JD-202.「老若だけの生き残り」
迷いの森とでも呼べそうな術により、すんなりとは通れなかった森の中。そこで出会ったのはあの噴火の日、逃げることが出来たであろうリブスの老人たちだった。リュミちゃんを1人先導させているのを、俺たちが脅すなりして案内させていたと勘違いしたからか襲われたけれど、誤解は解けて今、対話の場となっていた。
『と言ってもあまりワシらも語れることは多くない。あの日の直前までに、大多数は隠居として湖から離れて生活をしておったからのう』
「若者はなかなか信じてくれなかったんですね」
俺の言葉に、老人の何人かが深く頷く。何もなければそれが一番。かといって何もしないでいられるほどには伝承という物は軽くなかったわけだ。少しでも危機感を覚えてもらえれば、と老人だけで湖の隅やその近くの林で生活を始めたのだという。
『そのままだと獣や魔物が怖いでの……ああして迷いの術を敷いたわけだが……それがあの日、噴火から逃げる獣たちも惑わせ、このあたりにはすっかり獣がいなくなってしまった。安全は増したが、戻ってくるまでにはしばらく時間がかかるだろう』
『そうだったんだ……。じゃあ、お父さんたちはずっと湖に?』
お爺さんの腕の中に飛び込んだリュミちゃんのつぶやきに、祖父の瞳に滴が満ちて……落ちた。
そのことがその時の状況を何よりも語っているようだった。俺は声をかけられず、見えないところでこぶしを握った。
『直接見たわけではない……というのは慰めにもならんか。少なくともあれから我らはリュミ、お前以外の同胞と出会ったことが無いよ。反対側に同じように逃れているか……もしくは』
そこで言葉を区切り、お爺さんはリュミちゃんを抱きしめ、リュミちゃんもまた祖父の腕の中で泣いた。俺は元より、ジルちゃんたちもまるで自分の身に起きたことであるかのように悲しみに顔をゆがめている。
『他人であるはずの我らのために泣いてくれるか……なるほど、普通の人間とは違うようじゃ』
『みんなすっごいんだよ。貴石術がどーんってなって強いの!』
全身ではしゃぐリュミちゃん。おじいさんたちはその姿に目を細めながらも信じきれてないように感じる。まあ、そりゃそうだよね……リュミちゃんは子供だから、大げさに言ってるんだとか思ってるに違いない。
『ああ、いや……あの悪魔を仕留める力があるというのだから真実なのだろうな。それに、落ち着いて眺めてみれば6人とも普通の人間ではないようじゃ。半分は自然そのもの……かつて、我らをあの地に導いたという貴石人……』
「全く同じかはわからないけれど、近い存在だと思ってるよ。世界を貴石を求め、異常な魔物を倒すために巡ってるんだ」
亀の甲より何とかというけれど、やはりおじいさんたちも一族に伝わる色々なことを記憶してるらしい。ジルちゃんたちの正体を見抜いて見せたのだからね……って、6人? もしかして俺も既に普通の人間には持てないような何かがあるということだろか?
(あっ……あの玉?)
夢のような場所で、女神様に渡されたよくわからない球体の事を思い出した。目が覚めた時、実際に手の中にあったのでなんとか飲み込んだけど特に力があふれるとかは無かったからすっかり忘れていた。
『なるほど……昔話をするのは構わんが……湖に行くのか?』
「そうだよー。ボクたちはそのためにここまできたんだからさっ」
「そうそう。もし今の状況を知ってるっていうなら行く必要もないけど……?」
2人の問いかけに、お爺さんだけでなく他のリブスも首を振った。やはりここに隠れ住んでいるということで外にはほとんど出ていないようだ。そのほうが安全だし、だからこそ今日まで生き残って来たって言えるだろうね。
『……誰も行けておらん。あの日、あるいはもっと前に強く言っていれば今ここに若い連中もいてくれたかもしれない……そう思うと足が重くての。あの騒動では気配を探ることもできんかった。全員が一か所にいたわけではないからのう……ある程度は逃れてくれてるとは思うのじゃが……』
『お爺ちゃん……』
確かに、当人たちにとっては火山、そして湖の場所は後悔と悲しみの詰まった場所とも言い換えられる。特に彼らのようにもっとこうしていれば、という思いのある状態であればなおさらだった。これで彼らがもっと若ければ、レッドドラゴンの恐怖も別物として外に出れたのかもしれないが……むずかしいよね。
逆に言えば、俺たちやリュミちゃんであれば別問題ということも言える。
「他のリブスを見つけたら、こっちに来るように伝えておきますよ。頼むよリュミちゃん」
『! うんっ! きっとみんなを見つける!』
薄い可能性に賭けさせるのは……良くないことなのかもしれない。だけど、最初から他のリブスが全滅したなんて考えで山に向かうのは正直酷だと思う。望み、というわけじゃないけれど少しでも前向きに考えておくのが大事じゃないだろうか?とその時の俺は思ったんだよね。
そうと決まれば湖に向けて出発する前に確認しておきたいことがある。他のリブスたちが逃げれたとしたら、どの辺に隠れ住んでいそうかということだ。オルトたちのように都合よく滝があるということはなかなかないと思う。ここも奥に小さいが泉があるらしく、そこが水源らしいのだ。
「このあたりで溶岩が流れにくい場所とかはないです? そういった場所に逃れてる可能性が高いのです」
「高台とかですわね。あるいは水源……お心当たりはございませんか?」
地図という文化はないようだけど、みんなの問いかけにリブスたちは思い思いに地面に絵を描き、周囲の地形を描いてはあちらこちらを指出す。こういう時、長年生きて来た現場の知識という物が力を発揮するのだ。あの日の後悔を忘れるためのような勢いなのは……言わない方がいいんだろうな。
しばらくして、いくつかの場所を地面に書き終えたのを見たニーナは、掛け声1つ、その部分を石板にして持ち上げた。まるで冒険劇に出てくるかのような、石板の地図の出来上がりだ。ニーナの貴石術に、リブスたちは感心した声を上げる。意外なところで、俺たちの実力を感じてくれたのかもしれない。
『ここからでは日が暮れよう。今日は我らと夜を共にせんか?』
「そうします。リュミちゃん、俺達はいいから好きにお話しておいで」
『ありがとう!』
目の前の祖父以外にも顔見知りの老人がいるんだろう。俺の言葉に明るい声で返事を返したかと思うと、リブスの群れの中にリュミちゃんは飛び込んでいった。俺から見てもすごく元気だけど、お爺さんにとってはそれ以上に色々と感じたみたいだった。
『……大きくなって』
「ちなみにオルトは俺より大きくなってたぞ」
そんなつぶやきに、壊れかけのロボットのように首を動かしてこちらを見るお爺さん。俺の後ろにいるジルちゃんたちに、嘘だろう?と言わんばかりに視線を向けたが……振り返るまでも無く、みんな首を振った気配がした。
『愛があれば……何も言うまい』
絞り出したようなお爺さんの声が妙に印象的だった。やや横にそれたが、なんとかいい感じに収まった形で俺達はオルトたちとは別のリブスを見つけることが出来た。一族をこれから維持していくには今ここにいない若い世代、オルトたちの父親の世代を見つけることが重要なのだが……果たして、無事なのだろうか。
不安を抱えながら、俺達はリブスの老人たちに色々な話を聞きながら夜を過ごすのだった。
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