JD-198.「調和を目指して」



(……あれ?)


 ふと気が付いた俺は、目を閉じたまま後頭部に硬さもありつつも柔らかい何かを感じていた。枕……にしては妙な質感だった。というか昨晩は毛布の塊にもたれかかるようにして寝たから枕なんてないはず……。


「おはようございます」


「女神……様?」


 なぜ疑問形かというと、視界は顔以外で占められていたからだ。触ったことはないけれど、随分と柔らかそうな丸目の塊。と、すぐにその柔らかさがわかる。ぽよんと顔に押し付けられたからだった。

 限られた視界で自分の胸元を見ると、声の主……女神様は毛布のような物を俺にかけなおしているところだった。


「もう、トールさんったら。お呼び出ししたのにずーっと寝てるんですもの。仕方なく、こうしてお待ちしてました。時間は長めに取れましたからね」


「それはいいですけど……どうして縮んでるんです?」


 寝たままというのが恥ずかしくなった俺は体を起こし、女神様と向かい合う。俺の視線はやや低めだ。というのも、大人の女性だったはずの女神様が随分と小さく……高校生というには無理があるぐらいの子供の姿になっていたのだ。


「え? 娘達と仲がいいみたいですから、このぐらいのが好みなのかなあと」


(うーん……何か……こう、なにか)


 きょとんとする姿はまあ、可愛くないと言えば嘘になるけど……俺は後で考えると失礼な行動であるが、座ったままの女神様の周囲をぐるぐると周り、観察した。金髪のアメリカンな女性にセーラー服を着せた感じ、というのが一番近い姿だった。どうしてその服装なのかは突っ込んではいけないような気がする。それよりも、だ。


「なんだか、特殊なお店のような気配がする」


「そんな!?」


 俺の発言に、結構本気でショックを受けてる様子の女神様。おかしなところがないか、といったように自分の体をあれこれと確かめているのがなんだか面白い。でも、そんな仕草がこう、違うんだよね。


「無理に縮んでもジルちゃん達みたいな元々のらしさ、みたいなのが無いから不自然なんじゃないかなと」


「うう、娘に魅力で負ける母の存在意義とは……」


 何やら予想以上にダメージを受けている様子の女神様。俺はそんな彼女とのやり取りで寝ぼけていた感じの頭がすっきりしてくるのを感じていた。ようやく状況がつかめてきた、といったところかな。


 正直、色々と聞いておきたいこと、問い詰めたい事とかは一杯ある。だけどそれは女神様のせいなのか?ということが多いのも事実だった。ひとまず、自分が最近気になっていたことを聞くことにしよう。


「なあ、女神様って……人間の神様なのか?」


「? 違いますよ? 世界の神様ですよ?」


 あっさりと帰って来た返事。そのことに俺は、やはりという気持ちを隠せないでいた。前にも言っていたからね……適度に・・・モンスターはマナの循環のために討伐される必要がある、といったようなことを……必要悪、とは言葉が違うけども世界にはなくてはならない存在の1つなのだ。


 ぱっと考えると、人間に味方する俺たちに味方しているということで人間側の神様に思える時もあるけれど、本質は違う。単に今は人間側が女神様が介入するほどに、不利なのだ。そのままではモンスターとの闘争に負け、世界のバランスに良くない結果が起きる……そういうことだ。


「ですよねー。例えば俺たちが人間を先導して、魔物を駆逐しよう!って言いだしたらどうする?」


「んー、困りますけど……うまくバランスを取りたいからお願いにいきますね。それが駄目なら、他の手を考えます」


 可愛らしく口元に指を持って行って考え込みながらつぶやく女神様。それだけ見ると本当に外国人が日本の学生生活を送っている一シーンのようですらある。ただまあ、ある意味残念ながらそれ以上の感情を俺は持てなかったわけだけど……ジルちゃんたちに夢中ということにしておいてくれ。じゃないと……ね。


「確か、女神様の理想は適度に魔物が他の生き物と戦って、適度に魔物が倒されて……マナが世界をめぐる状態だったよな」


「その通りです。何事もバランスなのですよ。世界から魔物が吸い上げ、それを人が手に入れ、また世界に散らばる……そうして長い間、バランスは保たれてきたんです。最近はちょっと傾いてますけどね」


 確証めいた気持ちと、自分の肩に乗っていた物の重さに一瞬めまいがしそうになる。わかっていたつもりだったけど、そんな大掛かりな調整役を俺とみんなで果たしきれるだろうか?

 と、よろめきかけた俺を女神様(小)が思ったより力強く支えた。自然と腕を組むような状態となり、縮んでもそこだけは変わらないふくらみが形を変える。


「……これでもあんまり反応しませんね。あの子達なら反応します?」


「答えにくい質問だなあ……母親に向かって娘とのあれこれを言うのはつらいんだけど」


 俺の言葉に笑い出す女神様。そんな顔は縮む前と同じように感じた。そして体は小さいまま、だけどその視線には神様というものを感じる強さで女神様は俺を見た。


「大丈夫です。トールさんならうまくいきますよ」


「そんな簡単に……」


 思わず反論しかけた俺だったけど、いつの間にか目の間にすべり込んでいた女神様が俺の胸元をその細い指先でつついた。心臓……よりも少し下付近だ。普段、貴石術を使う時にマナの動きを感じる部分……石英が俺の体にもあるのかな?


「確かに呼びかけに応えてくれたのは偶然ですけど、今はめぐりあわせだったんだと感じますよ。

 あの子達と縁を結び、今……愛情を持ってくれている。そのことが何よりも大事な事です。

 彼女たちとの絆が極まれば、きっと……」


「きっと? もっと変身でもするのか……?」


 と、問いかけの途中で世界が震えた。正しくは、どこか遠くで何かが吠えているような……そんなもの。


(待て……この女神様のいる空間が? そんなことがあるのか?)


「やはり、トールさんたちや、私自身の力が戻ってきた反動ですかね……」


「そう言えば、モンスターのほうに同じような存在がいるかもしれないって……」


 思い出したような俺の問いかけに、女神様は深々と頷いて俺に何かビー玉のような物を差し出してきた。宝石とも違う、何かの塊。


「私は詳細を知りませんが、もしかしたら……ですね。世界には神も一柱ではないのでしょう。

 それを持っているか、飲み込んでおいてください。気休め程度かもしれませんがないよりはましのはずです」


 なおも問いかけをしようとした俺は立ったまま女神様から遠ざかるのを感じた。


「あまり長い間お話してると相手に気がつかれそうです。今日はこの辺で……トールさん。娘達をよろしく頼みます」


「ああ、幸せにして見せる!」


 言い切った言葉が届いたのかはわからない。そのまま俺の意識はいつかのように白く塗りつぶされていった。

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