその奥の水晶を見る。どちらも見ているだけで神々しさとは違う何かを感じる。例えるなら大量の水が落ちてくる滝を眺めているような、そんな感覚だ。


 大きい方の結晶を縛っていた物が無くなり、周囲の様子が恐らくもとに戻ったのを確認していると、視界で小さい方2人が何やら手招きしている。そちらに近寄ると、小さな結晶体を指さしながら何事かを口にしていた。まだ言葉にならない、意思のような物が伝わってくる。外に出たいって言ってるような……。


「これ、持ってっても大丈夫ですかね?」


「本当は資料に確保したいが……うん、私たちは何も見なかった。追加の報酬はそれでいいかい?」


 願ってもない申し出に俺は頷き、小さな塊を2つ手に取って収納袋に仕舞い込む。と同時に小さな2人とも収納袋を覗き込んだかと思うと入って行ってしまった。


「あ。入っちゃった」


「あらあら……」


 慌てて取り出そうとするもつかめない。どうやら出てくるのが嫌らしい……なんだろう?

 悪い事じゃないだろうけどこちらからは触れないからなあ……。


「言いたいことは色々あるが、ひとまず依頼は完了としよう。地上に戻らないかな?」


「わかりました。ニーナ、この辺軽く塞いでおいて。またあいつらが来たら大変だ」


「了解なのです!」


 こうして、俺達は大自然の諸々を感じる依頼をとりあえずは完了とするのだった。

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