JD-219.「大地の大穴へ」


「状況を整理いたしましょう。上手くいけば同時に終わりそうですわ」


「うう、むずかしぃ……ジル、よくわかんないよ」


 ニーナとの深夜デートを視線で問い詰められた翌朝、俺達はクライドと出かける前に状況の確認と優先事項の確認を行うことにした。まずはクライドを鍛える……正しくは自立できるようになれば一番、ぐらいだ。次に街に水を供給している不思議な施設の中にいた水晶の精霊から頼まれた地面の下の方にある地晶の子を連れてきてほしいという物。そして、夜の街にいるクライドの想い人の親から受けた天然の水晶の確保、だ。

 それ以外にも俺達自身の目的もあるにはあるけれど、つながってるような気がするから同時にこなせそうかな?


「ニーナ、ラピス。アンタたち、下に声を感じるって言ってなかった?」


「はいなのです。声というか、泣き声というか……遠いからちょっとよくわかんないのです」


「私もですわ。近づけばわかると思いますけど……いずれにしても、最初の目的地は決まってますわね」


 俺も話を聞きながら、落石から助けた人たちのことを考えていた。あの人たちはかなり下の方にいた……目的は調査とか言ってたけど……ふむ。あの時には俺たちが現場に行って何か変化があっても怖いなと思っていたけど、そうも言ってられないかもしれないね。


 さりげなく掘る場所の確認をしながら下の方、あるいは離れた場所に降りていくための許可を確認してそういう依頼があればそれを受け、無ければ……こっそり潜ってしまおうか。水晶の子がいることは管理者も知っているはずだからそこから……いやいや、なんで知ってるんだ?ってなるからこれはダメか。


「とーる、大丈夫! なるようになるよ!」


「フローラ……そうか、そうだよな」


 いつもの笑顔での励ましに、根拠はないけれどなんだか元気をもらった気がした。それに、地下に何か悪い物が封印されていました、とかではないだろうから何か壊すとかしなければ大丈夫……たぶん。様子だけ見てささっと戻ればいいのだ。





 そうこうしているうちにクライドと出かける約束の時間になったので、今日も6人プラス1人というやや大所帯で街に出て依頼の確認に向かう。一緒に歩くクライドも最初と比べるとなんだか慣れた感じだ。おどおどした感じが消えて、やるぞと気力に満ちている。経験上、と言ってもいわゆるネットゲームとかでの経験も含むけど……こういう時が一番危ないのだ。


「クライド。今日は剣を使うのは禁止ね」


「なんで? 俺だって、目の前のを斬ったり、刺すぐらいはできるよ!」


 納得がいかないのか食い下がってくるクライド。気持ちはよくわかる、本当にね。だけど、ほら……すでに実力がついてきた弊害が出てきていると思う。何かというと、目的がずれてきてるんだ。クライドの目的は強い冒険者になることじゃないはずなのだ。


「足元がお留守だとすぐこけちゃうよー。クライドの目的は強くなることじゃないんだよー?」


「え? あ……」


 ギルドへの道の途中で、手にした鉄剣の鞘を握ったまま下を向くクライド。自分が出来ることが増えて、楽しいというのはよくわかる。だけど、俺たちと違って彼はそこが目的ではないのだから考え方には注意しないといけないわけだ。要は稼ぐために今、俺たちが一緒にいるのだから戦って稼ぐだけが手段ではないんだよね。


「ま、強くなれば稼ぐ手段が増えるのも間違いないわけだし、要は使い分けよ。トールを見てみなさいよ。私達をとっかえひっかえ……そのぐらい気持ちの切り替えは出来るようにならないと」


「それ、褒められてるのかな……?」


 そのうちクライドの俺への視線があこがれとかそういうものから変な物を見る目にならないかが心配だった。普通じゃないのは自覚があるけど、うん。本人達に言われるとすごいショックなのはなんだろうね?


「? ご主人様は優しいよ?」


「そうだよねー?」


 ジルちゃんの髪の毛を風でふわふわと舞わせて遊ぶフローラに、成すがままに首をかしげるジルちゃんというなんだか不思議な光景を引き連れて、俺達はギルドにたどり着く。既に出入りは激しく、今日の稼ぎのために出かけていく冒険者たちが見て取れた。


 扉をくぐり中を伺うと、いつもと変わらない活気だ。逆に言うと、依頼内容も代り映えがないのかもしれない。それでも見ないことには始まらないということで手分けして確認をしていく。多くが特定の素材の採取、採掘。恐らくはここで仕入れもするんだろうね、人が持ち歩くには無理がある重量の要求も結構ある。


「兄ちゃん、これなんてどう?」


「どれどれ……うーん、強さはそうでもないけど数をちゃんと集めるのは大変だと思うよ」


 クライドが見つけてきたのは彼でもなんとかなるかもしれない相手が多い。たぶん、自分が出来るものはないかって無意識にか意識してか考えて探してるからだと思う。だけど、何かあった時を考えると依頼は多少自分の実力より下の物を選ぶのが確実……だと思う。ぎりぎりだと緊急に対応する余裕が無いって言い換えることが出来るからね。


「そっかー。あれ、兄ちゃん。受付の人が手を振ってるよ?」


「ん? 俺に用かな……」


 言われて振り返ると、カウンターにいる壮年の男性が小さく俺達の方に向けて手を振っている。試しに自分に指を向けてみると頷かれた。どうやら間違いないようだ……何かしたかな。まさか、建物への侵入がばれた!?


 いつでもクライドを抱え、みんなして逃げる覚悟をこっそりと決めながらカウンターに向かうと、人気のない隅っこの方に案内された。依頼書の貼られている入り口や中央からは離れた場所で、普段ここには人がいない場所だった。

 気が付いたジルちゃんたちを背後に引き連れ、案内されるままに椅子に座って向かい合う。中途採用とかじゃなければ、ここの勤務が長い人ということになるわけだが……。


「最近この街で活動を始めた冒険者に頼みたい仕事があってね。どうかな」


「話は聞いてみないとなんとも。自分達にも都合がありますし……」


 正直、これ以上抱えると何か取りこぼしが出そうで怖いんだよね。だけど、次に男性から差し出された手持ちサイズの黒板と、そこに書かれた内容に俺達は目を奪われた。


─採掘場にある亀裂の確認と調査への同行


 簡単に言えばそういう内容だ。内容はわかったけど、なんで俺たちに来たんだろうか。街に関して重要なことだ。よそ者の俺たちより慣れてる人の方がいいような気がするけれど?

 実際にそう問いかけると、男性は首を振った。何か理由があるらしい。


「場合によっては採掘場所の変更も考えなくてはいけない。そうなるとこの街で生活している人では情が沸くかもしれないんだ。ここはアイツが稼いでる場所が入ってしまう、とかね。それを防ぐにはそういったしがらみのない第三者が絡むことが望ましい」


「なるほど……わかりました」


 ちょうどどうやって奥へと行こうかと悩んでいたところだ。ちょうどいいし、何か見つかるかもしれない。

 問題はクライドを置いて行くことになることだけど……クライドは仕方ないよって顔をしていた。

 小さい頃から手伝いをしてるせいか、この辺は大人びている。

 速くできるだけ片づけるよとだけ言って、予定を変えて俺達は採掘場のある地面の大穴、その一角に向かうことになったのだった。

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