JD-217.「半透明な彼女」


『あはははは! そっかー、優しいんだねキミたちは』


「そうでもないよ。自分たちのやりたい事ばかりやってるよ」


 大きな建物の屋上で、夜の闇と月明かりに彩られた中、俺とニーナは何やら半透明の少女と語り合うことになっていた。実際には声を出すのではなく、マナに意思を乗せるという話し方らしく周囲には聞こえる心配が少ないのだとか。


『キミたちぐらい貴石術に通じた人なら聞こえるかもねー。姿は見えても聞こえる人がなかなかいないんだけどっ』


「お姉さんは幽霊さんです?」


 まだびっくりした様子で、目をパチパチさせながらのニーナの問いかけ。そう、俺もそれが気になっていた。なんとなく、俺の知っている幽霊とは違うような違わないような……そもそも幽霊が実在するのかは謎であるが。異世界があって魔法のような貴石術があり、ニーナたちみたいな存在がいるんだから幽霊の1つや2つ、実在したところでさらにおつりがくるだろうとは思う。


『幽霊? あー、人間のいうお話のかー。違うよー、私は……水の精霊って言った方がはやいかなー』


「ということはこの建物の?」


 ちらりと下、多分水を生み出す装置があるであろう方向を見る。こうして確認してみると、確かに建物の中の何かの気配と目の前の少女は似た気配を漂わせている。不思議ばかりだけど、聞いておくべきことはある。


『うんうん。この前から気になる気配が感じられたからー、会いに来たの! よかった、この建物に来てくれて。外には出られないからねえ……』


 そういってしょんぼりとうつむきかける少女。彼女の話の通りなら、装置に縛られているか、端末のようにこの少女の姿を飛ばしているということになる。もしかして、たまに聞こえるという悲鳴は……!

 頭に浮かぶのは望まないことを無理やり縛り付けられることでやらされているという幼気な少女の姿だった。


『よくわかんないけど、違うよ? 私、苦労してないから』


 手に力が入ったのがわかったんだろう。ニーナも少女も俺の腕を見て……少女は慌てて手と首を横に振った。無理やりじゃ……ないようだ。


「トール様、自分もそうですけど、役目があるというのは嬉しい事なのです」


『そうそう。私の役目はマナを通して水を生み出すこと。この世に水晶(すいしょう)として生まれて、精霊になれた私は水を生み出すのが生きがいなの』


 こんな感じ、と言って目の前で少女は指先から鉛筆ほどの太さの水を生み出して見せた。それは屋上の床に落ちて染みとなり、暗闇を一層濃くする。幻覚ではなく、確かに水の様だった。


「俺達、この建物で時々悲鳴が聞こえてくるって聞いたんだ。水の出が悪くなったころにちょうどって。だから何かあるんじゃないかなってさ……」


「正直にいって、誰かが虐待されてたらどうしよう!って思ってたのです」


 まさかの正体にやや脱力気味の俺たちのつぶやきに、少女は何やらうめくようにして押し黙った。その顔は暗い。まさか、やっぱり何かされてるんじゃないだろうか? 精霊だとか水晶がどういう物なのかはよく知らないけど、こうして喋る存在ということはジルちゃんたちに近いはず。そんな存在を虐待する!?


『わっ、すごいマナ。おっとっと、だから大丈夫。ひどいことはされてないよ。むしろ私の方がわがまま言ってるかも』


 どうやら俺の感情とマナが連動し、感じられるぐらいに高まってしまったらしい。慌てて広がりかけたそれを収めるようにする。前よりもなんだか力が増した気がするような? みんなの貴石が増えたからかな。


「我がままです? トール様は女の子はたまには我がままを言うぐらいがちょうどいいって言ってたです」


『そうなんだ。羨ましいなあ……こういう感情は人みたいにあるのに、私たちは誕生した場、あるいはモノからは離れられないんだよ。終わりがあるとしたら、それが砕けた時だけ。だからさ、たまーに飽きがくるの』


 そういって少女は笑い、立ったままのニーナの周りをぐるぐると周り、何かを確認している。ニーナも何をされているのかがわからないので成すがまま。そうして最後にニーナの正面に立ち、自分の胸元とニーナのそこに手をやり、何かを確かめた。


『うん、やっぱり。私の核は……下の水晶なの。だけど貴女たちは違う。己の中に持ってるわ。だから自由に動ける』


「好きな場所で水を作りたい、そういうこと?」


 思いついたことを言ってみると、首を振られた。外れのようだ。だけど大きな外れではないらしい。

 水を生み出すのが生きがいで、それ自体には不満が無いとすると……なんだろうか?


