JD-216.「再びの花街」
「こっそりこっそり」
「スニーキングミッション!なのです」
ささやくような俺とニーナの声が夜の街角に溶けていく。通りの灯りが作り出す濃い影に紛れ、建物と建物の間を縫うように進む。隠れて進む以外にもニーナの貴石術で暗闇をまとっているのでまず見つからないけど念のため、だ。
と言ってもここはこの前ラピスと……いたしていたように花街のはずれ、人通りの少ない場所だ。
周囲の様子をうかがっている間に、ニーナがふと俺を見つめていることに気が付いた。もじもじとして、何か言いたそうで言い出せない、そんな感じ。前よりは自分の意見を表に出してくれるようになったけど、まだニーナは遠慮がちなところがある。戦い以外では、ね。
「どうしたの、ニーナ」
「え? えっと……その……トール様と二人っきりの時間がもう少し長く続けばいいなと思ってたのです」
(なにこの可愛い生き物。持ち帰りしていいのかな? あ、もう持ち帰ってたわ)
不意打ちが得意なのは宝石娘全員に搭載された標準スキルか何かなのだろうか? 花街を通り過ぎる時に怪しまれないようにと、ラピスがそうだったようにやや派手な衣装に着替えた状態のニーナは露出の少なめの踊り子、といった様子だ。昼間に着るには少し勇気がいる感じらしい。可愛いと思うんだけどねえ?
それはともかくとして、赤い(たぶん)顔でそんなことを言われると色々と直撃である。
「あっ……」
「今はこれで我慢してね」
細い、折れてしまいそうなニーナの腰を抱き寄せて、体格差があるがゆえに覆いかぶさるような姿勢だけど軽く口づけ。それでも触れた場所にニーナの熱を感じ、俺も少し恥ずかしくなってややぶっきらぼうにこう言ってしまうことになった。
「はいなのです。面倒なことは早く終わらせるのです!」
それでも笑顔を花咲かせて気合が入ったらしいニーナと一緒に暗がりを進み……この街で水を生み出しているという建物への潜入を試みるのだった。どうしてそうなったかは、この前落石から助けた人たちとの出会いにさかのぼる。
あの日、落石から偉い人、あるいは研究者っぽい人を助けた俺達。何故危ない場所にいたのかを聞いた俺に、相手はこう答えた。
─地質調査だ。街の生命線の鉱床に異常が無いかとね。
嘘は言っていないと思った。ただ、何のための調査なのか、は疑問が残ることになったんだけどね。相手はさらに、ここには地下水というか川があるらしいのでその具合も見ていたと言っていた。風車を利用してくみ上げているのはその川からということらしかった。
その深さは測っていないけど大きなビルが軽々と入るであろう深さだ。最初にこの街でその穴を掘った人は相当な努力をしたに違いない……いや、穴自体はもしかしたら相当古いのかもしれない。
常人には困難な偉業、その状況にぶつかった時に俺の頭に浮かんだのはこちらの方面に消えていったというかつての人の英雄。伝承に残るぐらいの力なら掘るぐらいは出来るんじゃないだろうか? まあ、証拠も何もないわけだけどね。
「助けてくれてありがとう。何かの機会があれば」
そういってあっさりと彼らは斜面を登り、街に戻っていった。後に残されたのは俺とニーナ、そして上から追いかけて来たジルちゃん達だ。クライドも一緒なので危なくないかが心配だけど掘っていないときにはニーナのスキルのデメリットは発揮されないようで今のところ静かだ。
「兄ちゃん、あの人は気を付けたほうがいいよ」
「? 何か変な噂でもあるの?」
俺たちに隠れるようにしてつぶやくクライドの表情は暗い。どうも先ほどの彼らのことを警戒しているようだった。見た目はそうでもないが……何か裏があるということだろうか。
そう思って聞いてみると、小声ながら話してくれた。
「水の権利の総取り……ね。安直な手だわ」
「絵に描いたような、と言いたいところですが水は貴重な資源ですもの……何とも言えませんわね」
2人が悩むように、俺達は別に警察というわけでもない。上手い手があればそのほうがいいんじゃないかとは思うことが出来ても、現時点で罪を裁く、みたいなことが出来るわけじゃあない。
しっかりとした権力の元で管理されるというのも悪いわけじゃないからね。
「うん。父ちゃんたちもちょっと窮屈だけど風車と往復する面倒が無くなるからその点では楽だって」
「確かに、クライドたちがやってるのをずっとだと大変だよな」
さて、そうなると暗い顔になるほど問題のあるような人という訳じゃないように聞こえるけれど……どういうことだろうか?
俺がその疑問を張り付けたまま顔を向けると、クライドは頷いてさらに口を開く。
「それだけじゃないんだ。3月に1回ぐらい、あの建物から……声が聞こえるって言うんだ。大体水の出が悪くなったころにさ。騒がしくなったと思ったらまた水の出が戻るんだ」
「それって……とーる」
「うん。怪しいな……」
全部がつながってるとも限らない。けれど無関係とも思えない。いくつか妄想染みた考えであれば浮かぶ物がある。1つは建物の中で何人もの貴石術士が毎日毎日水を生み出していて、限界が来たら交代させられている。シルズやリブスみたいに貴石術に長けた種族が攫われてきているのかもしれない。あるいは……ジルちゃんたちとまでは言わなくても石の精霊みたいなものがいるとか考えられないだろうか?
「見るまでわかんないね。ぐるぐるしてきた、よ」
「自分に良い考えがあるのです!」
ふらふらし始めたジルちゃんを支えながら、妙に自信満々でそう言い放つニーナ。みんなの視線が集中したところで彼女の口から語られたのが……。
「見えたのです。上の窓から入るです?」
「そうだね。玄関は見張りがいそうだ」
そう、実際に建物に入って確認してしまえばいいという物だった。悲鳴が花街特有のアレな声だったというのであればそれはそれで構わないし、俺たちが手を出すべき異常な状態だったらそれはなんとかしたい。
そのためにもまずはこの目で見てみないとね。
2人の降り立った建物の屋根から見える周囲より大きめの建物。その上の方に件の装置があるらしいのだけど……ここからじゃよくわからないね。1階には当然のように大き目の扉。5階建ての建物の一番上には何やらタンクのような倉庫のような物まで見える。コンクリートがあるようにも見えないけど、この階数はなかなか技術がいると思う……ふむ。
音が出ないように気を付けながら一緒にその建物の上に降り立って周囲の様子をうかがうが……誰もいないように感じられた。
「? 特に気配が無いな……上には見張りがいない?」
「でもなんだか不思議な気配がするのです。んー……覚えはあるのですが……あっ」
声を上げるニーナの口を塞ぎながら彼女が見る方向に向くと……。そこには何かがいた。
一見すると女の子。だけど……半透明だ。こちらに手を振りながらぱくぱくと口は動くけど何も聞こえない。
それに相手も気が付いたのか何やらあっちを向いたりこっちを向いたり、何がしたいんだろう。
「トール様、耳にマナをちょっと持っていくです」
「耳に? んんー……!」
やったことはないけれど、ニーナに言われるままにマナを意識してみる。段々と何も音が無かったはずの周囲に音が満ちてくる。何かが流れるような音、弾けるような音……これって。
「マナの音なのです。もう大丈夫なのです」
「大丈夫って……」
『あーあー、聞こえますかー』
3人目の声。それは目の前の半透明の女の子の発した物で間違いなさそうだった。大地のへそのような大穴のある街で、俺はこの世界で初めて幽霊もどきに出会ったのだった。
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