JD-200.「迷い道を抜けて」
見た目はオットセイな人語をしゃべる種族、リブス。そんな彼らの一団はかつての故郷を噴火によって追われた。ひょんなことから彼らと知り合いになった俺達は、色々あった末に今の故郷の様子を確かめに来ているのだ。
お供には、そんなリブスの1人、リュミちゃん。水族館のショーに出て来ても違和感がないぐらい動きが人間臭いというか、知性を感じる。
リブスの一団のリーダー、オルトの恋人でもある……見た目は随分と体格差があるけどね。ともあれ、彼女を任された以上はしっかりやらないといけないね。
「結構山道は険しいんですのね」
『あの時は夢中で逃げて来たから……まるで帰ってくるなって言われてるみたい』
集落を出て数日が過ぎていたが、行程は進んでいるとは言い難かった。モンスターを警戒しながらというのもあるけれど、一番の問題は起伏の激しい地面だった。獣道らしきものはあるようだけど、それにしても進みにくい。
人の手が入っていないためか、立木は伸び放題だし、草たちもかなりの背丈だ。
「痛くないけど、ベチってぶつかるのは嫌だなー」
「地道に切っていこうか」
藪をつついてなんとやらとは言うけれど、何もなしにかき分けていく方が気分は良くない。例え今の俺たちがクモや毒蛇なんかでもまず影響を受けないだろうとわかっていても、ね。それに、異世界だから俺たちの想定を超える相手がいましたって言う可能性だって捨てきれない。
人が両手を広げたより倍ぐらいの幅をフローラと一緒に風の刃で切りながら進んでいく。警戒していたモンスターにはあまり出会わない。あるいはこちらの立てる音に警戒し、距離を取っているのかもしれない。気配自体は……うん、あるにはあるね。
「石を投げれば獲物に当たるぐらいだと思ってたのに拍子抜けなのです」
「安全なのは……いいこと?」
みんなも頻繁にとは言わなくてもモンスターとの戦いを想定していたみたいだ。きょろきょろと周囲を見渡しては気配を探っているように見える。様子を見に行くわけだから、何もない方がいいけれど……何もなさすぎるのもちょっと怖いね。
「もしかしたらアレを超えたら違ってくるかもしれないわね」
「溶岩跡……か」
唐突に開けた視界。正確には背丈の高い木が急に減った、ということになる。下生えの草花は多いけれど、幹のある木はあまり見られず、まだまだ植えたばかりのような細い物ばかりだ。かつての状況を考えると、ここまで自然が戻ってるという状況がすごいのかもしれない。
『覚えてる……あの大きな木、逃げる時にあったもん……』
リュミちゃんが指さす先には、溶岩がぎりぎりを流れたのか幹に焦げ目のような物が残った大木。燃え広がるということは回避できたのか、まだ無事な部分は緑を残している。
逃げた時のことを思い出してしまったのか、リュミちゃんの小柄な体が震え始めた。
ふと、溶岩の跡を見ると気がついた。こちら側に直接流れてきたというより若干迂回してきたような流れの跡だったのだ。現に、頂上からまっすぐではない。この辺りからは遠くで見たときに色の違うように見えた場所になるんだろう。見た感じからして、川があったのかもしれない。
「だいじょうぶ、ジルもみんなもいっしょだよ」
『うん……』
よしよしとリュミちゃんの頭を撫で、慰めているジルちゃん。俺も含めて、他のみんなも彼女へと優しい瞳を向けている。と、その視界で何かが動いた。
(!? モンスターか!?)
人の手も入っておらず、リブスたちもいなくなっている状況でどんな相手がここに住んでいるのかそれはわからない。しかし、肉食系が何もいない、というのは考えにくいだろうね。飛び出してくるということはなかったけれど、茂みを揺らしたのはそこまでは大きくない物だったと思う。
「気を付けながら、進もうか」
『なんだか覚えのある匂いがする気がする……』
故郷が近づいてきたからかそんなことを言うリュミちゃんを中心に陣を組み、俺達は溶岩の流れた後である黒さの残る地面をゆっくりと超え、森に再び分け入った。なんだか周囲の気配が違う気がするのは、あの噴火と溶岩の流れを境目に色々と違うからだろうか?
