JD-201.「生き延びた後悔」


(結構多いな……いや、でも何かが変だ……)


 オルトたちと別れ、リュミちゃんを連れて湖へと向かっていた俺たち。途中の森で、何かに惑わされて先に進めない、そんな時にリュミちゃんはおじいさんのつけていた匂いを嗅いだという。そして彼女の先導の元、進んだ先で俺達は……投網のような物に捕らわれていた。


 網自体には何か仕込んであるわけじゃないみたいで、抜けようと思えば抜け出せる。だけどこの状況でそれをやると抵抗の意志あり、みたいに感じられて余計に厄介だろうなと思った俺は敢えてそのまま周囲を伺った。ジルちゃんたちも俺のその姿に、立ち上がろうとしたのを止めてくれた。問題は同胞のはずのリュミちゃんだけど……。


『こんな山奥にまで……!』


 どうにも素直には話を聞いてくれそうにない。ギラギラと殺気を灯らせた瞳が俺たちを射抜く。ただ……力としてはあまり強さを感じない。それは殺気の持ち主が、見るからに白いひげを蓄えたおじいちゃんたちだったからだろうか?


『お爺ちゃんやめてよぉ!』


 突然のことに、ひどく動揺しながら俺たちの前に割り込み、老人たちと向かいあうリュミちゃん。涙混じりの声を響かせ、小さい体を必死に広げて俺たちを守ろうとしてくれているようだった。彼女は先頭にいたためにか、網はかぶさらなかったようだ。あるいはそれを狙っていたのかもしれない……もしそうだとしたら、ただ感情で襲い掛かってきたわけじゃあないということになるのだけど……。


『同胞がいると思えば、リュミか? 他の者は一緒ではないのか? まさかこ奴らが!』


『違う違う! 落ち着いてよお爺ちゃんたち!』


 明らかに早合点をしている一人のリブスの声に、声を荒げて返事をするリュミちゃん。ありがたいけれど、こういう場合にあまり強く言うと逆効果になることがあると俺も地球での生活で経験している。強くかばうだけの何かがあるんだ、そう思ってしまうんだ。


『こんな子供に何を……人質でも取ったか!』


(まあ、そうなる気持ちはわからないでもないけれど……さ)


 案の定、リュミちゃんが何かそうしないといけない弱みを握られているからだと判断したらしいリブス数人の持つ槍のような物の穂先が俺の方を向く。いざとなれば抵抗は出来るけど、どさくさの中でリュミちゃんが巻き込まれてもいけないよね。


「この通り、攻め込みに来たんじゃあない。まずは話がしたい」


「マスター……」


 俺は正座、つまりはすぐに立ち上がれない状態となり、さらに両手を上に上げて降参のようなポーズをとった。網がかぶさったままでそんな姿勢であるため、ラピスが心配の声を上げるぐらいには無防備に見えるはずだった。


『貴様ら人間はいつもそう言いながら最後には奪っていったのだ! 我らが祖先が味わった苦しみ、知らぬとは言わせんぞ!』


『お爺ちゃん!』


 だが、何人かのリブスはこちらを見る視線を変えたものの、先頭にいたリュミちゃんの祖父らしきリブスだけは激昂したままに槍を俺に向かって突き出してきた。避けるにもどうしようかというところで……横合いから飛び込んできたのはジルちゃん達ではなく、なんとリュミちゃんであった。


『イタッ!』


「大丈夫か!?」


 とっさに体を片手で引き寄せるようにして穂先から外したけれどひれをかすめるようにして槍はリュミちゃんを傷つけ、その先にいた俺のお腹に突き刺さった。穂先の先の方だけなのですごい痛くはない……けど痛くないわけじゃない。


「! 2人をよくも!」


「まって、ジルちゃん!」


 すぐ後ろでジルちゃんの気配が膨らみ、聖剣なしに貴石解放をしそうな感じが強まったのを感じた。咄嗟に叫んでそれを押しとどめ、俺は腕の中のリュミちゃんの様子を確かめた。よかった、かすった程度で済んだみたいだ。