『私が大事なのはわかるんだけどねー。ずーっと何もない場所に置かれてるから刺激がないのよね。外にある時には鳥が来たり、獣が来たり、周囲に草花が生えては枯れて……まあ、変化があったわけよ』


 遠い目をしてつぶやく彼女は、ひどく儚く感じた。今にも消えてしまいそうな……。そう思って思わず伸びた手が彼女の手を通り抜けた・・・・・

 慌ててもう一度試すも、全く同じ。見えるけど、触れないのだ。


「実体がないです……幽霊だけど幽霊じゃないのです」


『言ったでしょ。核は水晶だって。これでも便利なのよ。どれだけ木々が生い茂ってても空に出られるし、今だと建物をうろつけるから。っと、何を話してたんだっけ……ああ、そうそう。要は何か刺激をよこしなさい、じゃないとどうなるかわからないわよって我がまま言ったわけ。音楽を奏でる人が来たり、芸をする人が来たり、あるいは宴会をしていったり……』


 彼女が話す内容は、この施設で彼女の気分をよくするために行われた催し物や色々な我がままに関してだった。維持費として考えたら安いのか高いのかはわからないけれど、悲鳴らしきものが聞こえたという頻度を考えるとそう高い物ではないように思えるね。


『だけど、それもずっとは続かない。刺激には慣れてしまう物だもの……』


「確かにね。でもどうするの? 自由になりたい?」


 試しに聞いてみると、やはり首を振られた。この役目が嫌という訳じゃないようだった。そうなると後は……もっと開放感のある場所に備え付けてもらうか、定期的に人が来れるような場所にするとかぐらいしか思いつかない。


『これでどうにかなるかはわからないんだけど、お願いがあるの』


 そうして水晶の少女、アリアにお願いをされたのは……大穴の底にあるという地晶の一部を分けてもらい、話し相手になってくれる子を連れてきてほしいという物だった。ただ話し相手になってもらうだけじゃなく、他にも理由があるらしいのだけどまずは来てくれる子がいるかどうかということらしかった。





「どうにかしてあげたいのです!」


「うん。みんなに相談してみよう。水晶と地晶……たぶん、ニーナとラピスがいればだいぶ違うんじゃないかと思うんだよね」


 再び夜の街に溶け込み、今度は男女で花街をうろついているという風にして通りに繰り出した俺とニーナ。お土産ぐらいは買ってあげたいもんね。こういう場所だ。多くがそっち向けの物だけど、同じように子供向けのお土産だとか、ちょっとした食べ物、雑貨なんかは売られている。言い訳にでも使うんだろうか?


「あ、猫さんなのです」


「陶器、かな? こういうのもあるんだね」


 そうして店を冷やかし、時に購入しながら歩く俺達。周囲の華やかさ、騒がしさは増していく。そしてふと、クライドの気にしている子が花籠で花を売っている店の近くにやってきた。彼が店側に提示された金額はどれぐらいか、確かめておく必要があるかもしれない、そう思った時だ。


「売り切れだ!? ふざけんな!」


 騒がしい街中にあって、近くにいた俺たちには聞こえる叫び声。そちらを向けば、例の彼女が何やら酔っ払いの男に絡まれているところだった。そちらに歩いて行けばすぐに理由がわかる。彼女の手元やそばの籠にはほとんど花が無い。あっても一輪の……まあ、要は高い人は今日はお客がついているということだ。

 こういう店で高い方からというのは珍しい気がするな?


「ごめんなさい。今日は団体さんが来て……」


 申し訳なさそうに説明をする少女。ただの客ならそれで不満はあれど仕方なく帰る……そのはずだった。

 俺はニーナが声をかける前に、素早く駆け出して男の手を取った。殴ろうとしたのか、振りかぶったその腕をね。


「なんだテメエ!」


「おいおい、彼女にあたってもしょうがないだろう? 他の店に行くか帰りなよ」


 暴れようとする男の体を力で強引にねじ伏せる。この世界に来る前の自分であれば信じられない力だけど、今は俺の力だ……ちゃんと使おう。怪我をさせない程度に力を籠めると、すぐに相手は音を上げた。


「わかったよ、俺が悪かったって」


「じゃあな」


 逃げ出す男を見送りながら、飛びついてきたニーナをしっかりと抱き留める。彼女的には正解だったらしい。まあ、見捨てるなんて選択肢はないんだけどさ。


「けがはない?」


「あ、はい! ありがとうございます!」


 頭をしっかりと下げてくる彼女の後ろに、店の偉い人らしき人が見えた時……ちょっと遅れることを心の中でみんなに謝罪した俺だった。

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