分断された、とまでは言えないかもしれないけれど獣たちは恐怖を思い出してなかなか超えてこないのかもしれないね。
「? マスター、こちらを」
「何者かに折られた跡、ね。しかも最近だわ」
「手で折ったというより押しつぶした、かな?」
ラピスが見つけたのは、ちょうど俺の腰ぐらいの高さにある木が折れた跡だった。ただ、枯れて折れたということではなく、まだ生木の状態で勝手に折れるとは考えにくい。ただ獣が通っただけではこうは……ふむ。
「何者かがいるのです。要警戒なのです!」
「リュミ、ボクたちから離れたらだめだよ」
気を引き締めながら俺達は火山へと向けてだいぶ近づいた道を進む。怪しい痕跡以外、たまに獣に出会うぐらいでその意味では非常に平和な時間が過ぎる……のだが。
既にその時、俺達は何かの罠にはまっていたようだった。
「ねえ、トール。前にもここ通らなかった?」
「え? そうか……な? 正直、同じような景色だからなあ」
既に太陽も傾き始めたころ、黙々と歩いていたルビーが急にそんなことを言い出した。その言葉にみんな足を止める。俺も……うっすらと感じていた違和感に答えを得た気分だった。
そう、いくらなんでも火山まで遠すぎじゃないか……と思っていたんだ。
「迷い道……でしょうか。あるいは単純に遠いという話も……」
「そんなの簡単だよー、ボクが飛んじゃえばいいんだよ。リブスのみんなが来れるかの確認だったから飛んでなかったけど」
元気に答えるフローラに頷いて、彼女に飛び上がってもらい……すぐに驚くことになる。見えない天井にぶつかったかのように、何かが木々の上の方にあったからだ。
予想外の衝撃に飛行機が落ちてくるかのように落下してくるフローラ。咄嗟に俺はすべり込んで彼女を抱きかかえることに成功した。
「えへ、とーる。ありがと」
「怪我はない? 驚きだ……」
衝撃的な結果だったけれど、おかげで少し見えてきたものがある。フローラがぶつかった瞬間、何かが波紋のように空に広がったんだ。それに感じたのは、マナ。要は貴石術の気配だった。
獣が貴石術をこんな風に使うとは考えにくい……つまり、何者かがいるんだ。
『あっ! 思い出した! お爺ちゃんだ。お爺ちゃんの匂いだったんだ!』
「リュミちゃん、わかる?」
上からでは難しそうで、地上ではこのまま迷いの森のような場所を抜ける必要がある。その状況に考え込んでいた俺たちの耳に届いたのはリュミちゃんの叫び声。匂いでわかるほどの特徴……何か香料でもつけてるのかな?
『うん。お爺ちゃんはよくおまじないだって言って匂いのする煙を体にぺたぺたやってたの。悪い物をはじいて、一族を守るんだって』
「獣避け、虫避けの類かもしれませんわね。自然と健康が維持されて一族が生きながらえる、と」
「よし、その匂いをたどってくれるかい?」
単純に進んでは無理そうだと判断した俺は、リュミちゃんに先導を任せてすぐ後ろで襲撃に備えるという形にした。自分に役目があるのが嬉しいのか、必死な様子で匂いを嗅ぎ、進み始めるリュミちゃん。
その結果、俺たちが元々進もうとしていたルートとは全く違う道を迂回するように進む。地面に匂いがこびりついてるようで、上よりも下を見ながら進むリュミちゃんだった。
『待っててね、お爺ちゃん。みんな生きてるって伝えてあげるから』
「焦っては駄目よ。ゆっくり行きなさい」
思わず走り出そうとするリュミちゃんをなだめつつ、俺達は森を進む。段々と周囲の景色も変わってきたような気がする。と同時に、途中で何かをくぐった。
部屋に入ったら空気が変わった、そんな感じだった……これは……。
「みんな、注意して。何かがおか……!?」
響く悲鳴。それは上から覆いかぶさって来た大きな網のせいだった。抜け出すことも出来ず、下手に動けば余計に絡まると判断した俺は出来るだけ冷静にと自分に言い聞かせ、相手の動きを待つ。
『人間が! 我らの土地に何用だ!』
響く声。それは予想通り……見知らぬリブスの物だった。
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