JD-215.「漏れる嘆き」
「なんだか泣いている気がする?」
「そうなのです。気のせいかもしれないのです」
クライドと一緒に外を出歩くようにして数日。獲って来た獲物を肉屋に売りさばき、あるいは宿で使う分を確保してという日々だ。この世界にゲームのように経験値という物はないはずだけど、たった数日でもクライドの体つきが変わったような気がする。相手のマナを吸収したりしてるんだろうか? そんな疑問が俺の中に浮かんだ頃、ニーナが夜寝る前の雑談としてこんなことを言ってきたのだ。
「何回も掘られて痛い、とかそういうのかしら?」
「だとするととっくの昔に結果が出てもおかしくないと思いますわ」
何かというと、地面の方で誰かが泣いているような気がする、という物だった。具体的に声が聞こえたとかそういう物ではないけれど、こうして寝る時に鉱床のある穴の方面から何かを感じるというのだ。ニーナ本人は気のせいかもしれないとは言うけれど、俺はその感覚を信じようと思っている。なんて言っても宝石娘なんだからね。
「でもーあの穴の中に飛び込むのは怒られるんじゃないかなあ?」
「普段は誰もいかないって言ってた……よ」
既に眠いのか、ややとろんとした声でつぶやく2人の言うように、街で情報を集めた時にも表立っては奥の方まで行った人はいないということだった。調査では行ったことがあるかもしれないけれど……途中から急に崖になってるらしいんだよね。なんていうか、急に海が深くなってる場所みたいになっているようだった。
「この辺は昔は川が通ってたのかもしれないね。それがどんどん深くなって……」
「確かに底の方には私も感じますもの。川はともかく、関係する何かはあると思いますわ」
謎ばかりだけど、泣いているというのなら放っておくのもどうかなと思う。もしかしたらジルちゃん達みたいな宝石娘がこっちの世界で天然に生まれてるのかもしれない……あり得るのかな? 直接聞いたことはなかったけど……。
「……ご主人様、こっそりいってみる?」
「それでもいいんだけど、飛び込んで何かあってこのあたりの生活が一気に変化するのは怖いかな」
「確かにね。私たちの目的のためになるかもってだけでつつくのもね……様子見というより調査はしましょうか」
こうして明日のクライドの勉強は鉱床での採掘となった。こっち側の経験も積んでおくのがいいとは思うしね。やはり森は危険も多い……深くはいらなきゃよっぽどいいんだけどね。
そのまま段々と口数も減り、俺も目を閉じて眠りにつく。
寝る前にあんな話をいたからだろうか? その日、俺はどこかで誰かがすすり泣く声を聞いた気がした。
「わっ、ご主人様すごいクマだよ?」
「クマーなのです! おそろいなのです!」
やや重い頭を振り、眠気を追い出すようにする俺。多少は成功したようだけどまだなんだか頭が重い。寝不足……というよりしっかり寝られなかったという感じか。ニーナを見ると、うっすらとだけど目の下にクマ。
もしかしなくても彼女も同じような声を聞いたんだと思う。
「ちょっと、大丈夫なの?」
「ご無理をせずに……」
それぞれに心配してくれる2人に微笑みを返し、立ち上がって体を動かすが特に問題はない。少し時間が経てば体も調子を取り戻すであろうと思えた。クライドに情けない姿を見せるわけにもいかないからね。
「すぐに良くなると思う。それよりニーナ、聞こえたの?」
「……はいなのです。でも声なのかなんなのか……よくわからないのです」
詳しいことはともかく、この土地に何かあるのは間違いなさそうだった。近いうちに確かめる必要があるのかも……しれない。ただ今日は様子見というか、わかる範囲で確認するぐらいに留めておこう。
着替えを済ませ、クライドを迎えに行く。
変化と手ごたえのある毎日が楽しいんだと思う。朝から元気いっぱいのクライドを引き連れ、俺達は前のようにギルドに顔を出して掘る場所を決め、そちらに向かうことにする。俺以外は皆背が低いからなんだか引率の先生にでもなった気分だね。中身は……大人顔負けの術士が5人もいるのだけど。
「こうやって筋が入ってるところには同じようなのがよくあるんだって」
「掘ればわかるのです! ていやー!」
今俺たちがいるのはやや斜面がきつい場所。大きなサイズの岩が転がったら危ないということであまり掘りに来る人はいない場所だそうだ。確かに一度転がり始めたら危なそうだね。と、下の方を見ると歩いている人がいた。
「んん? 人がいる……」
「本当ですわね。あんな場所では落石が当たってしまいますわ」
俺達は下に落とさないように気を付けるつもりだけど、もっと上の方の人はどうかな? それに、ラズが飛び出てきた時の岩までは俺たちにはどうしようもない。まだ声をかけられるような距離ではないので気にしながらも自分たちの作業に集中する。
色々と例外なニーナと比べ、クライドの掘った結果は堅実な物に見える。逆に、掘ったら掘っただけちゃんと当たりに当たる時点でこの世界の鉱山や鉱床がおかしいのだとは思う。地球の鉱山とかじゃ何トン採掘して有用な部位はこれだけ、なんてのはよくあるらしいからね。特に宝石とか希少な物になるほど土砂との比率が増えたはずだ。
(生き物も、鉱物ですら時間が経つと消える……だけど大地は、植物は
そのうちに思考が最初とはずいぶん違う方向に飛び始めた時、目の前に手のひらサイズほどの石英の結晶体が差し出された。よくお店で売ってるような奴だ。周りに土はついてるけどね。
「綺麗なのが出てきたのです!……? 元気ないです?」
「ちょっと考え事をね。それにしてもすごいな。さすがニーナだね」
本心を口にすると、恥ずかしがったニーナは石英の塊で顔を隠すようにして体を揺らし始めた。そんなに嬉しかったんだろうか……だったらもっと褒めないといけないかな?
そう思ってその後も褒めていくと、途中から何やらあうあうとか言い始めて手が止まってしまった。
「うう、トール様はずるいのです」
「ははっ、いつも思ってることだからね。嘘じゃないよ」
必死に掘ってる横でイチャイチャしてるとクライドが怒る……と思いきや、何やら尊敬のまなざしのような瞳で見つめられていた。気になる子と同じように仲良くなりたいからだろうか? 相手の子と話したことはないけれど、良い子だと良いね。
今度誰かを連れて様子を見に行こうか、そう思った時上の方で音がする。視界に入ったのは地上に飛び出て来たラズ。そして最悪を想定していた通り、飛び出た時に岩がいくつか斜面に転がり出て来た。
慌てて下を見ると、先ほど見かけた人影たちがまだ真下にいる。
「マスター! 下へ!」
「自分も行くのです!」
咄嗟に氷の壁を作り出すラピスの叫びに従い、そばにいたニーナを抱えて一気に下の方に飛んでいく。下の方に行くには許可がいるかもしれないけど、緊急事態だ。
こちらに気が付いて驚く相手のそばに降り立ち、ニーナと二人で岩壁を生み出して落石を防ぐ。轟音が響くが衝撃はそれほどでもない。力が増したからかな?
「君たちは?」
「通りすがりですよ。咄嗟に降りてきただけのね」
話しかけてきた相手を見て、俺はなんとなく偉い人、あるいは何かの責任者といった印象を受けた。何故この場所にいたのか、誰なのか、そういったことがわかるのは少し後のことだった。
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