『リュミ……なぜ人間をかばう!』


『グスッ……友達……だから』


 リブスの中に、ざわめきが広がる。似たような髭の生えた顔を向かい合わせ、何事かをしゃべっているようだ。小声であれこれ話してるからどうも聞きづらいけれどね。リュミちゃんと俺を刺した形になったお爺さんは半ば呆然とした様子でこちらを見ている。


「もっと南の方で、オルトというリブスに出会いました。彼とは色々あって、寝床を共にすることもある生活をしています。子供達も、元気ですよ」


『そんな言葉が信じられるわけがない……』


 弱弱しくつぶやくおじいさん。だけど俺の横に這って来たジルちゃんや、その後ろでいつでも戦えるんだぞと恐らくリブスたちを睨んでいる4人の姿に何かを感じ取ってくれたらしく、穂先は地面を向いていた。だけど、まだ十分とは言えないようだった。


『なんでこんなことするの? お爺ちゃんたちいつも言ってたじゃない! 会話こそ知性の証だって!』


『む……』


 そのリュミちゃんの言葉がトドメとなり、リブスたちから徐々に殺気や険しい表情等が消えていく。それを見たリュミちゃんは、よいしょよいしょと言いながら俺たちの網を取りにかかった。一部めくれたところから順番に抜け出すと、変に警戒させないようにと思い、俺は聖剣を敢えて前の地面に置いて座った。テレビで見たような対話の姿勢だ。


「旅の途中、オルトに偶然にも出会い……故郷を追われ、偶然にも出会った子供達と一緒に生活をしている……そんなことを聞きました。俺達はそのことに感動し、少しでも力になればと、戻りたいと願っている湖の様子を確認するために山に向かうところだったんです」


『!? 他にも子供たちが生きているのか!』


『うんっ! 里の子達はみんな一緒だよ!』


 気がかりだったであろうことが1つわかりそうということが警戒を解くきっかけになったようで、その後、俺達は普通に会話が出来る姿勢になっていった。といってもリブスたちは四つん這いが主だから俺たちが思い思いに座ったってぐらいだけどね。


 出会いのちょっとアレなところは端折り、集落での生活や森での狩り、そしてレッドドラゴンの討伐までを順序だって話していくと、リブスたちの間に動揺が広がっていく。やはり、レッドドラゴンという物はそれだけ彼らに影響を与える存在なのだろう。


『あの悪魔を倒しただと……?』


「証拠になるかはわかりませんけど……」


 そういって取り出したのは、こんなこともあろうかと仕舞ったままだった鱗と牙の1本。鱗はともかく、牙が俺の収納袋からいきなり出てくるのは驚きなんだろうね、どよめきが一層強くなった。

 だけど、こちらを見る目に険しさは消え、興味のような物が垣間見える気がした。


『それだけの物を持つ者はあの悪魔以外にはおるまい……そうか……倒れたか……』


『お爺ちゃん……、やっぱりお父さんたちは……』


 お爺さんの態度にピンとくるものがあったんだろうね。リュミちゃんは知りたいけれど知りたくないはずの事、子供たちの両親のことについて口にした。明らかに老人しかいないリブスの集団に先ほどとは違う意味の動揺が走る。


『リュミや……』


『大丈夫。私……オルトと番になるの。だからもう大人だよ』


 優しさから、リュミちゃんをなだめようとしたおじいさんは彼女の言葉に硬直し、そしてため息1つをついた。きっとオルトの事を知っているから、歳の差みたいなものに衝撃を受けてるんだと思う。俺達はリブスの文化を知らないから深刻に考えなくて済んでるけど、一族としては結構な問題なのかもしれない。


『そうか、そうだな。もう何年も経っている。あの悪魔におびえ、隠れ住んできた我らと違い、未来を見て生きてきたのだな……立派になったぞ、リュミ』


『えへへ……うん。教えて、お爺ちゃん』


 姿勢は変わらないけれど、空気は真剣な物が張り詰め始めた。そうして……おじいさんからあの日のことが語られ始めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る