JD-213.「あの子とこの子」



「うっわ、本当にロックフラワーだ! すげえー!!」


「ふふーん、なのです」


 宿の一室で、少年が驚きの声を上げている。掘った帰り道にこっそりとそういった店によって在庫を見てみたけど、やっぱり入庫は不定期だそうでそんなに高くないから売りに来る人も少ないらしい。感じとしてはお土産屋にあるちょっと高い置物、みたいな感じみたいだね。

 みんなに説明するわけにもいかないけど、欲しがってる子がいるということだけは伝えると快く頷いてくれた。みんな優しい……いい子である。


「ほんとにいいのか?」


「大丈夫。後から高い値段を言ったりしないよ」


 かけがえのない宝物を手に入れたように興奮する少年をなだめつつ、残り2つを見て楽しんでいるジルちゃんたちを見る。欲しがる人、喜んでる人がいると妙に価値が上がったように感じるのは俺もみんなも同じらしい。

 明日にはみんなの分を掘るとか言い出しそうだね……うん。


 思い立ったがなんとやらというべきか、少年は出かけてくると叫んで宿を飛び出していった。宿のことは両親が基本的にやっているらしく、少年と妹は本当にお手伝いだけだというからいいんだろうけど……勢いってすごいな。


「ご主人様、これここに置く? そうしたらお客さんたくさんくる?」


「お嬢さん、ありがとう。だけどそれは持ってるといいよ。昔からちょっとずつ幸運を呼ぶって有名だからね。旅をするならその幸運が命を救うかもしれないよ」


 俺達以外にあまりの客のいない宿のことを心配したらしいジルちゃん。たまたまこちらに来た宿の主人がそれを聞いて笑って断って来た。もう他のお客の対応は終わったんだろうか。と言っても3組ぐらいしか見ていない。この宿は料理もおいしいし、清潔な感じなのに混みあう様子が無い……どうしてだろうか? 


 失礼かなとは思いつつ、気になったことを聞いてみると最初はキョトンとされたけどすぐに何故だか笑われた。

 宿の主人はそのまま入り口に向かうと、何かを叩く……看板だ。そういえば表に出ていない。


「このあたりは宿が多いだろう? 街の領主の計画でね……他の場所に建てるのは大変なんだ。他にも色々あるんだが……あまり見た目は工夫できなくてね。だから、逆にあまり宣伝していないのさ。少人数にしっかりと対応して、また来てもらう。この時期は不思議と鉱床もあまり良いのが出なくてね、元々の客は少ないのもあるかな」


 その後の話を聞くと、なぜか冬場は掘れる物が良くなり、人も増えるということだった。今はレジャーのシーズンオフみたいな状態らしい。だから少年も部屋の数だけはあるって言ってたってわけだ……。


 少年の頑張りがどうなったかを少し気にしながら俺達は部屋に戻った。






「ねえ、どこの子に渡しに行ったの?」


「あら、ルビー。そこはこう、マスターも男同士の約束とかがあると思いますわ」


 部屋に戻るなり、ルビーのある程度わかっていると言わんばかりの顔での追及が始まった。ラピスも同じらしいけど、俺のフォローに回ってくれる。フローラやニーナは余り気にしてないようだ……ちなみにジルちゃんはずっとロックフラワーを見ている。


「知り合ったから少し手伝いをしようと思ってたんだ。持ち主に幸運が、とか言われたら俺たちも持っててもいいかなって思ったしね」


「セットで買ったら1個多かったとかそういう感じです?」


「1個余ると取り合いになっちゃうねー」


 部屋のテーブルに置いてみんなでロックフラワーを笑いながら見る。こうしてみると、まるで花の化石のようだけど……色んな意味でそれはありえなさそうだなと思った。まず花が化石になるのかというのも俺は知らないけれど、この世界では死体だって消えていくわけだし……あれ、でも枯葉や枯草、土だってあるわけだから植物は例外なのかな? うーん、わからなくなってきたぞ。


「でもこれ、そこそこするんでしょ? いいのかしら……遠慮しない?」


「いきなり花束は重いかなと思ってね。一応、どこからでも出てくるらしいから運よく出て来たってすればいいんじゃないかな?」


 お店の話でも、狙って掘る人はまずいないらしい。出てきたから捨てるのももったいないしと持ちこむことが多いらしい。週に1個ぐらいだとそうもなるか……希少価値を高めるには難しいしね。


「そこはあの子と相手の距離次第かしらね。嬉しく思うかは別物だし……花って意外と面倒らしいわよ? 花瓶がいるし、すぐ駄目になるし。かさばるし……何よ、どうしたの?」


「大丈夫。ちょっと現実を教えてもらっただけだから……」


 俺の中では花が無しの理由は気持ちが重いからというぐらいだったんだけど実際には別の理由で世の中の女性は花は嬉しいけれど面倒だと思ってるらしいことを知って少し落ち込んだのだった。

 その後もわいわいとみんなで雑談に興じていた時のことだ。部屋がノックされ、顔を出したのは……元気のない少年。


 俺は気を使って1人で外に出て、少年と向かい合う。元気がないってことは失敗したのか? ロックフラワーも持ってないから渡すことは出来たんだろうか?


「どうだった?」


「うーん、話は聞いてもらえて、遊びに行こうってことになったんだけど……」


 なんだ、ということは成功じゃないか。なのになぜこんな微妙な顔をしてるんだろうか? もしかして、男として意識してもらえてないとかそういう感じかな?


「お店の偉い人が出て来てさ、こういうんだ。いつかコイツにも客が付く。そうなったら遊べないぞって。なあ、客が付くってなんだよ? お酒の付き合いでもするの? 母さんと父さんみたいに」


「あー……」


 その後、俺は頑張った。うん……頑張った。あまり生々しくならないよう、だけどしっかりと現実は存在するわけなのでそれはわかるように……と。さすがに廊下で話すには向かないので少年の部屋に行き話し込む。少年の顔がうつむくころには、もうすぐ夕飯という時間になっていた。ひとまずまた後で話をしようとした時だ。


「だからか……」


「ん、何か条件でも言われたの?」


 急に納得した表情になった少年の顔がこちらを向く。その瞳は真剣な物だ……覚悟を決めた、男の顔。

 なんとなく、次にくる話が読めたような気がする俺だけどここは黙っておく。


「なあ、兄ちゃん。俺も冒険者で稼げるかな?」


「出来ないとは……言えないけど、ずっと貸切るような稼ぎはたぶん難しいよ?」


 やっぱりかと思いながらも俺もちゃんと返事をする。そう、お客として行く分にはそこそこ稼げばいいわけだけど、彼の思うようなことをするには相当なお金がいる。それを稼ぐのは……容易ではない。


「偉い人が言ってたんだ。まとまった金があるならそれを元手に家を出て、アイツを引き取って冒険者として暮らしていけばいいって。後は俺が覚悟があるならって言ってたんだ。意味がやっとわかったよ」


「そう……か」


 店の偉い人がどんな人かはわからないけれど、結構優しいことを言うなと思った。いわゆる身請けを持ちかけたわけだ。それが出来るかどうかは別として、道筋を1つ教えてあげるんだがらね。


「マスター、食事の準備が出来たみたいですわよ」


「すぐ行く。じゃ、後で詳しくは話そう」


「うんっ!」


 部屋の外からのラピスのよびかけ。話を切り上げつつも、果たして俺が人の恋路を手伝えるのかと考えた。ただ、頑張ろうとする男の子は応援してあげたい、そう思ったのだった。

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