JD-199.「預かりもの」




「……朝、か」


 体を起こした俺は、まだ完全に日が昇っていない空の白さを見ながらつぶやいた。みんなはまだ眠っている。本当は眠らなくても存在できるということだったけど、人間らしく生きていきたいという気持ちが何かを変えたのか、物を食べれば後からお腹は空くし、夜には眠くなる……そんな体にみんなはなっているみたいだった。


(そういえば、あの場所に今回は皆は来なかったな)


 前のように、女神様と俺との会話に乱入してくるかと思ったけれど最後まで俺と女神様だけだった。気が付かないぐらい夜中にあっちに行っていたのか、それとも……まあ、どちらでもいいか。

 隣に寝ていたニーナとフローラを起こさないように寝床から抜け出し、みんなで作った急ごしらえの建物から外に出る。

 土で出来たカマクラというのが似合うものだから建物というにはちょっと微妙かもしれないが、寝るだけなら十分だった。


『あ、人間のおにーちゃんだ』


 まだ朝も早いというのに、元気な声で話しかけてきたのは若いリブスの子。声の調子からたぶん……男の子。後ろに数人、多分女の子であろう子がついてきてるしね。この若さで既に数人の恋人を引き連れているとは将来がすごいことになりそうだ。


「おはよう。早いね」


『うん。朝しか咲かない花とかあるんだよ? そこに集まる虫がおいしいんだー! あ、食べる?』


 後ろの子達が持っていた大きな葉っぱの中身、それはテニスボールほどの大きさに丸まったハチのような物だった。この子達にとってはごちそうかもしれないけど、ちょっと遠慮しておこう。


「いや、大丈夫だよ。それに、俺一人だとみんなが怒るからね」


『あー、僕も勝手に魚を食べてると怒られるんだよー』


『それは食べた後にわざわざおいしかったんだーとかのんきに言うからです! もう!』


 まだまだ子供、といった言動の男の子に容赦なく突っ込んでいく女の子。ちなみに名前を覚えるのは断念した。模様は確かに違うんだけど、見極める自信が無かったんだ……。正直に伝えた時に、みんなして笑われたのはつい昨日のことだ。


 レッドドラゴンの素材をお土産に戻ってきた俺たちを、子供たちは英雄が戻って来たかのようにみんなして騒いで迎えてくれた。オルトがこれまで、子供たちを大事にしてきたかがよくわかる瞬間だった。

 大きな体のオルトが子供達で見えなくなるほどにまとわりつかれ、それでも彼は嬉しそうだった。

 リュミちゃんは1歩離れて、笑顔で見つめていたのが印象的だったかな。


 そして数日がたち、人間たちが川を上ってくる気配がないことを確認しながら、俺達はリブスの集落で過ごしていた。自然に囲まれた、時間を気にしない静かな生活だった。


「おはよう、トール」


「おはよう。みんなは?」


 俺が適当に滝つぼと、その流れで泳ぐ魚を眺めていると寝間着ではなくいつものローブのような格好のルビーが後ろに立っていた。

 この世界で手に入れた貴石の1つである赤瑪瑙を取り込み、力としたルビーは一段とその魅力を増したように感じた。

 見た目はまだまだ子供と言っていい姿なのに、何かこう……力強いのだ。


(存在感ってやつかなあ?)


「? 何よ」


「ん、いや……体つきも頼りがいのある感じになったなあって」


 思わずそんなことを呟くと、最初はきょとんとしていたルビーがすぐに真っ赤になり、見事に俺のほっぺたにモミジが咲いたのだった。

 俺だったから良いものの、普通の人間相手だと首が一回転してるんじゃないか?


「ふふ。今日も元気ですわね、マスター」


「みんなが一緒だからね」


 同じくいつの間にかそばに来ていたラピスにそう返事をして、そろそろみんなでご飯を食べようかと戻ることにした。

 といっても戻る先は先ほどの寝床じゃなく、オルトからここを使ってくださいと言われた洞窟の1つだ。


「あ、ご主人様。おはよう」


「どこいってたのさー」


「今日のご飯は魚の塩焼きがメインなのです!」


 俺たちがそこに向かうと、既にジルちゃんたちがテーブルに待機していた。6人分の食事らしきものもある。3人で手分けして準備したに違いない……ラピスはわかってて呼びに来たのかな?


 人間の姿は俺たちしかいない集落に、いただきますという声が響いた。






『先行して様子見……ですか』


「ああ。みんなして動くというのも危険だろう? だから俺たちだけでも様子を見に行こうかなってさ」


 一通りの仕事を終えた昼下がり。俺はオルトと一緒に滝つぼのそばで話し込んでいた。ジルちゃんたちは子供達と遊びにいっている。モンスターもいるだろうけど、みんなと一緒なら大丈夫なはずだ。

 俺はオルトと……妻ですからと言わんばかりにそばにいるリュミちゃんを相手に雑談中だった。そんな中、俺が口にしたのは今後の動きについてだった。


 集落に戻ってきた時、湖の魚が食べられるまでとは言ったものの、さすがにその通りに何年も過ごすという訳にもいかない。それに、子供は好奇心の塊だ……そのうちオルトの制止を振り切ったり、我慢しきれずに数人で様子を見に行ってしまうことだって否定できない。

 そうなる前に、実際に危険かどうか確かめておくべきではないか?そう思ったのだ。


『なるほど……いや、しかし……兄さんにそんなことをさせるわけにも』


 真面目な顔で考え出したオルト。自分たちの問題に俺たちが危険な目にあうかもしれないというのが気になるんだろうね。こういうところがみんなが慕う頼りがいのあるところだと思うんだよね、実際さ。

 ただ、それでは困る時もあるわけで。今がその時と言えばその時だった。


「かといってオルトがついてくるのもあの子達が心配だろう?」


『それはそうです! うーん……』


 オルトも湖への偵察の重要性は感じているようだし、実際に状況が許せば自分が向かうことも考えていたに違いない。ただ、現状はそうすることが難しかったわけだ。

 このまま押し通そうか、そう思っていた時意外な方向から話が動いた。


『だったら自分が行くわ! オルトの代理として、一族に出会った時に説明役がいるでしょ?』


『リュミ……』


 小さな体に大きな心。オルトがトドだとするとリュミちゃんはそのまんまオットセイぐらいの体格差がある。人のことは言えないけれど、犯罪的な見た目なんだから世の中面白い。

 ともあれ、彼女の提案は俺としても歓迎すべき物だった。


「俺も誰かがついてきてくれるのは助かるな。我々の領域を脅かす気か!とか言われても説明しようがないからさ……」


『他でもない、兄さんたちだったら……リュミ、頼めるかい?』


『まっかせて!』


 そんなわけで、何年も前に噴火した河口跡にあった湖、オルトたちの故郷へと先行して様子を見に行くことになった。オルトには、必ず連れて戻ってくる、と言い切って安心させた……つもりだ。


 他の子達へは時間をかけて説得した。もめたと言えばもめたけど、最後にはオルトが何かあったら悲しむということをみんなわかってくれたのが幸いだった。良い子達だからね……うん。


 そうして旅たちの日。集落の出口にリブスの皆が集まっていた。こうして並ぶと壮観だね。

 さっきからリュミちゃんは1人1人と別れという訳じゃないけれど、挨拶のハグをしている。オルトが最初にしようとしたことはやはりこういう物だったらしい。


『では、お願いします』


「ちゃんと帰ってくるよ。よし、出発だ!」


『いってきまーす!』


 元気なリュミちゃんの声を相方に、俺たち6人と1人(1匹?)は噴火した山へと進むのだった。

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