JD-226.「始まりの風」
「これとこれ、依頼先が同じですわね。大元は同じものが原因でしょうか?」
「物資のうんぱんと、かいぶつ退治? ご主人様、ジル……気になる」
不気味なゴブリンたちに遭遇して数日後、俺たちは今日も依頼を探して街に出てきていた。とはいえ、そうそう中身が変わるということもなく見た限りどうせどれを受けても大差ないように見えた。であれば何か引っかかるというジルちゃんのカンに頼ってみるのも面白いと思った。みんなも異論はないようなので2つの依頼を受けることにする。運搬するのは……鍛冶道具と矢じり?
「開拓村の1つなんですよ。有望な試掘結果のある山が近いんですが……まあ、魔物も多いわけで」
受付の人曰く、修理も頻繁には行えず、補給もそう多くない……そんなところらしい。優先度は高いらしく、他の依頼より若干依頼金も上だ。さらに保証金を払うと運ぶ量と報酬も増えるのだとか。持ち逃げする気はさらさらないので遠慮なく保証金を支払った。結果、記載より5倍ほどの荷物を運ぶことになった。馬車を用意しようとするギルド側に断りを入れ、隠れて一部を収納袋に仕舞って見せる。
ちなみにクライドは安全を考えて自分でやれる依頼を受けてみたいと言い出したので今日はそれを尊重している。ここで無理をして難易度の高い依頼を受けに行くようなら遠くない将来、痛い目を見るだろうし、ちゃんと見極められるなら十分成長したともいえる……と思う。何より、彼女が出来たんだからあの子を悲しませるようなことはすることはないと思いたい。
恐らく数日かかるということを宿に伝え、部屋は確保してもらいながら俺達は依頼先へと出発するのだった。
「今日は風が強いな……」
「わぷっ、ほんとだねー! どうする? ちょっと風で覆っちゃう?」
ちょうど向かう先から吹いてくるので時折息がしにくいほどの強風だった。試しにフローラにお願いすると、透明なヘルメットでも被っているかのように風の影響を受けなくなった。ラピスのスキルと合わせると、どんなガス地帯でも平気だよとのことだった。
「ご主人様、何かいる……たぶん、敵さん」
「っ!?」
静かに短剣を構え、周囲を警戒し始めるジルちゃん。俺も聖剣に手をやり、周囲の状況を伺う。言われてみれば、強風の影響が無くなったはずなのに感じる何かの気配というか圧迫。ここは街道ど真ん中、駆け寄る範囲には特に何も……いや、いたっ!
「右の林の奥!」
叫んで聖剣を振り抜くのに合わせて風の矢を選んだ。見えにくいから避けるのも難しく、森も焼くこともないちょうどいい物だと思ったんだ。狙い通りに俺たちの目には見える風の矢が飛んでいき……途中で消えた。
(え?)
不発。そう考えるしかない異常な結果。驚いている隙に気配の主はどこかへと逃げてしまった。みんなも俺が放った貴石術の結果に驚いている。慌てて俺のところに集まり、突き出したままの聖剣を見つめている。
「貴石術が何か影響を受けている……?」
「特に気だるい感じは受けませんわね。ルビー」
「ええ、やりましょ」
呆然としている俺の代わりに、ラピスとルビーがそれぞれの手のひらに水と火を産み、その結果を確かめている。何もないところに攻撃を意識して撃ちだすとそれは想定通りに威力を発揮し、地面をそれぞれ砕くようにさく裂した。
「ええーいなのです!」
「んっ」
そしてニーナ、ジルちゃんもそれぞれに生み出した岩の槍、水晶のような短剣は問題なく発動し、その威力を発揮した。残ったフローラは……真剣な表情で両手を突き出し、風を生み出す。
最初はいつものように力を発揮していた風だったけど、遠くに行くと急に掻き消えるようにして無くなってしまった。
「うう、どうしよう……ボク、役立たず?」
「そんなことあるわけないじゃない! そうでしょ、トール!」
先ほどの補助的な貴石術は力を発揮しているけれど、遠距離攻撃ができない状況にショックを受けたのか、フローラの体が震え始め、その小柄な体を同じぐらいの体格であるルビーがしっかりと抱き留める。
赤い瞳の視線に俺は頷き、震えるフローラの手を掴んだ。
「大丈夫。理由はあるさ。それをなんとかしよう。ひとまずは依頼を終わらせてからすぐに探しに行こう」
「うん……」
周囲ではなおも風が吹いている。その風が吹く先はランドリア。例の風車達はこの風を受けて水をくみ上げ、きっと小麦粉なんかの処理をするんだろうね。俺も詳しくはないけどこういうのは無駄なく使われているはずだ。それにしても、これまでこんなに強風が続いた日があっただろうか?
まるで冬の空っ風が吹く日のように時々弱まるけれど大体強風のまま。
元気のないフローラの手を握ったまま進むことしばらく。ほぼ予定通りなのに、妙に時間がかかったように感じる中、目的地である開拓村らしき木の杭で出来た壁が見えて来た。だいぶ前に薬師のお爺ちゃんを送り届けた先のような村だ。確かにすぐ向こうに山が見え、そのすそ野は村の近くまで広がってるように見えた。
「誰だ!」
「依頼を受けて来た冒険者よ。なりはこんなだけど……」
どうせ後ろの子供はなんだと言われると思ったのか、俺が答えるより先にルビーが返事をし、相手が面食らうのがここからでもわかる。まあ、予想外と言えば予想外だよね。そのままだと押し問答になるかなと思った俺は収納袋から適当に物資をいくつか取り出して見せた。
「まだまだある。通してくれないか?」
見張り台から見下ろしている相手にそういうと、困惑の表情のまま頷きが返ってくる。そしてゆっくりと開く扉から俺達は中に入った。規模は思ったより大きい。建物も結構あるし、生活はしっかりしているように見える。食料もなんとかなっているんだろうか……。
「見てくださいなのです」
ニーナに言われて見た先には、狩りの獲物らしい動物たちが手際よく処理されているところだった。一通りのこういったサイクルがある場所からのわざわざの討伐依頼ということは相当厄介な相手かな?
案内を受け、物資の受け渡しと依頼完了のサインをもらう。こちらはただ出して確認してもらうだけだから楽な物だ。問題はもう1つの依頼の方だが……冒険者、あるいは戦士に見える人は結構いるように見える。彼らでは対処できないクラスのモンスターがいるのだろうか。
「私達、討伐の依頼も見て来たんですの。詳しくは現地でとありましたけど……」
「ああ、それは実のところ、本当に相手がいるのかはわからないんだ」
(わからない? 目撃例がないということだろうか?)
疑問を浮かべながらも聞いた話によると、目撃者によって話の中身が全然違うということだった。
片や無数のカラフルなゴブリン、片や巨木のような大きさの巨体、動きも空を飛ぶように不気味な物だったりと様々だ。
「まだ襲われていないから助かってるが、仮にみんな本当だとしたら恐ろしいことなんだ……」
「なるほど。ひとまず見回りからやってみますよ」
宿代わりに空き家を紹介され、俺たちは今日はひとまず休息にすることにした。フローラ、そして俺の風の貴石術に問題があるということで変な動揺があるといけないからね。
「とーる、明日はボクを必ず連れてってね」
「フローラ、あまり無理しないでいいのよ」
心配そうなルビーの声にフローラは首を振った。こちらを見てくる瞳には、力がある。何かの意地というわけじゃない……のかな?
自然とみんなもフローラの方を向いて次の言葉を待つ姿勢になった。
「さっき聞いた色んな相手、多分ボクも同じことが出来ると思う。だから、なんとかなるかもしれない
」
ピンチに負けてたまるか、そう言いたそうな顔をした強い女の子がそこにはいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます